第24話 エルダークレスト神聖国編その3
エミリアにとって、その日の夕食は質素そのものだった。
畑で取れた豆を煮込んだシンプルなスープと、寄付されたものの少し傷んでしまった野菜を使ったごった煮が食卓に並んだ。
どちらも滋味深い味わいではあったが、素材の乏しさは隠しきれない。
セレスティア使節団に加わってからのエミリアの食事は、それなりに栄養バランスのとれたもので、質素とは程遠いものだった。
肉や魚、そして果物まで取り入れた食事が日常だったため、その豊かさを懐かしく思い出す。
「少しでも果物やお肉があれば…」と、
エミリアはふとため息をついた。
セレスティア使節団での食事は確かに豪勢とは言えないかもしれないが、それでも様々な食材が提供され、豊かな味わいを楽しめるものだった。
今、目の前にある淡白なスープやごった煮を見つめると、どうしてもあの食事の記憶がよみがえり、恋しさを感じずにはいられない。
それでも、エミリアはこの土地での生活を体験することで、人々の清貧な生活に対する理解を深めようとしていた。
ここでは、贅沢を享受することよりも、信仰を支えるための節制と自制が重要視されている。
そのことを理解しつつも、食べることの楽しみを覚えてしまった身としては、物足りなさを感じるのは仕方のないことだった。
「食べ物が限られている中で、どれだけ美味しくできるかを考えるのも、また一つの修行なのかもしれないな…」と、エミリアは思いながら、豆のスープを一口すする。目を閉じて、そのシンプルな味わいをじっくりと噛みしめた。
エミリアは、日々の生活に真摯に取り組んでいく。
毎朝、修道女たちとともに質素な食事をし、彼女たちの教えを受け入れるよう努めていた。
ある日、朝食の豆のスープをよく噛んで食べていると、隣の修道女が熱心に「噛むよりも飲んだほうが腹に溜まってくるよ」と力説してくる。
その意見に驚きつつも、エミリアはその場の習慣を尊重し、飲んでみてお腹にたまるかなと思っていたら、
あとから来たセレナにそんな食べ方はいけませんと怒られた。
日中は神殿の掃除に精を出し、巡礼者たちが訪れるときには、彼らの祈りの場を整えることに集中した。
そして、祈りに訪れる巡礼者の中には怪我や病気に苦しむ者も少なくない。
エミリアは、自らの癒しの権能を用いて彼らを癒し、彼らの苦しみを和らげることで、少しでも多くの人々の助けになろうとした。
そんなエミリアの姿を見て、セレナの心にはますます強い信仰の念が芽生えていた。
エミリアが自らの力を惜しみなく使い、巡礼者たちに救いの手を差し伸べる姿は、まるで聖典に書かれていた「救世主」のようだと感じられたからだ。
セレナはエミリアに対して、次第に畏敬と崇拝の念を抱くようになっていった。
彼女はエミリアの存在が、このエルダークレストにとって大きな意味を持つのではないかと考え始める。
エミリアが神殿の巡礼者たちに癒しを与える度に、寄付も増え、神殿にとっても大きな利益となっていた。
それだけでなく、エミリアが示す慈悲と力に、セレナは深く感動し、「彼女こそが予言された救世主ではないか」との思いが一層強まるのだった。
エミリアがセレナに見守られながら、厳しい生活の中で信仰の意義を感じ取ろうとする中、カレンの事前の説明が頭をよぎった。
カレンはこの地に来る前にこう説明していた。「このエルダークレストでの信仰や厳しい生活のルールは、ただの宗教的な掟や戒律ではなく、むしろこの厳しい山岳地帯で生き延びるための自制でもあるのです」と。
この地域は山岳地帯が多く、耕作地も限られている。人々がその少ない資源を最大限に活用しようとして、かつて畑を増やすために川を引いたり、水を溜めたりといった試みをしたことがあった。
しかし、それが裏目に出てしまった。
雨の日にその水が地盤を緩め、大規模な地すべりを引き起こし、多くの命が失われたのだ。
村は一夜にして壊滅し、残された人々は自然の厳しさを改めて思い知らされた。
その悲劇の記憶がこの地の人々に深く刻まれ、信仰と共に生活の規律として息づいている。
彼らの信仰は、単なる宗教的な教え以上の意味を持っている。
