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空の座礁  作者: Riddle
第五章~空の座礁
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第45話~時間の記憶③

 閻魔界へ戻って数か月後、未だ帯刀は許されていなかったものの、先輩閻魔の補佐として裁判を見学できるようになった。先輩閻魔は厳しいものの、少しずつではあるが私の仕事ぶりを評価してくれた。噂では、五芒星と関連のある職務に推薦してくれると外部で話していたそうだ。


 私は、少しずつではあるが憧れのあの人に近づいていると確信していた。


 気が付くと、大河の辺まで歩いて来ていた。裁判後は、この大河を眺めるのが日課となっていた。向こう岸では、死神達が人間達の魂を導いているのが見える。


 奪衣の老婆と話している少女は誰だろうか。そういえば、人間の魂でありながら閻魔王に名を授かった少女がいると聞いた。あの老婆をよく訪れていると聞く。まさか、あの少女が鵺なのか?


「天帝様が謁見したいと申し出た少女……」


 彼女の仕事の真面目さに、誰もが一目置いていたと、帰郷してから多くの人達から聞いていた。それは、人間の魂達だけではなく閻魔王も同じだった。


 この世界の全てに見下されてもなお折れなかった彼女の意思に、私は心酔していた。彼女の境遇に、自分自身を重ねていたからだ。一度会ってみたいと、この目で見てみたいと思っていたが、まさか叶うとは思っていなかった。


 少女は楽しそうに老婆と話していた。時折、口元を押さえて笑う様に、私の心が踊った。彼女は本当に強い。きっと、これからも誰かの支えとなるのだろう。


「────この世界から規範が失われれば、世界は自壊する」


 鵺の幸せそうな姿を遠巻きに見ていたはずが、気が付けば閻魔暦と同じ言葉を口にしていた。


 もし、本当に世界が自壊するのならば、あの子も消えてしまうのではないか?


 空の座礁……その現象が本当に起こるのかどうか、確認するべきなんじゃないのか?


 閻魔暦は、私だけに秘密を話した……なら、彼女と同じく対策を模索するのは私の役割……


 スッと立ち上がると、遠くではしゃぐ鵺に別れを告げる様に一瞥を向け、家路についた。


 ☆☆☆


 魂の記憶を遡る────言うが易し、行うが難しだ。自室で蠟燭の炎を眺めながら私は時間の法則を書き記した自作の書物を投げ捨てた。


「時間座標が零になるまで移動させれば良いのは分かっている……問題は、誰で実験するかだ」


 自身の好奇心に、他者を巻き込みたくはないのだが、この実験を行うには対象となる魂が必須だ。


「いや……もう、これしか方法はない……私自身で実験しよう」


 書物を拾いなおすと、時間座標の移動経路を作成した。今いる座標から原点まで遡り、その後に元の座標まで戻すのだ。その過程を鬼籍の自動書記と、浄瑠璃鏡の読み取り能力を組み合わせて自動記録する。そうすれば、意識を取り戻した後で実験結果を確認可能だ。


 問題は、この実験が後遺症を生まないかだが……


 ────しばらくは仕事はない。やるなら今しかない。


 袖から出した鬼籍が宙に浮いた。開いた鬼籍上に鏡を置くと、座禅を組み自分の魂へ時間遡行をしかけた。神々しい輝きが自室を照らし、そのまま意識は深くまで沈んでいく。


 ☆☆☆


 最初に見たのは、閻魔界で仕事をする自分。先輩閻魔の言いつけ通りに扉を開けて罪人を招き入れる自分。これは、つい先日の記憶だ。


 時間座標の移動速度を上げると、今度は神の世界を訪れた記憶。そして、落ちこぼれだと嘲笑されていた記憶が次々に映し出される。


 そうして時希の記憶は、自身が誕生した瞬間まで遡った。無から生まれた時希を見た閻魔王が事務的に戸籍を登録している。


 次の瞬間、時希の姿が消えた。


 時希だった魂は、球体へと変化していた。青白く輝く握り拳大の光球。周囲に電撃を思わせる高音を発し、この世界の言葉ではない文字が紐のように十字に周回している謎の球体は、引き寄せられるように閻魔界からどこかへ飛んでいく。


