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空の座礁  作者: Riddle
第五章~空の座礁
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第46話~時間の記憶④

 渡航の日、私達を待ち構えていたのは先輩閻魔とその取り巻きだった。彼らは鵺が神の補佐官になる事実を認めなかった。あろうことか判断を下した閻魔王を愚弄し、実力行使に打って出た。


 同族という事実が判断を見誤らせた。私の時間遡行が発動するよりも先に、拘束され、鵺は……あろうことか鵺は現世へ通じる大穴に投げ捨てられた。


「ぬえぇええええええええ!!!!!」


 右手を必死に伸ばし、位置座標の時間遡行を発動した。しかし、大穴の表面を通過する瞬間に術が強制終了させられた。


「────!?」


「これで万事解決だ! 時希ィ! 閻魔界へ戻るぞ! お前の仕事はこれからだからな!!!」


 鵺の姿が消え、先輩閻魔達は喜びの声を上げた。


 なぜ、彼女がこんな不条理を味わわなければならないんだ?


 今、苦しむべきは彼女じゃないッ!?


 どうしてこうなった……私が付いていながら、どうして!!!?


「ふざけるな……ふざけるなぁ!!!!!」


 背後に文字盤が出現し、押さえつけていた取り巻きの一人を弾き飛ばした。そのまま立ち上がると、文字盤の長針を回転させた。


「と、時希!? 我々を裏切るのか!? お前に仕事を与えたのは俺だろう!?」


「もう、どうでもいい────」


 ────こいつらには、鵺と同等かそれ以上の苦痛を与えなければ私の気が済まなかった。


「裏切り者がぁ!!! お前は、革命を望んだ災厄の神と変わらないぞ!!!」


「革命でもなんでも起きてしまえ!!!」


 自身の移動速度を加速させると、襲い掛かる取り巻きを避けて背中を強打する。加速によって力が乗った拳が取り巻きの一人を地面に叩きつける。


「我々だけだと思うなよッ!? 閻魔界の多くの閻魔達が望んだ結果なんだぞ!!! あの五芒星だってだッ!!!」


「────そんな思考は消えるべきだ……消えないならば、私が全てを統治して消してやる」


 次々に閻魔達を地面に倒しつつ、首謀者の先輩閻魔の前に立った。


「俺達を閻魔王に突き出すのか!? きっと無罪だろうさ!!! お前の方が裁かれるんだ!!!」


「突き出すわけ、無いだろう!!!」 


 文字盤が発光し時間座標の遡行を執行した。


「時間座標を原点まで遡らせてやる……ゆっくりと個が分解される感覚を味わえ」


 この場から全員が消滅するのを眺めながら、脳裏に閻魔薙がチラついた。


「閻魔薙……お前なら、鵺を救えたんじゃないのか?」


 憧れていた五芒星の男に、やり場のない怒りの矛先が向いた。


「お前が付き添っていれば、こんな事にはならなかったッ!!!」


 閻魔の姿から球体へ変化した目の前の男を怒りのままに踏みつける。


 本当は言いがかりなのを理解していた。それでも、閻魔特有の中立性によって鵺の優先度を下げた男を憎まずにはいられない。


「私は許さないぞ……閻魔薙ィ!!!」


 怒りに染まった眼が閻魔界のある方向を睨み続ける。


 ☆☆☆


 一人になった大穴の近くで目が覚めた。次第に冷めていく意識が、自らの罪を認識させていく。復讐のために同族に手を下してしまった事実から逃れることは出来ない。


 思い出した。意識を失うまで、何度も何度も、鵺の消えた大穴に向けて時間遡行を遂行した。でも大穴は私を嘲笑うように術を無効化し続けた。それからずっと大穴を眺め続けていた。頭の中では後悔の念がずっと渦巻いている。


