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空の座礁  作者: Riddle
第五章~空の座礁
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第43話~時間の記憶①

 この世界に存在するには役割が必要だ。


 誰からも必要とされない者は、存在することすら許されないのだから。


 なら、閻魔でありながら帯刀を許されない私は一体何なのか。


 私の存在意義は何だ? 何のために私は閻魔として生まれた?


 なぜ世界は、私を生かし続けているのだ?


 私なんかより、あの人を生かしてくれ……


 じゃないと、あの人の努力が報われない……


 ☆☆☆


 かつて閻魔界から神の国へ渡航した者は四人いた。そのうちの一人が私────閻魔時希だ。自身の役割に加え、新たな付加価値を身に着けるため、神の国へ留学に出たのだ。


 閻魔界へ流れる大河をひたすらに上流へ昇り続けることで神の国の国境が見えてくる。その門の検問所へ、閻魔王に無理を言って書いてもらった紹介状を見せると、検問官は「どうぞ」と言い門を開いた。身の丈以上の門がゆっくりと両側へ開いていく。


 今の検問官はかつて死神だった者が勤めていた。魂の案内人として役割を全うした者へ新たに与えられた役割というわけだ。


 紹介状と共に閻魔王から渡された紙切れを見ると、各神の所在が記載されていた。どの神に教えを乞うかは私自身が交渉して決める。そういう取り決めだったためだ。


 ────実力が通用しないと悟ったらまっすぐ戻りなさい


 そう閻魔王は言って私を送り出した。その目は不安に染まっていたのを覚えている。閻魔として不完全な者を留学させるのは無理がある。閻魔王の経歴に傷をつけるかもしれない。それでも送り出したのは、挫折だろうと経験として理解させたかったからだろう。


 そうしなければ納得しないと思われるほど私は頑固だったということだ。閻魔薙が神から空間の概念を学び全能術を完成させた。その実力から五芒星に選定されたという事実は、当時の私には憧れとして映っていた。だからこそ、彼と同じ道を辿る決心をしたのだ。


 ☆☆☆


「ごめんください」


 目的の屋敷に辿り着き、入口の門を叩いた。門と繋がる高い壁が屋敷の中を完全に隠している。気配も感じられない。返事がないことに焦りを感じていると、


「また来たのか…………いや、新顔だな?」


 作務衣姿の老人が塀を乗り越えて空中から現れた。門は開かなかった。この老人こそ、空間の神と対をなす時間の神その人だった。


「時間の神……私は、閻魔王の紹介で参りました、閻魔の────」


 名乗る直前に、時の神の右手が私の頭を鷲掴みにした。そして大笑いをするとワシャワシャと私の頭をかき乱した。


「え、閻魔時希ッ! なんて安易な、な、名前なんだッ! だからここに来たのか! アハハハハッ!」


 笑いすぎてツボに入ったのか、まともに言葉を発せていなかった。


 時希という名前は、閻魔王が出発前に名付けてくださった私の名前だ。それを安易と貶された事に腹が立つものの、ここで感情的になってはいけないと自制する。


「それに、留学理由が適当すぎる! ほ、他の閻魔は五芒星への昇格試験やらで来るのに! ふ、付加価値が欲しいって何だッ! アハハハハッ!」


 時間の神は、触れるだけで対象の経験を読み取れるようだった。ここまでコケにされると今すぐにでも消えてしまいたいくらい気持ちが沈んでくる。


「あー笑った! まぁ、話くらいは聞いてやるか、笑わせてもらったし」


 これ以上、何を聞くというのか。こちらが話すより先に全てを読まれてしまった。もう何も言うことはないのだ。それなのに、この老人は私の腕を引いて屋敷の門を開け、中へと入っていく。


