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救世主物語  作者: アルドア
2章

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34.5話エルダークレスト神聖国エリシア編(挿絵あり)

エミリアとともにエルダークレスト神聖国を訪れた時、彼女がしばらくの間、清貧や信仰を学ぶと言ったのを聞いて、少し驚いた。

彼女の決意は固そうだったが、エリシアがこの国の建国に関わっていたことを思い出し、自分は歴史や遺跡を見て回りたいとやんわりと断った。

エミリアがしょんぼりした表情を見せたが、その姿が何とも愛らしく、500年前のセリスの姿を思い出してしまった。


セリスもまた、信仰と使命に生きる姿が印象的で、時に寂しさを感じながらもその強い意志を持っていた。


それがエミリアに重なり、どこか懐かしい感情が湧いてくる。


かつてセレスティア使節団の一員であったセリスは、エルダークレスト神聖国を訪れた際、「ここに残る」と静かに告げた。

団員たちは彼女の決断に驚き、説得を試みたが、セリスの瞳には揺るぎない決意が宿っていた。

彼女は、ここに取り残された人達を助けるという、自らの生き方を見つけたのだ。


セリスが団を離れた後、どのような暮らしを送ったのか、時折思いを馳せることがある。


目に見えるものに囚われず、ただ神に仕える純粋な心で、彼女はこの神聖な地で静かに暮らしていたのかもしれない。


それでも、かつての仲間たちや遠い世界のことを思い出す瞬間があっただろうか。旅をともにした日々、危険を乗り越え、笑いあった時間。セリスの心には、過去の記憶が消えることなく残っていたのだろう。それでも、彼女はここでの新たな使命に満たされていたのだろうか。


500年の月日が流れても、セリスが神聖国のどこかで静かに祈り、微笑んでいるような気がしてならない。彼女が選んだ道は孤独ではなく、満ち足りたものだったのだろうと、エミリアの姿を見ながら、ふと感じるのだった。


エリシアが一人で歩いていると、目の前に現れたのは男装の麗人、ラシア・イグレシアだった。ラシアは流れるような美しい黒髪と気品漂う姿で、まるで舞踏会の主役のような雰囲気を持っていた。


ラシアはにっこりと微笑みながら、エリシアに声をかけた。「はーい、子猫ちゃん。こんなとこで一人かな? よかったら案内しようか?」


エリシアはその申し出に心からの微笑みを返し、まるで神託のように感じた。「あらぁ、神託のお告げかしら」と言いながら、ラシアの提案を受け入れることにした。


「案内してくれるのなら、ぜひお願いしたいわ」とエリシアは続けた。

「私、ここを少し探索してみたかったの。あなたの案内があれば、きっと素敵な発見ができるでしょう。」


ラシアはその言葉に満足そうな表情を浮かべ、「それなら、さっそく行こうか」と手を差し出した。エリシアはその手を取り、二人は並んで歩き始めた。ラシアの優雅な足取りと穏やかな声に導かれながら、エリシアはこの神聖な地での新たな体験を楽しむことができると確信していた。


ラシアはエリシアに対する興味を深めながら、彼女の言葉に耳を傾けていた。エリシアが「神託のお告げかしら」と口にしたとき、ラシアの心に微かな疑念が生まれた。神託は確かに彼女を案内するように告げていたが、その言葉をエリシアが口にしたことが偶然なのか、それとも何か深い意味があるのか、ラシアは迷いながら考えていた。


「神託の話は興味深いわね」とラシアは軽く微笑みながら言った。「ただの偶然とは思えないわ。あなたがその言葉を口にしたのは、何か特別な意図があるのかしら?」


エリシアはその問いに少し考え込み、「神託が示すものは時に直感や偶然に見えることもあるわ。でも、神託が私をここに導いたのなら、それには意味があると信じているの」と答えた。


ラシアはその言葉に納得しつつも、彼女の内面にもっと迫りたいという思いを募らせた。

「そうね、確かに神託が示すものには深い意味があることが多いわ。もしよければ、私もその意味を探る手助けをさせてほしい。あなたがどんな運命に導かれているのか、一緒に探してみたいわ。」