 大穴から球体が出現した。憔悴した私の顔を照らす球体は、地面に触れると生前の姿を再現する。その姿は幼い少女だった。こちらを不安そうに見つめている。


 この大穴は現世から人間の魂が昇ってくる場所だ。


 ならば、鵺も再び浮上してくるのではないか? いや、現世は対策無しでは生存できない環境のはずだ……もう、鵺は……


「────!!!」


 少女の表情が強張った。視線は、明らかに私の後方を捉えている。


 不意に背後から足音が聞こえた。振り返るとそこには、煌びやかな剣を持つ壮年の男が見えた。


「退けろ」


 赤い瞳が私を見下した。力強い眼力に意識が吸い寄せられそうになる。


「退けろと言っているッ!!!」


 男は私の道服の胸倉を掴み、少女の隣に投げ捨てた。こちらには興味がないのか、そのまま大穴へと向かっていき、迷うことなく飛び込んでいった。男の後を追うように一筋の光が大穴へと飛来し消えた。


「────間に合わなかった」


 再び後方から声がした。そこには、大勢の鬼達を従えた女性閻魔の姿があった。五芒星の一人、閻魔水月を名乗った彼女は私と少女の魂を保護する。


「何か……あったのですか、水月様?」


「閻魔界から災厄の神が逃げた……閻魔薙を殺して」


 水月は悔しそうに下唇を噛む。


「死んだ? 閻魔薙が、死んだ!?」


 拳を強く握りしめた。意識がハッキリとしてくる。私が手を下すまでもなく閻魔薙は死んだ。鵺を放置した罰が当たったんだと心が震える。


 その瞬間、私の身体に水の糸が絡みついた。閻魔水月はこちらを睨みつけている。


「それとは別に、貴方には聞きたいことがあるわ……閻魔王がお呼びよ、時希?」


 ☆☆☆


 ────(はりつけ)にされるのは生まれて初めてだ。 


 宮殿の閻魔王の部屋にて、柱に固定されたまま通された。中では頭を抱える閻魔王と、五芒星の琰器、暗鬼が待ち構えていた。


「閻魔王、捜索されていた閻魔時希を発見、捕獲しました」


「あぁ……そうか……」


 水月の報告に力なく答える閻魔王は、明らかに憔悴した様子だった。周囲の会話から災厄の神を逃がした責任と閻魔薙を守れなかった自責の念によって精神をすり減らされている状態なのを理解した。


「彼は行方不明の閻魔達と関係があると思われます」


 水月の鬼籍に表示されたのは、私が消し去った先輩閻魔達の似顔絵の数々。全員の顔が表示され、鬼籍が彼女の袖の中に消えたが、その中に鵺の似顔絵は出てこなかった。


「こんな状況ではありますが、早急に彼の裁判の手配を────」


「お待ちください!? 行方不明は彼らだけではないでしょう!? 鵺は……鵺の事は探されていないのですか、水月様!?」


 鵺という言葉に五芒星の三名が表情を険しくした。


「先日退職した鵺の事か? 既に鵺の管轄は神の国に引き継がれた。我々の管轄ではないぞ?」


 暗鬼が髭をいじりながら答える。

 

