第41話 魔剣士との対話
エリシアは足を止め、ディレードの無表情な顔に向かって苛立ちを込めた視線を投げた。
この少年は一体何者なのだろう?無言でついてくるだけならまだしも、無感情で、まるで心を持たないかのような態度に我慢の限界がきていた。
「魔獣生成。少し痛い目にあいなさい。」
彼女は冷ややかに言い放ち、手を一振りすると、霧の中からファントム・ハウンドが現れた。
闇の中からうごめく影のような狼たちが、唸り声を上げながらディレードに襲いかかった。
だが、少年は微動だにせず、大剣をまるで小枝のように軽々と振るった。
その瞬間、空気が切り裂かれ、エリシアの召喚した魔獣たちは次々にその刃に屠られていった。ファントム・ハウンドが断末魔の叫びを上げる間もなく、全てが一瞬で消え去った。
「……!」
エリシアは驚愕のあまり、言葉を失った。彼女が召喚した魔獣たちは、ただの幻影ではなく、実体を持つ強力な魔物だ。
それを一瞬で、しかも感情の欠片も見せずに斬り伏せた少年の実力に、彼女は一瞬だけ身震いを感じた。
だが、ディレードは何事もなかったかのように無表情を保ち、淡々と彼女を見つめていた。
エリシアの心の中に、苛立ちと興味の入り混じった感情が渦巻いていた。
「……そんなに、何も感じないの?」
彼女は冷たく問いかけたが、ディレードは一言も返さない。
沈黙が森の中に広がり、しばらくの間、エリシアとディレードは互いに言葉を交わさずに歩き続けた。
エリシアは内心、この状況に少しだけ後悔していた。
彼女の苛立ちが先に立ち、感情に任せて行動したが、結果は彼の無表情な壁に跳ね返されている。
――だが、このままでは終わらない。
エリシアは決心を固め、再びディレードに話しかけた。この少年が単なる監視役や連絡係という役割だけで終わるとは思えなかった。
彼の力と、その背後にある何かが気になり始めていた。
「ねえ、ディレード。これからのこと、少し話をしない?」
彼女の声は先ほどの怒りから冷静さを取り戻し、どこか落ち着いていた。ディレードは一瞬だけ彼女を見つめたが、特に興味を示すことなく無言のままだった。
エリシアはため息をつきながら、続けた。「あなたが何を考えているかは分からない。でも、私にとってはこれからが大事なの。魔族がどういう意図であなたを私につけたのか知らないけれど、少なくとも私の手駒にされるつもりはないわ。」
ディレードはその言葉に対して反応を見せることなく、ただ前を見て歩き続けていた。だが、エリシアはその沈黙の中に、何か言い知れぬ重さを感じた。彼の無言が何を意味するのか、まだ掴みきれないが、無表情の裏には深い闇があるような気がしてならなかった。
しばらく沈黙が続いた後、ディレードがようやく口を開いた。
「俺には関係ない。ただ任務を遂行する。それだけだ。」
その言葉は冷たく響いたが、エリシアは微かに笑みを浮かべた。
「それでいいわ。でも、忘れないで。私の監視役だとしても、私に何も言わないまま、私を理解しないままじゃ、あなたも後悔することになるわよ。」
彼女の言葉には、どこか挑発的な響きがあったが、ディレードは再び何も言わずに歩き続けた。
エリシアは彼の背中を見つめながら、心の中で次の一手を考えていた。彼の無感情な態度が、ただの任務遂行のための仮面なのか、それとも本当に何も感じていないのか。それを見極めることが、これからの彼女の目的の一つとなりそうだった。
やがてディレードは
「俺はあんたの首輪の鈴だ。
あんたがやらかす前に魔族どもに連絡するのが任務だ。」
エリシアは苛立ちを抑え、ようやく会話になりそうな話題が来た。
「首輪の鈴ねぇ」
やらかす前にのフレーズは気に食わないが、
こいつも魔族どもっと言う言葉の意味はあまり良く思ってない。
「任務っていうけど、あなたは魔族共の言いなりってわけ? 何かご褒美か、弱みを握られいるの?」
ディレードは少し時間をかけ「魔界で姉が、メリアが俺達人間の集落で暮らしている。