エリシアはラシアの提案を心から受け入れ、二人は神聖な地の探索を続けながら、神託の深い謎に迫る旅を始めることに決めた。ラシアの興味とエリシアの信念が交わる中で、何が待っているのかはまだわからないが、二人の旅は一層意味深いものとなるだろう。


ラシアはエリシアが予言者のことを尋ねたとき、眼を輝かせながら話し始めた。「予言者はここ、エルダークレスト神聖国の建国者として非常に重要な人物なのよ。最初の預言者とされ、神託に基づいて神殿都市を築いたの。」


彼女は少し考え込みながら続けた。「予言者は、その神殿都市を基盤にして、この国の礎を築いたと言われているわ。彼の予言と指導の下、多くの信者が集まり、エルダークレスト神聖国が形成されたのよ。彼の影響は今も国の根幹に深く刻まれている。」


エリシアは興味深く聞き入っていた。「それは非常に興味深いわ。予言者がどのようにして神殿都市を築き、エルダークレスト神聖国を形作ったのか、もっと詳しく知りたいわ。」


ラシアは頷きながら話を続けた。「予言者は、神託を受けて神殿都市を設計し、その理念に基づいて人々を導いたと言われているわ。彼は神託を実現するために、精密な計画を立てて都市を築き、国家の理念と信仰の中心地を創り上げたの。そしてその成果が、今日のエルダークレスト神聖国に繋がっているの。」


「なるほど」とエリシアは感心しながら言った。「予言者の影響力は、まさにこの国の礎そのものなのね。私もその影響を感じながら、ここでの経験を深めていきたいと思うわ。」


ラシアは微笑みながら、エリシアに案内を続ける準備を整えた。「それなら、ぜひ一緒に神殿都市を見て回りましょう。予言者が築いた場所を知ることで、きっと多くのことを学べるわ。」


こうして、エリシアとラシアは予言者の遺した神殿都市を巡りながら、その影響と理念をより深く理解していく旅に出ることとなった。


セリスがエルダークレスト神聖国で導入した教えは、土地の厳しい自然環境と国民の生活に深く根ざしていた。ラシアはエリシアにその教えの背景について詳しく説明した。


「予言者が制定した教えには、この地での生活を維持するための工夫がたくさん含まれているわ。」ラシアは語り始めた。


「例えば、お酒は非常に貴重な資源とされ、祝い事や特別な儀式以外では飲まないことが定められているの。これは、資源の無駄遣いを防ぎ、神聖な儀式の中でのみその価値を高めるためなの。」


エリシアは頷きながら聞いていた。

「なるほど、それがこの地の厳しい資源環境に対応するための知恵なのね。」


「そう」とラシアは続けた。

「また、食事の回数も一日に二回と定められている。山岳地帯での生活は厳しく、畑で取れる作物も限られているから、この教えによって食糧の節約と健康管理が図られている。食事の回数を減らすことで、少ない資源でも持続的な生活ができるようにしたんだ。」


エリシアは深く考え込んでいた。「予言者の教えは、単に精神的な規律だけでなく、生活そのものに対する配慮がなされているのね。ここでの暮らしがどれほど厳しいものだったかが、こうして教えからもわかるわ。」


ラシアは微笑みながら、「その通り。予言者の教えは、自然環境と人々の生活を調和させるための知恵が詰まっているの。これらの教えが、今もこの国の基盤となり、国民の生活を支えているのよ。」と答えた。


エリシアはラシアの案内を受けながら、予言者の遺産がどのようにしてこの地で生き続けているのかを実感し、その教えの深さと重みを感じ取っていた。


ラシアは顔を引き締め、エリシアに対して真剣な表情を見せた。「ただし、予言者の教えがこの地で根付いている一方で、今の上位神官たちは少々問題を抱えているの。」彼女は言った。


