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救世主物語  作者: アルドア
3章

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第43話 この地に生きる人

翌朝、エミリアは宿の一室で使節団のメンバーと今後の旅路について話し合っていた。


昨晩のうちに冒険者ギルドから手に入れたバモスカラ大陸の地図をテーブルに広げ、各地をどのように回るか計画を立てるため、真剣な顔つきでカレンとエリシアに提案を持ちかけた。


「これがギルドで貰った大陸の地図です。この広大な土地をどのように進むべきか、皆で考えてみましょう。」


地図には険しい山々や広大な平野、無数の村や町が点在していた。


その中には、古代遺跡やモンスターの巣が記された場所もいくつか見受けられる。


エミリアの声には興奮と期待が混ざり、使節団の他のメンバーも熱心に話し合いに参加していた。


だが、部屋の隅に立つディレードだけは無表情のまま、壁に背を預けてこちらを見ていた。

興味がないのか、ただ監視役としての義務を果たすためにそこにいるだけのように見えた。


その様子を見て、エリシアはちらりと見たが、地図に目を戻した。


「この大陸はとても広いのよね。すべてを徒歩で回るのは、あまりに時間がかかるわ。」


そう言いながら、エリシアは一つの提案を持ち出した。

「だから、大陸縦断列車を使いましょう。」


部屋が一瞬、静まり返った。エミリアをはじめ、使節団のメンバーは互いに顔を見合わせる。聞き慣れない言葉に戸惑いが広がる。カレンが口を開き、疑問をそのままぶつけた。


「大陸縦断列車…ですか?そんなものが存在しているんですか?」


エリシアはニンマリと笑い、目を輝かせて応えた。

「ええ、存在しているわ。見たらわかるわよ。私のルート案を採用してくれれば、あなたたちにもその目で確認できる。」


エリシアの自信に満ちた口ぶりに、使節団のメンバーは言葉を失った。

カレンも半信半疑のまま、しかし彼女の提案を無視できないことは感じ取っていた。


「もし本当にそんな列車があるのなら、移動は格段に楽になるでしょうね。だが、まだ私たちにはその全容がつかめていません。

エリシア様、本当にこの列車が我々の目的地に向かう助けになるのか?」


エリシアは再び地図に目を落とし、指でいくつかの町を示した。

「ここよ、まずこの中継都市を目指す。その都市には列車の駅がある。そこから私たちが必要とする目的地へ、列車で一気に移動できるのよ。」


エミリアは興奮を抑えられず、

「それって本当にすごい!どんな列車なんだろう?」と目を輝かせて言った。



「まあ、乗ってからのお楽しみよ。驚くこと間違いないわ」とエリシアは謎めいた笑みを浮かべた。


ディレードは依然として無表情だが、どこか面倒くさそうに片眉を上げて、

「列車か…まぁ、俺はどうでもいいが、あんたの後をついて行くだけだ」と短く呟いた。


エリシアの提案が採用され、使節団はエリシアのルート案に従い、まずその中継都市を目指すことに決定した。彼女の自信に満ちた態度が、皆の不安を多少なりとも和らげたのだ。


これからの旅がどうなるのか、未知の列車が何をもたらすのか――エリシアの心には、久しぶりに少しだけ楽しみが混ざっていた。



中継都市に向かい、使節団は南部の奥深くへと進むにつれ、広がる田畑の中で黙々と働く農奴たちの姿が徐々に目に入ってきた。


その光景は、かつて農作業に従事していたエミリアにとって、どこか懐かしいような、同時に心がざわつくような複雑な感情を呼び起こした。陽に焼けた顔、無言で鍬を振るう手、汗にまみれた衣服――それは彼女のかつての生活そのものだった。