 ☆☆☆


「────でな、閻魔王は昔から感性が独特でな、全能術って名前もヤツが考えたんだぞ? 何だよ全能術って、安易すぎるだろ」


 なぜか縁側で梅の木を眺めながら茶を飲む事になり、時間の神の愚痴なのか何なのか良く分からない話を延々と聞かされる事になっていた。


「あの、私は技術を学びに────」


「あー分かっとる分かっとる……後で試験してやる」


「試験?」


 私の質問に、急須から茶を淹れる時間の神の表情が真顔になった。


「時間の概念を学びに来たつもりだろうが、お前が到達出来るか怪しい……いや、ワシでは教えることすら出来ないかもしれん」


「御冗談を、時間の神である貴方様が教えられないって、そんなこと」


「身をもって理解しなければ使いこなすことなんぞ不可能って意味だ、馬鹿だなお前は」


 ────時間の神は口が悪い


「閻魔として不完全なもので、申し訳ありません」


「一つ言っておく、不完全が間違いとは限らない。だからここにいる間は弱音を吐くな」


 グビグビと茶を飲みながら時間の神はそう言った。先ほどまでとは違い、少し苛立っているような、そんな声だった。今までそんな風に言ってくれた者は誰一人いなかった。閻魔王ですら否定はしなかったものの肯定もしなかった事だ。


「さぁ、行くぞ」


 そう言って私の道服の襟を掴んだかと思うと空中を闊歩(かっぽ)していた。時間の神は、徒歩の何倍もの速度で神の国の門を抜け、そのまま大河の真上で停止した。


 上空から流れる大河はまるで、荒れ狂う龍のようだった。風に揺れる水面が鱗に、うねる水流は龍の身に見えてならない。この大河をずっと下れば閻魔界に到着するのだと思うと、心の中で何かが騒めいた。


「大きな存在は、時として恐怖の対象となる────お前のその感情は、大河への恐怖心だ」


「恐怖ですって? 閻魔が個人的な感情を持つのは中立性に反します! 一体何が目的なのですか!?」


 時間の神は私の不完全さを指摘しているのだろうか。もしそうなら嫌味な神だ。


「これから試験を行う、といっても簡単なものだ。ワシの問いに答えれば良い、ただそれだけだ」


 言葉を聞き終えると、視界に大河がどんどん近づいていった。神は私の襟を放したのだ。空中を自由落下し、抵抗も虚しくこの身は龍の腹の中へおさまったのだった。


 激流が身体の自由を奪う。水面へ浮上しようともがけばもがくほど中へ引きずり込まれそうだ。かといって脱力すればさらに自由を奪われる。


 神の声が頭に響いた。


「────時間とは何か? 答えてみろ」


 この危機的状況で時間の概念なんかを考える余裕はないが、私は答えを知っている。皮肉にも私を虐げた閻魔が言っていた。時の神こそが時間そのものであると。これは神の威厳を見せつけるだけの試験だ。ならば高らかに宣言すれば良いだけ。


 必死に水面へ浮上し、仰向けの姿勢を取ると、空中でこちらを眺める神に向かって大声を出した。


「貴方こそが、時間そのものッ! つまり時間とは貴方の事だ、時の神!!!」


 その瞬間、私の身体が急激に水の中に吸い込まれ、再び激流の中に捕らわれた。自然な動きじゃない。まるで今までの行動が遡行したような、そんな感覚だ。


「────不正解だ、それは”お前”の答えではない、ただの通説だ」


 再び頭に声が響いた。


 ────間違い!? 閻魔の間では常識とも言える答えが、間違いだって!? いや、神は言っていた。お前の答えじゃない、と。


 この問答は、私が答えを出す事を目的としているのか!? 自我を持てと言っているのか!? 閻魔の中立性に反する事だぞ!?


「────第二問、時間の停止した世界を生み出すにはどうすれば良い? 答えるのか、それともこのまま閻魔界へ流れつくのか、決めるのはお前だ」


 神が質問を追加した。


 ☆☆☆


 時間とは何だ? 我々が……いや、人間の魂達が時間と呼ぶそれは、一体何だ?


 時間とは、流れる大河の如く延々と過去から続いてきた、瞬間の集合体なのではないか?