「どういうこと?」エリシアは興味深そうに聞いた。


「実は、上位神官たちの中には、神殿都市に寄付金を集めるために堕落してしまった者もいる。」ラシアは眉をひそめながら説明した。「特に寄付金が多く集まると、その神官たちは権力や地位を手に入れるために、本来の教えから逸脱してしまうことがある。信仰心よりも金銭や権力が優先され、教えが形骸化してしまっているんだ。」


エリシアはその話に驚きの表情を浮かべた。「そうなのね。せっかくのセリスの教えが、今やそんな風に扱われているとは…」


ラシアは頷き、続けた。

「もちろん、全ての上位神官がそうではないけれど、堕落した者たちが目立っているのは事実だ。

彼らは贅沢な暮らしをし、信仰の本質を見失ってしまっている。そのため、教えの意義が薄れている。」


エリシアは深い考えに沈んでいた。

「そういった状況を改善するためにはどうすれば良いのかしら?」


ラシアは少し考えた後、真摯な口調で言った。


「まずは、堕落している神官たちに対して厳しい監視と改革が必要だと思う。それと同時に、信仰の本来の姿を取り戻すための教育と啓蒙が重要だろうね。それが予言者の教えを再び尊重し、国民にとって有意義なものにするための第一歩だと思う。」


エリシアはその意見に頷き、ラシアの言葉に深く感銘を受けた。

教えの堕落とその修復への道筋について考える中で、彼女はこの地での真の信仰の回復に向けた努力を惜しまないことを決意した。


ラシアは少し苦い笑みを浮かべながら続けた。「まぁ、女である私には継承権がないのだけれどね。」彼女の目に複雑な感情が見え隠れした。


「どういうこと?」エリシアは興味深く尋ねた。


「この国の最高責任者になるためには、信託が聞ける者でなければならない。そして、初代預言者の血を引く者、しかも男子でなければならないと、神聖法で定められているの。」ラシアは一息ついて説明した。

「私は愛人の子として生まれ、女であるため、どうしてもこの地位にはなれない。だから、男装して逆らっているのだけれど、結局はその立場に立てないという現実がある。」


エリシアはその話を聞き、ラシアの苦しみを理解しようとした。彼女の話から、伝統的な規範と個人の希望との間で葛藤していることが伝わってきた。


「それでも、ラシアさんがここにいる理由は?」とエリシアは問いかけた。


ラシアは少し考え、深い息をついた。

「私の役割は、信託に従い、正しい道を示すことではなく、見えないところでその教えを支え、改善することなのよ。男性が持つ権力や地位の裏で、私なりにできることをしている。」


エリシアはその言葉に感銘を受け、ラシアの強い意志と使命感に敬意を表した。

「あなたの存在と努力は、確かにこの国にとって重要なものだと思うわ。これからも、その信念を貫いていってください。」


ラシアは微笑み、感謝の意を込めて頷いた。「ありがとう、エリシアさん。私たちはお互いに異なる立場にいるけれど、同じ目標に向かっていると思う。」


エリシアは真剣な眼差しでラシアを見つめた。「ラシアさん、あなたがその立場に立つべきだと思う。私が約束するわ。もし私の力を借りてあなたがこの国のトップに立つことができるなら、ぜひ私を案内してほしい。」


ラシアは驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべた。

「私がこの国のトップに?でも、信託や血統の問題があるのに…」


エリシアは優しく微笑み、確信を持って言った。

「私の力でその障害を取り除くことができる。信託の意志がどんなものであれ、私の力で変えることができるわ。だから、どうか私の案内を引き受けてください。」


ラシアはしばらく考え込み、エリシアの真剣な眼差しを見つめた。彼女の心の中で様々な感情が交錯し、最終的に決心を固めた。


「分かったわ。あなたがそう言うなら、私もその提案を受け入れるわ。」ラシアは覚悟を決めたように頷いた。

「私が案内を務める代わりに、あなたの約束を信じるわ。さて、どこから始める?」






500年前、初代預言者セリスはセレスティア使節団とともに使者としてこの地にたどり着いた。しかし、彼女たちが見たのは、不毛な土地と難民たちが暮らす貧しい小屋だけだった。