それは、この土地での生活を支えるための智慧であり、自然の脅威から自らを守るための指針でもある。
信仰に基づく厳しいしきたりは、決して人々を縛りつけるものではなく、むしろ彼らの命を守り、安定した生活を維持するためのものなのだ。
エミリアはその話を聞いて、信仰がただ神に祈るだけのものではなく、土地や人々の歴史に根ざした現実的な意味を持っていることを理解し始める。
この地で生きる人々は、過去の教訓から学び、無闇な開発を避け、限りある資源で共に暮らす術を身につけている。
彼らの信仰は、ある意味でこの地における「生きる智慧」そのものであり、自然と共に生きるための不可欠な要素として受け入れられている。
エミリアはそういう教えを知らなかった。
「信仰って、ただ神様に従うことじゃなくて…もっと現実的なものなんだね。」
エミリアは心の中で呟く。
彼女はこの土地での経験を通じて、信仰の本質とは何かを少しずつ理解し始めていた。
信仰は、精神的な拠り所であると同時に、現実を生き抜くための指針でもある。
それがこの地で生きる人々にとっての「信仰」の意味であり、厳しい環境の中で共に生き抜くための「支え」なのだと。
ある日、エルダークレストの静かな日常が突然の騒ぎに包まれた。
修道女たちの間で「大きな黒い蛇が現れた!」という恐怖の声が響き渡った。
蛇は神殿の近くに現れ、鋭い目つきで辺りを見渡しながら、にょろにょろと移動していた。その巨大な体と不気味な雰囲気に、修道女たちは恐怖に凍りつき、誰も近づくことができなかった。
騒ぎを聞いたエミリアは、すぐに神殿から飛び出して現場に向かった。彼女は何が起きているのか確認すると、震え上がる修道女たちの前に立ちはだかり、「私が対処する」と静かに宣言した。
エミリアは戦いに備えて、自分の持つ力を呼び起こし、蛇の動きを見極めた。
蛇は大きく口を開けて襲いかかろうとする瞬間、エミリアは俊敏な動きで身をかわし、間合いを詰めた。
エミリアは「星の輝き」の力を解放することを決意した。
彼女の手のひらから眩しい光が放たれ、その光はまるで夜空に瞬く星々の輝きのように煌めきながら蛇に向かって一直線に飛び出した。
蛇はその光に包まれると、瞬く間にその巨体をくねらせ、恐怖の叫びをあげた。
光の中で、蛇の体が次第に崩れていき、ついには塵と化して消え去った。
周囲は静まり返り、ただエミリアの立ち尽くす姿と、まだ光が残る彼女の手が輝いているだけだった。
彼女は息を整えながら、修道女たちの方に振り向き、「もう大丈夫です」と落ち着いた声で告げた。
この一件を目の当たりにしたセレナは、完全にエミリアに心を奪われてしまった。
彼女はエミリアが「聖典に描かれた救世主」そのものであると確信し、その存在に深い敬意と崇拝を捧げるようになった。
「あなたは本当に救い主なのですね…」と、涙ながらにエミリアに告げるセレナ。
その言葉にエミリアは困惑しながらも、ただ「私は私のやるべきことをしているだけ」と答える。
しかし、セレナの信仰心は揺るぎなく、彼女はますますエミリアを聖なる存在として仰ぐようになっていった。
この騒ぎを聞きつけ、二大派閥のトップが見に来る事になった。
セレナの友だちによると
ゴーラン・ベルシオ: 預言者カルミーヌの一人息子で、保守派のトップ。
彼は厳格な信仰と伝統的な教義を守るべきだと主張し、外部の影響や改革派の動きに強い反発を示している。
ラシア・イグレシア: 預言者カルミーヌの愛人の娘で、改革派のリーダーであり、ゴーランの異母妹。ラシアは現代の状況に適した新しい信仰の解釈を求め、改革を推進している。
この2人がエミリアに会いに来てくれた。
ゴーラン・ベルシオは神経質そうに
「この地での教団への奉仕活動は許可したが
くれぐれも節操ないことをしないように」と
どうやらあまり好かれてないようだ。
その後、ラシア・イグレシアが会いに来てくれて「あなたの活躍は聞いているよ。
ありがとうね。このままうちに入団してくれるとうれしいね。」と爽やかに褒めてくれた。
ついて行くならこの人かなと思った。




