第34話 エルダークレスト神聖国編その12 終幕
エミリアは、セレナの火刑を目の当たりにし、その後も重く深い喪失感を抱えたまま、エルダークレスト神聖国を後にした。
彼女の心は、セレナを救えなかった自分への怒りと無力感に支配されていた。
馬車の中では沈黙が続き、使節団の誰もがエミリアの痛みに何も言えずにいた。
エミリアの目は虚ろで、何もない空間を見つめていたが、心の中ではセレナとの思い出が次々に蘇り、彼女の胸を締めつけていた。
数日後、次の国へ向かう途中、使節団は広がる荒野で野営を張っていた。冷たい夜風が吹く中、焚火の炎が静かに揺れ、誰もが無言で自分の思考に浸っていた。
突然、火の周りにいた人々がざわめき出した。そこには、まるで空気から現れたかのように、エリシアが立っていた。
彼女の姿はまるで夢幻のようで、その登場に誰もが一瞬息を呑んだ。
「やっほー、みんな元気してた?」
エリシアは軽い口調で手を振り、周りの緊張を和らげるような笑みを浮かべたが、エミリアの目はすぐに彼女に釘付けになった。
「エリシア…あなた、今までどこに…?」
エミリアは驚きと混乱が入り混じった声で問いかける。
エリシアは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、少し身を乗り出して答える。
「エミリアちゃん、驚かないでね。でも実は、あの火あぶりの刑に処されたのはセレナちゃんじゃなかったのよ。」
エミリアの瞳が一瞬で見開かれ、焚火の光に反射して鋭く光る。
「どういうこと…?」
エリシアはその反応に満足そうに頷き、
「まあまあ、詳しい話は焚火の周りでゆっくりするわ。でも、とりあえず安心して。セレナちゃんは無事よ。」と付け加えた。
エミリアは息を呑み、彼女の心にわずかな光が灯り始めた。
失意の中で見つけた希望が、彼女の心を少しずつ取り戻させていく予感がした。
エリシアの言葉に続いて、一台の馬車がゆっくりと野営地に近づいてきた。
馬車の扉が開くと、中から傷だらけのセレナが姿を現した。
彼女の身体はまだ不自由で、苦痛の表情を浮かべながらもエミリアの方へ歩み寄る。
エミリアはその姿を見た瞬間、目を見開き、息を呑んだ。
「セレナ…本当にあなたなの?」彼女の声は震え、信じられないという気持ちが滲み出ていた。
エリシアはニヤリと笑い、
「さあ、エミリアちゃんの神威を見せてちょうだい」と促した。
何が起きているのか、何を信じればいいのか、エミリアの頭の中は混乱していた。
しかし、目の前のセレナの痛々しい姿が、彼女の迷いをすぐにかき消した。
彼女は無言で頷き、そっとセレナの血まみれの包帯で覆われた手を取り、癒しの権能を発動させた。
エミリアの手のひらから温かい光が溢れ出し、セレナの身体に流れ込んでいく。
癒しの力がセレナの傷をゆっくりと癒していくが、その過程でエミリアの顔には次第に涙が溢れ出し、彼女の頬を伝って落ちていく。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
セレナのかすれた声が聞こえた。
彼女は痛みに耐えながらも、弱々しく謝り続ける。
「エミリア様、私…私は、あなたを信じていたのに…皆を裏切る形になってしまって…」
エミリアはセレナの手をさらに強く握り締め、涙をこぼしながら応える。
「もういいのよ、セレナ。あなたは何も悪くない。私が…私がもっと早く気づいていれば…」
その言葉を聞いたセレナは、さらに涙を流し、肩を震わせて泣き始めた。
エミリアはそのまま彼女の手を握り続け、全ての力を込めて癒しの光を放ち続けた。
彼女の心の中には、セレナを救えた安堵と、それでも守りきれなかった自責の念が交錯していた。
エミリアの癒しの権能に続き、使節団のヒーラーであるアイリス・ミストも加わり、治療の手助けを始めた。
ハーフエルフである彼女は薬草学にも精通しており、治療の専門的な知識を駆使して、より細やかな処置を施していく。
アイリスはセレナの口元を優しく開かせながら、歯の状態を確認する。
「見える部分はなんとか修復できそうですね。今は即席の被せ物を作って、それで様子を見ていきましょう」と、落ち着いた声で説明する。彼女の指先が器用に動き、セレナの歯の隙間に治療用の素材を丁寧に詰めていく。
次に、アイリスはセレナの腫れた顔を見て、診断を下す。
「顔の腫れも見た目ほどひどくありませんね。これならヒールの魔法で治癒を進められます。」
彼女は再び癒しの魔法を唱え、エミリアの権能と共にセレナの顔の腫れを徐々に和らげていく。
さらに、アイリスはセレナの傷ついた手足の爪を確認し、
「爪に関してはまだ少し不自由が続くでしょうが、軟膏入りの粉で固めておきます。しばらくは痒みが続くかもしれませんが、定期的に見ていきますのでご安心を。これなら1ヶ月ほどで完治する見込みです」と、治療方針を伝えた。
セレナはエミリアとアイリスの両方の治療を受けながら、少しずつ顔に安堵の表情を浮かべた。
「ありがとうございます…皆さんのおかげで、生き延びることができそうです」と、弱々しいながらも感謝の言葉を口にした。
アイリスは微笑みながら、