荒廃した風景の中、希望はほとんどなく、難民たちの苦しみは一目でわかるものだった。


セリスは、スキル【オラクル】を使い、未来を見通した。

その結果、難民たちを救い、この土地を繁栄させるには100年もの歳月がかかることが予測された。

それでも、セリスはためらうことなく覚悟を決め、この地に残ることを決心した。

彼女には、ここに根を張り、人々を導く使命があると感じたのだ。


エリシアはそんなセリスを必死に引き止めようとした。

「セリス、ここに残るなんて、あなた一人で背負うには重すぎる!もっと別の方法があるはずよ。私たちは一緒に進むべきだわ。」


しかし、セリスの意思は固く、揺らぐことはなかった。

彼女はエリシアの手を優しく取り、その目を真っ直ぐ見つめた。

「エリシア、私はこの地の人々を救いたい。彼らにはもう逃げ場がない。そして、この使命は私にしか果たせないのかもしれない。あなたには、私以上に果たすべき大きな役割があるでしょう。でも、私はここに残り、彼らの未来を見届けるわ。」


エリシアは彼女の決意を感じ取り、涙をこらえながら、静かにうなずいた。

「また来るからね、セリス。必ず。」


そして、二人は別れた。それから500年もの歳月が流れ、エリシアは再びこの地に戻ってきた。かつての荒廃した土地は、エルダークレスト神聖国として立派に発展していた。

セリスが植えた希望の種は、長い時間をかけて芽を出し、この地を繁栄へと導いたのだった。


今では500年前の話になるので当時の資料は

無くなっている。

しかしエリシアは直感した。

「セリス…あなたの選んだ道は正しかったのね。」エリシアは、セリスが残した足跡を感じながら、静かに目を閉じ、彼女の決断と努力に思いを馳せた。




ラシアと共にエルダークレスト神聖国の各神殿を巡り歩く中、祈りを捧げる巡礼者たちと共に、目を引く一枚の古びた絵が飾られていた。エリシアはその絵に目を留め、思わず立ち止まる。

挿絵(By みてみん)






「これは…」エリシアが静かに言葉を漏らす。


ラシアは、嬉しそうに微笑んで説明を始めた。「ああ、これは最近、出土したものだよ。

これは建国500年を記念して飾ることにしたんだ。当時、この地を導いたとされる初代予言者様の絵なんだ。もう名前も忘れ去られている古い絵だけど、神殿に飾るにはふさわしいとみんなで決めたんだ。」


エリシアはその絵をじっと見つめた。描かれた人物は、確かに彼女のかつての友、セリスだった。500年前、共に歩んだ道、彼女を引き止めることができなかった瞬間、そして、セリスが選んだ未来――すべてが蘇る。


「やり遂げたのね…」エリシアは寂しげでありながらも、どこか誇らしげな表情で、かすかに呟いた。その声には、長い年月を越えてセリスの意思を確認したような響きがあった。


「ん?何か言ったかい?」ラシアが不思議そうにエリシアを見つめるが、彼女はただ微笑んで首を振った。


「いいえ、何でもないわ。ただ、少し感慨深いだけ。」そう言って、エリシアは絵の前で静かに目を閉じ、セリスの成功と遺した功績に、心の中でそっと感謝の祈りを捧げた。


エリシアは、上位神官たちの腐敗を目の当たりにし、胸中に嘆きが広がる。神殿の奥では、かつてセリスが厳しく制限していた貴重なお酒が、贅沢な宴のために惜しげもなく振る舞われていた。


「あぁ、嘆かわしい…」エリシアは静かにため息をついた。


ラシアも同じく憤りを感じていた。「上位神官たちは寄付金を好き勝手に使い、民を顧みることもない。おもてなしの名目で、このように贅沢三昧だ。」


彼女はさらに、この国に蔓延る他の問題点もエリシアに語り始めた。

ラシアの話を聞くたび、エリシアの中でかつてセリスがこの地に築いた理想と、現実の乖離が痛ましく映る。セリスの想いを踏みにじるような現状に、保守派が目障りで仕方なくなっていた。