 その移動速度は凄まじく、あっという間に閻魔界は見えなくなり、神の国すらも通り越し、沈まぬ太陽に向けて一直線に進んでいく。次第に大きくなる太陽に、身構えるものの、既に構える腕も何も無く、ただただ受け入れるままに沈まぬ太陽と衝突した。


 ────なんだ、これは……!?


 思わず声を上げた。だが口も無いため声は外部に漏れない。


 時希が見た……いや、感じたのは数え切れない程の情報(コード)の群れ。沈まぬ太陽の内部には、読めない文字の紐が縦横無尽に展開され、独立しているのか、統合されているのか分からないそれらが絶え間なく動き続けていた。


 情報(コード)に触れた。その瞬間、時希は今まで握った事もなかった倶利伽羅の性質について一瞬で理解した。どういった原理で命を奪う剣が罪を洗い流す剣へ変化するのか、その行程を理解してしまった。


 ────世界記憶……


 あの女性の言葉を理解した。まさしく、沈まぬ太陽こそ情報(コード)の源泉。この世界の規範たる世界記憶なのだと、嫌でも理解させられる。


 後方から何かが飛んできた。それは、まるで光の波。様々な角度で光を反射した白い波が外部から世界記憶へ注がれている。波に触れると、誰かの記憶と現世での悪行が見えた。


 ────この波は、まさか、閻魔が祓った魂の情報(コード)


 次第に時希と周囲の情報(コード)との境界が曖昧になっていく。どこまでが自分で、どこからが自分じゃないのかが次第に分からなくなっていく。それでも時間遡行は止まらない。つまり、まだ原点に到達していないということ。


 次第に自分が分解されていくのに気が付いた。スルスルと糸を引き抜くようにして周囲の情報(コード)に溶けていく自分自身に恐怖を感じた。


 無意識に嫌だと思ってしまったのは、個を得てしまったばかりに、全に戻れないからなのか。


 自身が消える最中、周囲の情報(コード)の一部が球体に変化し、外部へ向けて飛んでいくのを目撃した。それは一つではなかった。前後左右上下で同様の事象が発生し、一斉に外へ飛び出していく。


 これこそ魂が誕生する瞬間だった。世界記憶内で情報(コード)が編まれる事で魂は生成され、無垢なる魂達は誕生を待つ肉体へ向けて、現世へ飛翔し続ける。


 ────情報(コード)が魂へ変化し、現世へ渡航する……しかし、魂達が世界記憶へ還る事は……ありえないッ!?


 輪廻転生の機構の影響で、現世の魂は再び現世へ向かう。世界記憶へ還るのは、その魂が現世で経験した記憶と犯した罪のみ。


 ────このままでは、本当に……空の座礁が起きてしまう


 焦った私は、飛び行く魂達に呼びかけた。


 行ってはダメだ、と。


 お前達が歩みを止めなければ、世界記憶は消滅してしまう、と。


 そんな言葉は届かない。ここで誕生する魂達に自我は存在しない。


 自我とは、魂が様々な経験を元に成長し獲得する物なのだから。


 意識が急激に薄れて視界が狭まっていく。個を維持する限界が来たのだと悟り、意識は周囲の情報(コード)へ文字通り溶けていった。


 ☆☆☆


「────────────ッ!?」


 視界には、自室の天井と照明代わりの蝋燭が見えた。


「────帰ってきた……のか?」


 両手を見ると、確かにそこには手の形をしたものが見える。握ったり離したり、自分の顔を触ったりする。


 所詮は記憶の時間遡行。閻魔時希が消えるわけがない。


 だが、世界記憶での経験と知識は消えていない事に気が付く。


「あれは私の魂の記憶のはずだ……世界記憶の中での出来事を、誕生と共に忘れていただけだとでも言うのか……?」


 未知の経験に、恐怖の感情が押し寄せてくる。震える身体を必死に抑えながら家を後にした。


 ”大きな存在は、時として恐怖の対象となる────お前のその感情は、大河への恐怖心だ”