「管轄じゃない……? そんな理由で、彼女は捜索していないのですか!? つい先日まで一緒に働いていた仲間じゃないですかッ!?」


「黙れ時希、閻魔王の御前だ!」


 炎を纏った手が私の口を押さえつけた。魂が焼ける痛みが全身に広がり声を出すことが出来ない。


「────三人共、しばらく、ワシと時希を二人にさせてほしい」


 閻魔王が顔を上げた。疲れ切った瞳と目が合った。


「ですが……」


「琰器、お主は神の熱にあてられた閻魔達の鎮静を急げ……暗鬼は水月と共に外で待機だ」


 閻魔王の指令に、「かしこまりました」と答えた三人は、私を睨みつけながら部屋を後にした。


 ☆☆☆


 二人になると、私は起きた事実を閻魔王に伝えた。終始唸りながら頭を抑えた閻魔王は絞りだすように言った。


「……すまんな、時希」


「え、閻魔王が謝ることは何も……」


「いや、鵺の件だ……ワシは表向きには閑職に左遷する事とした。だが、神の国への推薦がどこからか漏れた様だ……そのせいで嫉妬した閻魔がお主達を襲撃したのだろう……」


 しばしの沈黙が続いた。


「────ワシもお主を救いたい……じゃが、同族に手を出した罪は償わねばならぬ」


 閻魔界に減刑制度は存在しない。いかなる理由があろうとも処罰からは逃れられない。


「現世へ落ちた鵺は秘密裏に探すと約束しよう……それまで、地獄の責め苦に耐えるのだ、良いな?」


 正直言えば、納得はしていなかった。規則だから仕方がないと自分を納得させていた。規則を変えるなんて革命でも起きなければ達成されない。


 閻魔王は返事を待っている。「承知しました」と、その一言が出せない。喉元まで昇ってはきているが、口をついて出るのを本能が拒んでいた。


 パンっと何かが弾ける音がした。


「────地獄に行かれるのは困りますねぇ、閻魔王?」


 桃色の髪の閻魔────閻魔暦が突如部屋の中に出現した。


「いえ、今は……”お父様”と呼ぶべきでしょうか?」


(れき)……どうして此処に? お主は留学中だろう?」


「────私の計画に、そこの彼が必要なのですよ……だから助けにきました」


 私を固定していた水の糸が切られ、地面にうつ伏せに落下する。顔面を打ち付け、手で顔を覆いながら何とか立ち上がると、閻魔王が神妙な面持ちで閻魔暦を睨みつけた。


「裁判以外で倶利伽羅を使用するのは規則違反だぞ?」


「もう規則など言っている場合ではないのです……神も言っていたでしょう? 閻魔の裁判は茶番だって」


 閻魔暦の右手には白銀の刃の太刀が握られていた。


「災厄の神────マガツヒノカミは、世界記憶について知っていた。だからこそ革命を起こした。あれは、あってしかるべき行動……むしろ、知りつつ沈黙を保っている天帝の方が異常」


 神の国への留学で全てを見てきたと語る閻魔暦に対し、「目的は何だ?」と臨戦態勢になった閻魔王が質問する。閻魔王は椅子から立ち上がり、その巨体でこちらを威嚇する。


「────輪廻転生の機構を破壊する」


 顔に冷や水をかけられたのかと思うほどに、全身から血の気が引いた。


「待ってくれ、約束が違うッ!? 他の方法を探すって言っていたじゃないですか!?」


「マガツヒノカミは地上に降り、世界記憶を改訂する方法を模索している……アイツに邪魔される前に、先に私が情報(コード)を書き換える必要がある」


 閻魔暦は、時間稼ぎに空間の神を地上へ派遣したと言った。一体、何の権限があって神を動かせるのか。


「なぜ貴様如きが神を動かせるッ!?」


「彼女はとても親切だった……だってそうでしょう? この世界の根幹ともいえる力を担当している神ですもの」


 閻魔王も同じ疑問を抱いた。そして閻魔王の手が閻魔暦に伸びた。同時に外で待機している五芒星を呼び戻すため大声を出す。


「貴様もマガツヒノカミの手先かッ!? 見抜けなかったワシの責任だ!」


「あんな奴と一緒にしないでいただきたい……」


 閻魔王の巨大な右腕が風切り音と共に閻魔暦に振り下ろされた。しかし、彼女は片手でいとも簡単に受け止めてしまった。


「なにっ!?」


「閻魔界の統治権はいただきます……今までありがとう、お父様(・・・)!」


 細い腕で掴まれた閻魔王の腕は、微塵にも動かない。焦りの表情を見せる閻魔王の身体が浮いた。そして、黒い穴が出現したかと思うと、その巨体を一飲みしこの世界から消して見せた。