エミリアは馬車の窓からその姿を眺めながら、重苦しい思い出が胸に蘇るのを感じていた。


彼女がいま自由の身で、使節団としてこの旅に参加できていることが、奇跡のようにさえ思えた。


その思いが自然と言葉になって、彼女は勇気を振り絞ってエリシアに尋ねた。


「エリシア、彼らを解放することはできないのでしょうか?」


エリシアは振り返り、エミリアを穏やかに見つめた。

彼女の顔には、何かを深く理解しているような静かな微笑みが浮かんでいた。


「それなら、彼らに直接聞いてみたらどうかしら?」エリシアの提案は、あまりにもあっさりとしたものだった。


使節団の他のメンバーは一斉に反対した。

農奴たちに直接尋ねるなど無謀だというのが彼らの考えだった。

彼らはこの地域の状況を十分に理解していないこともあり、不安が募ったのだ。

しかし、エリシアの提案を無視することもできず、結局、エミリアが農奴たちに話を聞くことになった。


エミリアは意を決して、農奴たちが働いている畑へと歩み寄った。

彼女の心は高鳴っていたが、同時に不安が胸を締め付けた。

彼女の問いかけが彼らにどう受け取られるのか、まったく想像がつかなかった。


「もし、あなたたちが自由になれるとしたら、どうしますか?」


その問いかけに、農奴たちは一瞬、鍬を止めて戸惑った表情を見せた。しかし、次の瞬間、一斉に首を横に振り始めた。


「自由なんていらない。解放なんてしないでくれ。」

農奴の一人が、他の者たちを代表するかのように口を開いた。


エミリアは驚き、さらに尋ねた。

「どうして?自由になれば、もっと違う生き方ができるかもしれないのに…」


別の農奴がエミリアを見上げ、ゆっくりと答えた。

「仕事が無くなれば、食べ物も、住む家も失う。俺たちはこの土地で生きていくために働いてるんだ。自由になったところで、どうやって暮らしていける?飢えと寒さで死ぬだけさ。」


その言葉はエミリアの心に深く突き刺さった。彼女はかつての自分の境遇を思い出し、彼らの苦しみを深く理解しようと努めた。しかし、それと同時に何かが違うとも感じていた。彼女自身は、自由を手にしたことで新しい世界に踏み出せたのだ。ならば、彼らにもその可能性があるのではないか?


「でも、教育を受けて、自分たちの力で生きていけるようになれば…」

エミリアが言いかけたところで、農奴の一人が静かに彼女を遮った。


「ここではそんなものは必要ないんだ。食べ物があり、住む場所があり、仕事がある。それで十分だ。ここは、俺たちにとっての農楽園なんだ。こうして話してくれてありがとな。

あんたはいいとこのお嬢様なんだろう。」


遠くで彼の妻がお昼のご飯を持ってきてくるのが見えた。

「あんた、何サボっているんだい。

飯抜きよ!」 ものすごく大きな声でびっくりした。 

近づいてきて、話しかけられた。

「ごめんね、嬢ちゃんや

あんま知らん人に声かけちゃいかんよ。」

そういって二人は屋根がついた休憩場所に座り食事を始めた。



「農楽園…」エミリアはその言葉を反芻した。

彼らはこの環境での生活に満足しているのだろうか。彼女が思う「自由」とは、彼らにとって無意味なものなのだろうか。


エミリアは再び農奴たちに視線を戻したが、言葉が出なかった。

彼らの選んだ生活を尊重するべきなのか、それとも新しい可能性を示すべきなのか、彼女の中で答えはまだ出ていなかった。


エリシアはエミリアの後ろから静かに見守っていた。彼女は一歩前に進み、エミリアに向かって優しく微笑みかけた。


「エミリア、人々の幸せの形はそれぞれ違うわ。私たちにとって良いと思うものが、他の人にとって同じとは限らない。彼らにとって大切なものを尊重すること、それが私たちにできることよ。」


エミリアはその言葉を聞いて、深く考え込んだ。彼女がこれまで信じてきた「自由」や「幸福」の概念が、すべての人に当てはまるわけではないという現実。それを受け入れることが、いかに難しいかを実感した。

エリシアは、エミリアと使節団のメンバーにこの小さな王国の現状を簡潔に説明した。王国の政策は、一見すると冷徹な支配体制のように見えるが、その実情は少し異なるものだった。


