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チーコがいなくなった日

作者:

だからバスで帰ろうって言ったじゃん。


喉まで出た文句を飲み込んで、繋いでいる手に力を込める。


「つかれた」


唇を尖らせながら私の後を着いてくるチーコの歩幅はどんどん狭くなり、横断歩道を渡っている最中地面にしゃがみ込んでしまった。


青信号が点滅し始めたため慌てて抱き上げ、今度は私にしがみついて離れようとしないチーコを体から引き剥がして歩道に下ろす。


「だっこ!」


両腕を広げてせがむチーコが憎らしい。


「あんなところで止まったら危ないでしょ!

抱っこなんかしないよ!

チーコが歩いて帰るって言ったんじゃん!」


チーコがいない一人の時は徒歩で帰っている私にとっては通い慣れた道だったけれど、チーコのペースに合わせてゆっくりと歩いていたから私も体力の限界だったし既に空は暗くなっていた。


ギャーギャー騒ぐチーコを尻目に、どうすれば良いかを考える。


もうしばらく歩けば自動販売機がある。


その横には大きな公園があって、中に入ったことはないけれどベンチに座って休めるだろう。


ポケットの中に手を入れて二人分のバス代を握り締める。


大丈夫、飲み物1本なら買える。


「チーコ、もうちょっと頑張ったらジュース買おう」


地面に座り込んでいるチーコが私の顔を見上げた。


「りんごジュースがいい」


「りんごジュース、あるかどうか見に行こう」


チーコの腕を引っ張って立たせる。


喉の乾きに気付かないふりをして、私はチーコと手を繋いだまま、チーコが好きな曲を歌いながら歩き出す。


チーコも私と一緒に歌いだして私は一先ずほっとした。


自動販売機が見えたのはフルで1曲歌いきった後だった。


先ほどまでの姿はどこへやら、チーコは自動販売機に向かって走り出した。


すぐさま追いかけた私にチーコは指差して伝える。


「りんごジュース、あった!」


それは背が低いペットボトルだった。


背が高いペットボトルは、お茶とお水とアクエリヤスだけ。


私はしゃがんでチーコに目線を合わせて説得を試みる。


「あのね、チーコ。

今持っているお金だと、ジュース1本しか買えないの。

りんごジュースは小さいから、二人で飲んだらちょっとずつしか飲めないでしょ?

だから、アクエリヤスにしよう」


「やだ。りんごジュースがいい」


「喉が渇いたから、私は沢山飲みたいな。

アクエリヤスならチーコも沢山飲めるよ」


「りんごジュースがいい」


いっその事売っていなければ諦めがついた可能性もなくはない(そりゃあもちろん可能性は限りなく低い)けれど、目の前にあるのにチーコが諦められる可能性はゼロだ。


「私と半分こするんだよ?

ちょっとしか飲めなくても、りんごジュースが良いの?」


チーコは大きく頷く。


私がお金を入れてボタンが点灯した瞬間、チーコはりんごジュースのボタンを押した。


蓋を開けて、真っ先に飲みたいのを我慢してチーコに渡す。


「零さないようにね」


受け取ったチーコはゴクゴクと美味しそうに飲み続け、大分減ったところで「私にも頂戴」と言った私に背を向けてまで飲み続けた。


最終的に「はい」と差し出されたペットボトルには、底の方に薄く最後の一口にもならない量が残っているだけだった。


私はそれで唇を湿らせると、ペットボトルをゴミ箱に捨てて自宅に向かって歩き出した。


「まって!」


叫ぶチーコの顔なんて見たくもなかった。


私は早足でどんどんチーコから離れたけれど、喚くチーコの声はずっと辺りに響いていた。


交差点を右に曲がってチーコの声が止んだところで公衆電話を見つけた。


いつも通っている道なのに、ここにあると今まで気づかなかった。


ジュースのお釣りで母の携帯に電話をした。

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