やがて、エリシアは決意した表情でラシアを見つめ、口を開いた。

「ラシア、あなたがこの国のトップになりなさい。そして、この忌まわしい寄生虫たちを叩き潰してほしいの。」


ラシアは驚きつつも、エリシアの目に宿る決意の強さに心を揺さぶられた。男装の麗人である自分が、この国を変えるための手段として選ばれる日が来るとは思わなかった。しかし、彼女は次第にその言葉の重みを感じ始める。


「私が…国のトップに…?」ラシアは一瞬躊躇したが、エリシアの鋭い視線がその迷いを一蹴した。


「そうよ。セリスの遺志を継ぐ者として、この国を正しい道に導くのは、あなたしかいないわ。」


ラシアは困惑した表情で、聖典に書かれていることをエリシアに伝えた。「聖典には、男性の預言者がこの地を導いたと記されている。前にも話したかもしれないが私は、継承権がないんだ。女である私には、この国を導く権利は与えられていない。」


エリシアは、先ほど目にした絵を思い出し、疑問を抱いた。「あの絵について、もっと詳しく教えてもらえるかしら?」


ラシアは少しためらいながらも答えた。「あの絵は、あくまでも初代預言者はこうであっただろう、という想像のもとに描かれたものだよ。実際の性別も、名前も、誰も知らないんだ。あの絵が出土したときも、これが初代預言者の姿だと信じるしかなかった。」


その答えを聞いたエリシアは、長い年月の間に人々が自分たちの都合の良いように物語や記録を捻じ曲げ、書き換えたのだと悟った。セリスが遺した真実は、いつの間にか消え去り、男性の預言者として都合よく再解釈されてしまっていたのだ。


「なるほど…自分たちの都合で歴史を書き換えたというわけね。」エリシアは冷静に呟いたが、その瞳の奥には鋭い光が宿っていた。

「もし初代預言者が女性であったとしたら、ラシア、あなたにもこの国を導く権利があるはずよ。」




ラシアは神聖法に従いながらも、自分の心の奥底で何かが揺れ動くのを感じていた。

しかし、聖典に書かれていることはこの国において絶対的なものであり、それに逆らうことは許されないという固定観念が彼女を縛っていた。


「でも、聖典に書かれていることが絶対なんだ。変えることなんてできない…」ラシアは言いかけた。


その瞬間、エリシアは鋭い視線で彼女を見つめ、「あなた、改革派ではないの?」と問いかけた。


その言葉に、ラシアはハッとした。

自分はこの国の堕落した現状を嘆き、変革を望んでいたはずだ。それにもかかわらず、聖典という過去の枠に囚われ、未来を切り開く勇気を失っていた。


「私は…」ラシアは一瞬、言葉を失ったが、次第に自分の中で渦巻いていた思いがはっきりと形を取っていくのを感じた。「私は、この国を変えたいとずっと思っていた。でも、聖典を変えることは…」


エリシアは静かに微笑んだ。

「聖典だって、人が作り上げたものよ。それに、真実がいつもそこに書かれているわけじゃない。あなたが何を信じ、どんな未来を望むのかが大切なの。セリスが築いたこの国の精神を、本当に守りたいなら、今こそあなた自身がその指導者になるべきよ。」


ラシアの心の中で、エリシアの言葉が深く響いた。改革を望む心と、聖典に縛られる恐れとの間で揺れていた彼女に、エリシアは道を示してくれたのだ。


「じゃあ、聖典を新しくすればいいじゃない?」と、エリシアは軽やかに言い放った。その言葉は、まるで当たり前のことのように響いたが、ラシアにはその衝撃が大きかった。


「新しく…する?」ラシアは驚きに満ちた表情でエリシアを見つめる。


「そうよ、何か問題でも?」エリシアは肩をすくめるようにして微笑んだ。

「時代は変わるのだから、聖典だって変わっていいはずよ。人々がどんな未来を望むのか、その意思に応じてね。」


「でも…そんなこと…」ラシアは言葉を詰まらせた。彼女の中でこれまでの教義や規則が崩れ始めていたが、それでもなお、長年の慣習や伝統に対する恐れが心の中に残っていた。