「この国は、国民を外敵や自然災害といった周囲の脅威から守るために、事前に職業、住居、そして必要な食料を提供しているの」と、エリシアは穏やかな声で話し始めた。


「国民は、与えられた仕事を通じて労働力を供給する。もちろん、彼らの労働がこの王国を支えているのは確かだけど、それは一方的な搾取ではないわ。王国は、国民が安心して生きていけるように、すべての必要なものを先に提供している。仕事を失う不安もなく、住む場所や食べ物にも困らない。それが彼らにとって、安定した生活の基盤となっているの。」


エリシアは少し間を置いてから続けた。「そして、もし彼らが年を取って働けなくなったり、病気になったりしたとしても、その時は自分の知識や経験を使って後進を指導する役目を果たす。つまり、完全に働けなくなったとしても、彼らはこの社会の一員として尊重され、役割を与えられるのよ。」


エミリアはエリシアの説明に耳を傾けながら、農奴たちの言葉が頭の中で反芻されていた。彼らは「自由」よりも、この安定した生活を大切にしている。それが王国によって与えられたものだとしても、彼らにとっては生きるための確かな手段だった。


「つまり、彼らはこの体制の中で安心して生きていけることを選んでいるんですね…」エミリアは考え込むように言った。


エリシアは静かに頷いた。

「そう。彼らにとって、自由という言葉の意味は私たちとは違うの。彼らの生活は、ある意味で自由だとさえ言えるわ。王国は彼らを守り、必要なものをすべて提供している。彼らはそれを受け入れ、その中で自分の役割を果たすことに誇りを感じているの。」


この現実を聞いたエミリアは、以前の自分の信念と今の自分が抱く感情の間で揺れていた。自由を得ることは幸せに直結するのか、それとも安定した生活の中でこそ人は安心して生きられるのか。

エミリアは心の中でその答えを模索していた。



ディレードは、一行のやりとりを黙って見守っていたが、誰にともなく「贅沢だな」とぽつりと呟いた。

その声には、どこか皮肉と冷ややかさが混ざり、彼の内心の苛立ちが垣間見えた。


彼の瞳は、遠くで働く農奴たちや、その生活を当然と受け入れている彼らの姿を見つめていた。

しかし、ディレードの胸中では、彼らの安定した生活や選択肢の多さが、今の彼にとっては手の届かない贅沢に映っていた。


自分が置かれた境遇——いつ何が起こるかわからない不安定な状況と、戦いに身を投じるしかない人生。

それに比べて、目の前の人々はどんなに苦労していても、少なくとも生活の基盤は確保されている。

それが彼には、信じがたい贅沢に感じられたのだ。


さらに、エミリアや使節団の存在も、彼を苛立たせていた。


彼らは善意と理想に満ちた行動を取ろうとしているが、それがかえってディレードの心に違和感を与えていた。


彼らの「正しさ」や「善意」は、時として残酷で無意味に思える瞬間がある。

自分は常に戦い、命を賭けて生き延びることしか知らない。

それに比べて、彼らは理想や希望を語り合い、計画を練る余裕がある。

それが表面的には平静を装っていても、彼の内心をかき乱していた。


ディレードはふと、エミリアに視線を向けた。彼女もまた、自分とは違う道を歩んでいる。

彼女の純粋な信念や理想は、尊重するべきものだが、同時にそれがどこか偽善的に見える瞬間もあった。

「理想が現実になることなんて、ありえない」と心の中で呟く彼にとって、エミリアの姿勢はかえって彼を苛立たせたのだ。


しかし、ディレードはその感情を口に出すことはなかった。

ただ冷たい目で周囲を見渡しながら、その苛立ちを静かに抱え続けていた。


彼にとって、理想や安定した生活は、今はただの幻想に過ぎなかった。



その日の夕暮れ、使節団は再び旅路に出た。


エミリアの心には、まだ多くの疑問が渦巻いていたが、同時に彼女はこの経験を糧にし、

これからの旅をさらに深く考えることを決意した。





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