第32話 エルダークレスト神聖国編10
神聖裁判でセレナは神に誓い、虚偽偽りを申さないことを誓うか?と聞かれ誓いますと言った。
そうして神聖裁判は始まり、セレナの寄付金の横領、台帳改ざん、巡礼者に対する詐欺行為など、ありもしない罪状を読み上げ、この罪を認めるか?と震える声で認めますと言った。
エミリアはなぜ本当のことを言わないのか納得できなかった。
あなたがそんな事することがないのに全て彼女のせいにされる。
心が千切れそうに痛い。
そうして神聖法に則り、火刑とする。
神聖裁判の場は静まり返り、セレナの声が響いた後もその重苦しい雰囲気は変わらなかった。
審判の宣告が下された瞬間、場の空気は凍りついた。
セレナが犯したとされる罪は、火刑という苛烈な罰を与えられるに値するという結論に達したのだ。
エミリアは胸を締め付けられるような感覚を覚え、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。
彼女はセレナを見つめ、その顔に浮かぶ悲しみと諦めを感じ取ることができた。
エミリアにはわかっていた。
セレナは、自分を守るために真実を告げずにいるのだ。
「セレナ、どうして……?」エミリアの心の中で叫ぶが、声にはならない。
彼女はすぐに神聖騎士たちに取り囲まれた。
何も言わないまま、裁判長が火刑を実行する日取りを告げる。
その時、カレンが突然前に一歩踏み出した。彼女の眼には冷静な怒りが宿り、布の下から発狂の魔眼をちらつかせた。
「このような偽りの裁きが神の意志であるならば、私はその神の意志を疑わざるを得ない。エミリア様、ここは私に任せて。」
エルンケ・ギもまた前に進み出て、
「待っちょけ。神聖裁判だろうが、ウチの使節団が黙っちょるとは限らんぞ。」と、彼の八角棍を地面に叩きつけた。その響きが裁判所の緊張感をさらに高めた。
シリウス・クレイヴも暗器を取り出し、交戦を辞さない覚悟であった。
ゴーラン・ベルシオは苛立ちを隠せずに、
「これは神聖法に基づく裁きです。セレスティア共和国の使節団とて、この裁判の結果を覆すことはできません。」と言い放つ。
しかし、エミリアはそれを無視し、セレナに向かい、心の底から叫んだ。
「セレナ、真実を語ってください!あなたは何も悪いことをしていない。私は知っています!」
しかし、セレナは静かに首を横に振り、涙を流しながら言った。
「エミリア様、私はもう覚悟を決めました。これ以上の犠牲は出したくありません。どうか、お許しください。」
その瞬間、神殿内の空気はピリピリとした緊張感に包まれた。カレン、エルンケ・ギ、シリウスの三者はそれぞれに異なる方法で介入を考えていた。だが、状況はますます混沌としていく。
ここで傍聴していた寮長がエミリア使節団達に
「お待ち下さい!
セレナはその身でありながら神に誓ったのです。
それらをなかったことにするのは信仰を裏切るというものなのです。」
エミリアは信じられない表情で厳しいながら優しくもあった寮長が
セレナがあんな目にあっているのに助けようとしないのか?