エリシアは歩み寄り、優しくラシアの肩に手を置いた。

「ラシア、聖典は過去の人々が自分たちの時代に必要だと思ったことを記したものに過ぎないわ。今はあなたたちの時代。もしセリスが今ここにいたら、きっと同じことを言うでしょう。『人々を救うために、必要なことをしなさい』と。」


ラシアはしばらく考え込んだが、次第にその言葉が心に深く沁みていった。「聖典を新しくする…」彼女の中で新しい決意が芽生え始めた。それは、単なる反抗心ではなく、この国を守り、正しい方向へ導くための改革の意志だった。


「エリシア、もし私がこの国のトップになれたら…聖典を新しく書き直すわ。そして、セリスが本当に望んでいた国にしてみせる。」


「それでこそよ」と、エリシアは満足そうに頷いた。


エリシアとラシアは聖典の改訂版という大きな目標を共有し、その後、宿屋で具体的な策を練るために話し合いを進めることにした。


宿屋の一室に入ると、ラシアはテーブルに手を置き、真剣な表情でエリシアに向き直った。「聖典の改訂というのは、もちろん簡単なことじゃないわ。保守派は絶対に抵抗するでしょう。彼らは長年、この国の伝統と権力を守ってきた存在だから。」


エリシアは椅子に座りながら、静かに頷いた。「そうね、でもどんな強固な壁でも、弱点はあるものよ。まずは、彼らの影響力を削ぎ落とすことから始めるべきだわ。具体的にはどう動くつもり?」


ラシアは少し考え込んだ後、低い声で話し始めた。

「まず、保守派の中にも、全員が腐敗しているわけではない。彼らの中で少しでも改革の可能性を感じている者を探し、味方に引き込む。そして、彼らが長年築き上げてきた寄付金や資産を公開することによって、民衆に彼らの腐敗を露呈させるわ。」


エリシアは興味深そうに目を細めた。「なるほど、内部から崩していく作戦ね。そして民衆の支持を得ることで、保守派の正統性を揺るがすと。」


「その通りよ」とラシアは頷いた。「私たちが新たな聖典を提案する際には、民衆が私たちを支持してくれなければならない。だから、まずは彼らに本当の現実を見せる必要があるわ。」


エリシアは微笑みながら立ち上がり、窓の外を眺めた。

「それは興味深い戦略ね。時代の変化は必然だわ、ラシア。あなたが正しく導けば、民衆は必ずついてくるでしょう。」


「だけど、どうやってその最初のきっかけを作るのかが問題だわ」と、ラシアは眉をひそめた。「保守派の上層部に手を出すには慎重に動かないと、すぐに反撃される。」


エリシアはラシアに視線を戻し、いたずらっぽく微笑んだ。

「その最初の一手は私に任せて。これまでの経験で見えてくるわ。」


ラシアはエリシアの言葉に驚きつつも、深い信頼を感じ取った。

「じゃあ、お願いするよ。エリシア、あなたの助けが必要なんだ。共にこの国を変えていこう。」


そうして二人は手を取り合い、宿屋の小さな部屋で、エルダークレスト神聖国の未来を描く計画をさらに練り上げていった。


エリシアは、ラシアが街で雨乞いの祈祷に行って不在の間に、エミリアとセレナが寄付金の着服で告発されたという知らせを受けた。


エミリアが証拠不十分で無罪となった一方で、セレナは火刑に処される運命となり、神聖裁判による厳しい裁定が下された。


この出来事は予期せぬ一大事件であり、エリシアにとって大きな機会が訪れたことを意味していた。


「これは都合が良すぎるわね…」

エリシアは独り言のように呟きながら、冷静に状況を見極めた。


保守派がこの事件を利用して、自分たちの権力を強固にしようとしているのは明白だった。


しかし、エミリアが無罪となり、セレナが火刑に処されるという裁定には、何か裏があるように感じた。


「証拠不十分で無罪放免…?それでセレナだけが罰せられるなんて、都合が良すぎる。」


エリシアは眉をひそめ、彼女の思考を深めていった。保守派がこの事件を利用して、自分たちの影響力を増そうとしているのは明らかだが、これを逆手に取って改革の口火を切ることもできると考える。