 先生の言葉を思い出す。私は今、西で輝き続けている妖星に恐怖しているのだ。


 怖くて仕方がなかった。動いていなければ、あの情報の海に溶ける感覚が襲ってきそうで、自他の境界が破壊される感覚が不快で、今にも叫び出しそうなのだ。


 たった一度の経験が、他の閻魔達の差別的な態度を払拭させるほどの衝撃として私を襲ってきているのだ。時間が経つにつれて薄まるどころかより濃厚になる感情を一刻も早く沈めたかった。


 そうして辿り着いたのは、大河の辺だった。


 大河の辺で、その女性は待っていた。まるで、初めからここに来るのを知っていたかのように。


「────答えは決まったかしら?」


 道服から伸びる白い肌の手が顔を撫でる。


「私は怖いのです……」


 正直に気持ちを吐露する。その回答に驚いた様子の閻魔暦は、質問を続けた。


「それは、大いなる存在への恐怖? それとも、今後訪れるであろう破滅への恐怖?」


 ────正直、どちらもだ


「貴女の発言が正しかったと認めます……ですが、空の座礁を止めるなんて、輪廻転生の機構を破壊でもしない限り────」


 そうなのだ。


 空の座礁を止める方法はある。


 たった一度の、ほんの僅かな経験をした私でも気が付く至極当然の結論。


 魂が世界記憶へ還らないならば、還るようにすれば良い。


 そのために、邪魔をしている輪廻転生の機構を破壊する。


 だが、これは我々閻魔や神の存在意義を奪う行為だ。


「すみません────!?」


 自分が失言したと感じ、謝罪を行うが、むしろ彼女は喜んでいる素振りを見せた。その顔は、まるで私がこの回答をするのを待っていたかのようにこちらに笑顔を向けていた。


「そう、最も確実な方法はそれ……」


 初めて会った時、閻魔暦は言っていた。


 ”私は今、解決方法を模索し、そして見定めている”……と。


「見定めるって……一体何を……」


「もちろん、閻魔と神々の価値を」


 背筋を悪寒が駆け抜けた。目の前の閻魔は、この世界の生命と世界の崩壊を天秤に掛けているのだ。


 足が震え、力が抜け、意思に反してその場に座り込んでしまった私を見ながら、閻魔暦は言葉を続ける。


「それでも、他に方法があればそっちを試すわ……安心しなさい」


「ハァ……ハァ……他の方法?」


「貴方も経験したでしょう? 世界記憶の中にある膨大な情報(コード)を」


 閻魔暦は西の妖星を指差す。妖しく輝く太陽に、震えながら視線を移す。沈まぬ太陽は、今にも我々を飲み込まんとしているようで、見ているだけで畏怖の念が沸々と浮かんできていた。


「可能性は低いけど、あの中に解決の糸口があるかもしれない……だから酷だけど記憶を時間遡行させて情報を集めてほしい」


 気が遠くなった。再び世界記憶に溶けて情報収集を行わなければならない事実に足の力が抜けていくのを感じた。


「本当に、手がかりがあるんですか……?」


「確証はないわ。でも、情報の一部だったなら世界の根幹を司る情報に触れている可能性はある……それともう一つ、完全なる時間停止の世界を目指してほしいの」


「完全なる時間停止の世界?」


 静かに頷いた閻魔暦は「それがなければ実行できない」と答えた。


「何の準備も無しに世界記憶に飛び込めば、自他境界は破壊され、元の情報(コード)へ還元されてしまう……その法則を突破するためには止まった時間の中で活動する力が必要なの」