寮長はかつてセレナがやってきた5年前、戦災孤児としてやってきた。そしてここまで大きくなり娘のように大事にしてきた。
それらも何もかも神の教えがあったからです。
もし、エルダークレスト神聖国がなければ私達はそのまま死んでいたでしょう。
私達はこの信仰があるから生きて行けられる。
だからセレナは罪を清めるために罰せられるのだと
エミリアは寮長の言葉に愕然とした表情を浮かべ、信じられない気持ちを隠せなかった。これまで優しくて厳格だった寮長が、セレナの苦しみを目の当たりにしながらも、あくまで神聖な教義に従って彼女を救おうとしないのか。それがエミリアには理解できなかった。
「どうして…」エミリアは低い声で問いかける。「あなたはセレナを自分の娘のように大事にしてきたと言っていました。彼女が苦しんでいるのを見て、何も感じないのですか?」
寮長は静かに目を閉じ、一度深呼吸をしてから、ゆっくりと目を開けた。その眼差しには、揺るぎない決意と信仰への忠誠心が宿っていた。
「エミリア様、私はセレナを心から愛しています。彼女がこの場所にやってきた時から、私にとって彼女は娘も同然でした。しかし、それもすべて神の教えの下にあるのです。エルダークレスト神聖国とその信仰がなければ、私たちは戦火の中で死んでいたでしょう。この信仰があったからこそ、私たちは生き延びることができたのです。」
寮長は一歩前に進み、セレナを見つめながら続けた。「だからこそ、セレナが犯したとされる罪を清めるために、罰せられるのは正しいことなのです。彼女は神の前で誓いを立て、その結果として火あぶりの刑を受ける。それを取り消すことは、私たちの信仰そのものを裏切ることになるのです。」
エミリアの心は怒りと悲しみで揺れ動いた。彼女は拳を握りしめ、声を震わせながら反論した。「信仰とは、人々を救うためにあるのではありませんか? どうして、それがこんな形で人を苦しめる理由になるのですか?セレナは無実です!彼女を犠牲にしてまで守るべき信仰なんて、本当に正しいものなのでしょうか?」
寮長は厳しい目でエミリアを見返した。「エミリア様、私たちが生き延びてこられたのは、この信仰があったからこそです。信仰を曲げれば、私たちのすべてが崩れてしまう。セレナもそれを理解しているからこそ、罪を認めたのです。」
エミリアは絶望的な表情を浮かべたが、すぐに決意を取り戻し、強い声で言った。「私はセレナを救います。たとえ、それがあなたたちの信仰に反することになったとしても。真の正義とは、人を苦しめることではなく、人を救うことだと信じているからです。」
その言葉に神聖騎士たちはざわめき、緊張がさらに高まった。エミリアの心には揺るぎない決意があった。彼女はセレナを救うために、どんな手段を講じるべきかを考え始めていた。その一方で、寮長と信仰に忠実な者たちとの間で、激しい対立が避けられないことを悟っていた。
セレナがエミリアの前に向き、
跪き、神に祈りを捧げるようにして、かすれた声で
「エミリア様、 お気遣いありがとうございます。
あなた様とひとときの生活を共にしたことは生涯の誇りであります。
今一度、私は殉じる覚悟はできております。
そしてこの場にいるのは私の家族でもあるのです。
なのでどうかお引き取り下さい。
それが私の願いであります。」
エミリアは何も言えなくなった。
セレナの言葉に、エミリアは胸が締め付けられるような感覚に襲われた。セレナの姿は、痛ましくも毅然としていて、その目には覚悟と決意が宿っていた。
「エミリア様…」セレナはかすれた声で続けた。
彼女の言葉に、周囲の神聖騎士たちや神殿の人々もその場の空気が変わるのを感じ取った。エミリアはセレナの意思を尊重しようとする気持ちと、どうしても彼女を見捨てられない思いの間で揺れていた。
セレナは弱々しい笑みを浮かべた。
「ですから、どうかお引き取りくださいませ。
それが、私の最後の願いです。」
エミリアはその言葉を聞いて、どう返答すればいいのか分からなかった。彼女の目には涙が浮かび、心の中で叫びたくなるような衝動が渦巻いていたが、セレナの覚悟を目の当たりにして、言葉が喉に詰まったように出てこなかった。
やがて、エミリアは震える手で拳を握りしめ、深く息を吐いた。そして、セレナの意志を尊重しようと心を決め、無理に笑みを作って小さくうなずいた。
「…分かりました、セレナ。私はあなたの意思を尊重します。
しかし、あなたのことを忘れません。
あなたの勇気と優しさを、私の心に深く刻みます。」
エミリアはそう言うと、ゆっくりとその場を離れた。彼女の心の中には、セレナを失うことへの悲しみと、彼女の勇気に対する敬意が交錯していた。神殿の重い空気の中で、エミリアの足音だけが響き渡った。