計画が頭の中で次々に組み立てられていくのを感じた。

「わかったわ。セレナが犠牲になってしまうのは悲しいことだけれど、この事件を利用して保守派の腐敗を公に晒すチャンスが来たのよ。」



「セレナの火刑が執行される前に、彼女が犠牲者であり、真実は別にあることを証明すればいいのよ。そして、その過程で保守派がどれほど腐敗しているかを暴露する。これで民衆の支持を得て、改革の道を切り開くの。」

エリシアは冷静な口調で説明し、すでに行動に移る準備が整っていた。


エリシアはラシアが戻る前に、この事件を最大限に利用する計画を立て、行動を開始する決意を固めた。


死刑執行の前日、エリシアは夜闇に紛れて監獄に忍び込んだ。冷たい鉄の檻の中で絶望に打ちひしがれていたセレナの前に姿を現すと、静かに口を開いた。


「あなたを助けに来たわ、セレナ。明日は

私が聖火に炙られて煙になるわ。」


驚愕したセレナは涙を浮かべてエリシアを見つめた。

「あなたが死ぬ必要なんてない!私はもう覚悟しているのに…」


エリシアは微笑みながら、セレナの手を握った。「あなたが死ぬ理由はないわ。それに、私には計画がある。安心して。」


そう言うと、エリシアはラシアを呼んで保護して貰うように頼んだ。


そして翌日、遠巻きにその場に現れたラシアは、エリシアの行動に唖然としていた。


処刑台には確かにセレナの姿があり、火刑が始まろうとしていた。


しかし、その瞬間、煙が立ち上がり、次の瞬間にはその「セレナ」は姿を消し、すぐ横にエリシアが現れたのだ。


「どうかしら?」とエリシアは誇らしげに胸を張ってラシアに問いかけた。

成功に自信を持ち、得意げに振る舞う彼女の姿に、ラシアは呆然とした表情で応えた。


「この女…本当にイカれてる。悪魔か何かなんじゃないか?」と、ラシアの心中にはますます疑惑が募った。


「あなたがそんな目で見てるの、わかるわよ。でも心配しないで。私は悪魔なんかじゃない。ただ、少しばかり普通じゃないだけよ。」

エリシアはラシアにウィンクを送り、楽しそうに笑った。


ラシアはますます困惑しながらも、その不思議な力を目の当たりにし、エリシアに対する警戒心と興味がさらに増していった。



それから事態は急展開を迎えた。ゴーラン ・ベルシオが酔った勢いで飛び降り事故死、その周囲にいた者たちも急に恐怖に駆られ、自らの罪を自白し始めた。

その結果、国の内部に蔓延していた腐敗が次々と明るみに出た。

評定会では混乱の中、ラシア・イグレシアこそが次の預言者にふさわしいという声が高まり、ついに彼女は神託を受け継ぐ者として認められた。

エルダークレスト神聖国の未来を託されたラシアは、国の新たなリーダーとなる道が開かれたのだ。

すべてがトントン拍子に進む中、エリシアはラシアのもとに現れ、にっこりと笑って言った。「頑張ってね。また 見に来るから。」

その軽やかな言葉と共に、エリシアはどこかへ去っていった。


ラシアは彼女が以前言っていた言葉を思い出す。

エリシアは確かに初代預言者セリスの知り合いだと言っていたが、果たしてそれは本当だったのだろうか。


彼女の姿はまるで風のように神秘的で、何もかもを知っているようでいて、決してその全貌を明かすことはなかった。


「次に会うのは500年後かもしれない」ラシアはふと呟いた。


その時までに、この国を彼女に誇れるほど立派 な国にしなければならない、と心の中で決意を固めた。


エリシアが再び現れる時、エルダークレスト神聖国はもっと強く、もっと輝かしい国として彼女を迎え入れることだろう。

そう、ラシアは信じていた。

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