今回は食料と安全を引き換えに、あんたの監視役と連絡係を任された。」
エリシアは「ふぅーん」と頷いた。
魔界に人間の集落を知らなかった。
エリシアはディレードの答えに驚きこそしなかったが、彼の背景に隠された事情を垣間見た気がした。魔界に人間の集落があるとは知らなかったが、それ以上に、ディレードがそんな状況で生き延びていることに少し興味が湧いた。彼はただの監視役ではなく、家族のために魔族の命令に従っている人間なのだ。
「魔界に人間の集落があるなんて、初耳だわ。そこに住む人間って、みんなあんたみたいに魔族に使われてるの?」
エリシアは少し軽蔑を込めて尋ねたが、同時に、その集落に興味を持ち始めていた。魔族と人間が共存するなんて、普通の世界では考えられないことだ。しかし、それは彼女の知る常識の外にある、異世界の現実なのかもしれない。
ディレードは無表情のまま、冷静に答えた。「みんながそうってわけじゃない。力を持つ者だけが、魔族と取引できるんだ。
俺は、集落で唯一魔力を扱え、魔神剣を使える人間だから、取引として姉と集落の食料と安全を手に入れるために俺がこうしている。」
「なるほどね、姉のためか」とエリシアはつぶやき、少しだけディレードに対する印象が変わった。彼が無表情で冷淡に見えるのは、感情を押し殺して生きているからなのかもしれない。そう考えると、彼の状況は哀れに思えた。
「でもさ、ディレード。そんなことしてまで魔族に従って、あんた自身の生き方はそれで満足なの?」エリシアは少し鋭く、彼に問いかけた。
「あんたは、ただの道具として生きるだけでいいの?」
ディレードはしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「俺には選択肢がない。魔族に従わなければ、集落は飢え、姉も危険な目に遭う。それを防ぐためなら、俺は道具でも何でも構わない。」
その言葉に、エリシアはわずかに眉をひそめた。彼の諦観と覚悟に、彼女は複雑な感情を抱いた。自分を犠牲にしてまで守りたいものがあるというディレードの姿勢は、エリシアにとっては理解しがたいものだった。
彼女自身、魔族の支配に抗い、自由を求めて生きてきた。
しかし、ディレードのように他者のために自らを犠牲にする精神は、彼女にはない。
「ふぅん、そう。でも、もしあんたの姉が無事だったとして、その先に何があるの?ずっと魔族に従って生きるわけ?」
エリシアの問いに、ディレードは少しだけ視線を落としたが、すぐに冷静な表情に戻った。「それでも、姉が生きていけるなら、それでいい。それ以上のことは考えてない。」
その無感情な返答に、エリシアは小さなため息をついた。彼の決意は固いが、その先に何もない虚無感に、彼女はどこか悲しさを覚えた。しかし、同時に彼が何も求めず、ただ家族を守るために生きていることに対して、ほんの少しだけ尊敬の念が湧いた。
「ま、好きにすればいいわ。でも、あんたが自分のために生きる日が来るといいわね。」エリシアは軽く皮肉を込めて言い放ったが、その言葉の裏には、ディレードに対するほんのわずかな同情が隠されていた。
「それよりも、これからどうするか決めましょう。あんたが監視役だって言うなら、私がどこへ行くにしてもついてくるつもりなんでしょ?」
ディレードは短く「あぁ」
と返事を返した。
「それじゃあ、私はこれから使節団と
合流するわ。その時は、あなたを私の護衛ってことで説明してもいい?」
ディレードは無言で頷いた。
エリシアはもうこんな感じでちょっとづつ
話していけばいいかと思ってきた。
戦闘能力は、先程見た通り高い。
これから彼との関係を築いていくことに
メリットは多分、あるだろう。
ディレードは彼女の後ろについて歩き続けた。
エリシアは、彼が持つ暗い過去と、彼自身の心情を垣間見たが、これ以上深入りするつもりはなかった。