 解決策を見つけたとしても、それを実行できなければ意味がない。静止した時間の中で魂の分解を無効化し、世界記憶に干渉することで初めて実行可能状態になるという。


「お願いできるかしら? 私は、時間の神のお眼鏡にかなわなかった……だから貴方に頼るしか、それしか方法はないの」


 深々と頭を下げる閻魔暦に、私は了承してしまった。自分を必要としてくれた恩に報いたかった。それほどまでに、他者への承認欲求が強かった。


 ────それが嘘だと気が付くのは、それからだいぶ後だった。


 ☆☆☆


 閻魔暦との約束から数ヶ月が過ぎた。完全なる時間停止の世界を体現するために、自らの魂を何度も時間遡行させて世界記憶の一部だった頃の記憶を引き出し続けていた。


 あの情報の海の中に先生すら不可能と諦めた、完全なる時間停止の世界の法則が隠されているかもしれない。それに、もしかしたら、空の座礁を止める手立てが直接見つかるかもしれない。最初こそ抵抗はあったのだが、繰り返す内に恐怖心は薄れ、今となっては冷静に情報の取捨選択が可能な状態になっていた。


 続ける事が出来た理由の中で、鵺と邂逅したのは大きかった。沈まぬ太陽を眺める彼女と会話を交わした日の事は記憶の中に色濃く刻まれた。彼女は和睦の窃盗容疑をかけられていた。尋問され続ける毎日に辟易していた彼女は、次第に周囲に不信感を抱き、疑心暗鬼に陥る寸前だった。


 だが、それから顔を合わせる日が日に日に増え、私を信用してくれたのか悩みを吐き出してくれるようになっていった。鵺は唯一支えとしていた閻魔薙様が戻ってこない事に焦りを見せていた。


 そんな彼女を見続けた私は鵺と共に仕事をする事に決めた。彼女は神の補佐官となる存在だ。彼女が安心して職務を全う出来るように後継者となろうと決めた。


 その決断こそ、空の座礁を止めるための動力源になっていた。


「────時希様? 探し物は見つかりましたか?」


 宮殿の資料室で鵺が資料を片付けながら声をかけてきた。彼女に空の座礁は話していない。それでも抱えきれない重圧を少しでも吐き出すために「探し物をしている」と悩みを打ち明けていた。


「いいえ、まだです……それでもあきらめませんよ」


「我慢強いのですね、時希様……あっ、その資料はこっちの棚ですよ」


 本棚を指差した彼女に従い、抱える書物を本棚に戻していると連絡係の鬼が扉を叩いて入ってきた。


「ご報告です。鵺様に正式に辞令が出ました。つきましては、期日までに渡航の準備をお願い致します。また、閻魔薙様より伝言を預かっております。”裁判の準備により立ち会えず申し訳ない”……とのことです。」


 ────ついに来てしまった。


 鵺が閻魔界を去り、神の補佐官となる日が決まった瞬間だった。


「……おめでとうございます、鵺」


「もう……」


 精一杯、感情を抑えて頭を下げた。それでも声が震えてしまったためか、鵺はクスッと笑った。


「当日は私めが付き添い致します」


「えぇ、ありがとうございます……」


 彼女の顔は曇っていた。本当は、閻魔薙様に付き添ってもらいたかったに違いない。しかしそれが叶わない事を誰よりも知っている。閻魔薙様が準備をする裁判は、和睦を盗んだ神の裁判だ。閻魔として優先すべきは罪人の断罪。故にこの様な判断をされたのだろう。


「私なら、裁判を放り出してでも付き添います」


「嘘でも嬉しいです……でも閻魔様に中立性があるのを知っています……だから、大丈夫ですよ」


 嘘ではない。心の奥底にある感情が声となって出現した結果だ。


「じゃあ、当日は宜しくお願い致します……」


 深々と鵺は頭を下げた。私もまた、深く頭を下げる。


 彼女を神の国まで安全に送り届ける……そう誓った。


 そう誓ったのに、私は約束を守れなかった。

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