 残ったのは、床に落ち転がる彼が被っていた王の冠だけだった。


 ☆☆☆


「────閻魔王ッ!!!」


 扉が開かれ、水月と暗鬼が入ってくる。空中に飛んだ水月は水の糸を、走る暗鬼は漆黒の煙を漂わせ、こちらに向かってきている。


「まったく面倒ねぇ……」


 地面に転がる王の冠を拾うと、彼女は私の頭にそれを被せた。道服にマントが出現し、閻魔界のあらゆる規則が魂へと書き込まれていく。


「時希、閻魔界は貴方が管理しなさい」


 肩に置かれた手を払い除けた。


「騙したなぁ!!!」


「騙してなんていないわ、私は今まで真実のみを語ってきた……これも、見定めた結果よ」


 他の方法を探すと言った事実を反故にされた。閻魔王も消し去り、この世界を滅ぼすと言った彼女に抑えきれない程の怒りの感情が湧いてくる。


「貴方達、大人しく捕まりなさいッ!!!」


 水の糸がすぐそこまで迫る。


「くっ!?」


 文字盤を出現させた。長針が高速回転し移動速度を上げる。間一髪のところで水の糸を避け、水月達に向かって叫んだ。


「誤解だッ!!? 閻魔王を消し去ったのは、この女だ!!!」


「では何故、王の冠を被っておるのだ? 閻魔界の統治権を王から奪ったのは貴様だろう!!!」


「違う……違うんだ……」


 この場の誰も、私の言葉に耳を貸してはくれない。閻魔王が消えたという事実だけがそこにあるだけだ。


 迫りくる黒煙を高速移動の余波が拡散する。視界が奪われ、全員の位置が分からなくなった所に水の糸の波状攻撃が迫った。


「他の方法を模索したいなら統治しながら探しなさい。私は神の国で、貴方は閻魔界でお互いの役割を果たすまでよ」


 暦の倶利伽羅が水の糸を弾き金属音が何度も木霊する。


「閻魔界を統治すると言ったのは嘘なの? 輪廻転生の機構がどうなるかは、全ては貴方の働き次第なのよ!!! ────鵺を救いたくはないのッ!?」


 ────鵺!? 鵺は生きているのか!?


「私は…………私はッ!!!」

 

 文字盤が巨大化した。今まで時計回りに加速し続けていた秒針が停止し、逆方向に向けて加速した。文字盤から放たれる青白い波動が部屋全体を覆った。


 五芒星の場所が見えないなら、対象を全て選択すれば良いだけ。


「────不全なる逆針の法則インパーフェクト・リダクション!!!!!」


 魂の時間遡行を閻魔界全域に存在する全ての魂に施行するッ!


 文字盤の発光が閻魔界とその近郊を覆った。幸いにも閻魔界を囲う帳の影響で神の国まで範囲が広がることはなかった。


 こうして範囲内の魂達の記憶は、災厄の神の裁判直前まで戻される事になる。


 ☆☆☆


「はぁ……はぁ……もう後戻りはできない」


 同族を消し去り、暦に手を貸し、閻魔界の統治権を奪い、大規模な時間遡行を施行してしまった。目の前で床に伏す二人の五芒星から腕を組んで俯く暦に視線を移す。


「鵺を救う方法を話せ……」


「ふふっ、やっと一人前らしい表情になったわね」


 鵺は消えていない。彼女は再び閻魔界を目指して浮上してくる────暦はそう言った。


「それがいつになるかまでは分からない……でも彼女なら消滅せずにここ(閻魔界)を目指す」


「嘘だった場合、私は容赦しない」


 右掌上に小さな文字盤を出現させた。暦は私の行動を見て再び笑みを浮かべた。


「えぇ、それで構わないわ……また会いましょう、同士よ」


 両手を打ち鳴らした彼女の姿は閻魔王の部屋から即座に消えた。


「待つさ、いつまでも……」


 閻魔王の掛けていた椅子に座ると、パチンッと指を鳴らした。

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