「気にしないで、あなたが無事でよかった。これからは一歩ずつ、しっかりと回復していきましょうね」と励ましの言葉をかける。
エミリアもまた、セレナの手を優しく握り続け、彼女の隣に寄り添ったまま、目に涙を浮かべながらも穏やかな笑みを見せた。
治療を受ける間、セレナは目を閉じて深い呼吸をしながら、ぽつりと口を開いた。
「本当に…あの日、エミリア様の救いを拒絶してしまったことを、心から後悔しています。あの時は、あまりにも恐怖と混乱に囚われていて、何が正しいのか分からなくなっていました…ごめんなさい。」
エミリアはセレナの言葉を聞き、静かに首を横に振った。
「そんなことないわ、セレナ。あの状況で、あなたが感じていた苦しみと恐怖は計り知れないものだったと思う。だから、謝らなくていいの。大事なのは、今こうして無事に戻ってきたことよ。」
その時、エリシアが補足するように軽く笑いながら話し始めた。
「まぁ、あれだけ精神的に追い込まれてたら、誰だって正常じゃなくなるわよね。でも、セレナちゃんも偉いと思うわよ。あれだけの拷問を受けたのに、エミリアちゃんを巻き込まないように自己犠牲を貫いたその強さ、なかなかできるものじゃないわ。でもね、今後はそんな無茶な自己犠牲は控えてちょうだいね。もっと自分を大切にしなきゃ。」
セレナはエリシアの言葉に少し微笑んで、
「はい…これからは、自分を少しずつ取り戻していきます。皆さんの支えに感謝しています。」と応えた。彼女の顔には、少しずつだが、以前のような希望と生気が戻りつつあった。
エミリアとアイリスも、それを見て安堵の表情を浮かべた。
エリシアは最後に肩をすくめ、
「そうそう、エミリアちゃんもセレナちゃんも、もっと笑顔でね。せっかくこうして再会できたんだから、喜びましょ?」と軽やかに言い、場を和ませた。エミリアもセレナも、互いに微笑みを交わし合い、これからの新たな一歩を感じていた。
そうしてエリシアは
「あー、ごめんね。ちょっと行くとこあるから合流するのは後になるわ。」
そう言って馬車に乗り込み、旅立った。
エミリアは感謝してエリシアを送り出した。
馬車にはもう一人乗っていた。
ラシア・イグレシアであった。
「さて、君には協力して各地の案内をしたわけだ。その間、ますます保守派は強固になったが…
私をトップにして上げるっと言っていたな。
どうやって約束を守るのだ?」
エリシアはラシアをを見ながら
「オラクルは受け継いだようね。
こちらでは神託かな?」
ラシアは驚き、
「これが神託なのか?ただ、意味不明な言葉の羅列ではないのか?目障りだ。」
エリシアは解除方法を教えた。
自動的に入ってくるので、「通知オフ」といえば消えるし、また聞きたい場合、「通知オン」と言えばいいとなぜか詳しかった。
ラシアはますます怪訝な顔で
「ゴーラン・ベルシオは今度の評定会で
代理預言者になると部下から連絡があったが、そちらはどうなる?」
彼の国は男社会であるため、女性には継承権がないのだ。
エリシアはうっすら笑いながら
「かれは聞こえないのよね? 神の声が。」
教団の最上機密をことごとく知っている。
彼女は何者なのか、悪魔と手を組んだと錯覚され戦慄した。
彼女は
「そうねー、それじゃあ彼の信仰を試してみましょう。」
本当に悪魔の類ではないのかと疑うラシアであった。
「神殿都市アルマ=セリス」にて
夜も遅く、とある部屋にろうそくの灯がついていた。
ゴーラン・ベルシオはエルダークレスト神聖国の保守派の高位神官として長年仕えてきた。
そして、預言者カルミーヌの死後、彼は新たな預言者として最高責任者の座につくことができた。
この瞬間を待ち望んでいた彼は、権力を手中に収める喜びを噛みしめながら、改革派を一掃する計画を考えていた。
その夜、ゴーランは高価な酒を独りで飲みながら、粛清の計画を練っていた。
だが、その背後に突如、ピンク色の長い髪をした美しい女性が現れた。
彼女はまるで神話に登場する女神のように神々しかったが、同時に不気味さを漂わせていた。
ゴーランはその光景に恐怖で凍りついた。
彼女は冷たく、無慈悲な声で言った。
「ん~、今回はあなたが全部得しちゃったから面白くないわ。
そうね、そこから飛び降りなさい。
生きていれば面白いかも。
さぁ、あなたの神はどうするでしょう?」
彼女の命令は一見すると冗談のように聞こえたが、その冷酷さと威圧感に逆らうことはできなかった。
震える声でゴーランは問いかけた。
「あなたが私の神なのですか?」
すると彼女は薄っすらと笑みを浮かべながら言った。
「おのが神に問い合わせよ。」
その言葉を残し、彼女は姿を消した。ゴーランは恐怖に囚われ、そのまま何も考えられず、その場で震え上がっていた。
ふらふらとバルコニーに足が進み、手すりを乗り越え、下を覗くと夜も深くなり、真っ黒で何も見えなかった。
彼は祈った。
「おぉ、我が神よ、迷える子羊に救いの手を」
翌朝、ゴーラン・ベルシオは高さ40メートルのバルコニーから飛び降りて亡くなっていた。
人々は彼が酔った勢いでの事故だと噂したが、彼の顔には絶望と恐怖が色濃く残っていた。
その真相を知る者は誰もいなかった。