 観測する者が居て初めて存在する時間という存在は、まさに私がいま実感しているこの事象そのものじゃないのか?


 神は、それを伝えるために、わざわざ大河へ突き落とした?


 なら、時間の停止した世界があるとすれば、それは観測者が不在の状況……虚無こそ時間停止の世界という事になるのか?


 過去から未来へと一方向へ流れ続ける時間を今の大河に例えるならば、この流れに逆らう事が……流れに逆らい、同じ座標に留まり続ける事こそが時間停止の世界なのか?


 多くの疑問が私の中に浮かんでは消えていく。そのどれが正解なのかなど判別が付かない。ただ、選ばなくてはならない。無数の仮説の中で、最も自身が惹かれる思考を。


 私は、再び水面へ浮上した。そして、全身全霊をかけて大河の流れに逆らうように泳ぎ始めた。自身の位置を一定に保つ事こそが答えだと、空中にいる神へ伝えるために、全ての力を出し切った。


 ☆☆☆


 ────気が付けば大河の(ほとり)に仰向けで横たわっていた。力をふり絞りすぎたのか、一時的に意識を失っていたようだった。少しずつ視力と聴力が戻ってくる。隣で腹を抱えて笑う神が視界に入った。


「────私の答えは、合っていましたか?」


「あーっはっはっは!!! あんな問いに正解なんてあるか! ワシはお前が何を選ぶかを見ていた、お前自身の意思で選んだ答えなら、どんなに的外れでもそれで満足だ!」


 そう笑いながら神は答えた。神としては、力を使い果たすほど力む試験ではなかったという私と神の間の認識の違いがツボだったようだ。


「そ、そんな、じゃあ最初の答えで良かったじゃないですか……」


「中立性のある閻魔では自分の答えを持つことはできない、だから無効としたまでだ! お前は閻魔としては不完全と自負したが、自我を持つ事が出来る証明でもある! それは閻魔王や神の後継者として資質があるということだ」


 ようやく笑うのを止めて真面目に答え始める。こちらを笑う時はただの意地悪な爺さんにしか見えないが、真面目な時は神としての威厳を感じてしまう。


「それに、ワシは個人的にお前を気に入った。さっきのお前の解は、時間停止の世界へ介入する手段だ……最も、それがどれほど難しいかを身をもって味わっただろうがな」


 そうだ、あの激流に逆らって泳ぐことなんて、生身では無理だ。大河を時間に置き換えれば、時間停止や時間遡行にどれだけの熱力学(エネルギー)が必要なのか想像も付かない。


「しかし神よ、先ほど貴方様は私を時間遡行した様に思いますが」


「よく気が付いたな、あれはちょっとした技術だ」


 こちらを指差し、良い質問だと言わんばかりに目をカッと見開いた神はそう言いながら今度は大河へ一枚の紙切れを流した。紙切れはどんどん下流へ向かっていく。


「では時希よ、あの紙切れから見て今のお前の座標はどう変化している?」


 私は少し考え、「────進行方向とは逆へ移動している?」と返事をした。大河の辺に横たわる私自身の位置座標は変化していない。しかし下流へ移動し続けている紙切れから見れば、どんどん後ろに離れている。


「つまり、いまお前が大河へ戻れば、紙切れから見て過去に行ったと見えないか?」


「時間座標を別空間へ移動すれば、疑似的な時間遡行が可能だということですか?」


「その通りだ……ただし、空間座標が異なるから時間停止の世界へ介入は出来ないがな」


 大河を空間その一とし、辺を空間その二とした時、二つの空間で移動速度が異なるため起こる現象とでも言えばいいのか……まるで現世と閻魔界の様だ。それなら、閻魔界の噂────現世との大穴の中は様々な時間に繋がっているというのは本当なのだろう。


「よし、屋敷へ戻るぞ? これからみっちり教えてやらんとな、時間と空間の関係性を」


 パチンッと指を鳴らす音と共に、視界が暗転した。こうして私は時間の神の門下となり、この世界の真理へと歩みを進めていくことになったのだ。

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