ズゥズゥと嘆くモノ
かろうじて、怪しい談ではあるはず。
「新しい怪談を仕入れたんだ」
休憩所のベンチでペットボトルを傾けながら、友人が言った。
彼はこの大学でも有名なオカルト好きで、そっち系に傾倒していると言っても良い。類友なのか心霊系のライターや怪談蒐集家とも交流が深く、ちょくちょくそちらのネットワークから話を集めてくる。
「聞きたいだろ?」
「聞かせたいんだろ? 話してくれよ」
「霊に取り憑かれた男の話さ」
「……まあ、大抵はそういう話だよな」
掴みとして弱いだろう。
「若い男性、仮に山田さんとしよう。彼はあるときから、何かの拍子に耳元でささやき声が聴こえるようになったんだ」
「ささやき声?」
「女の声、に聞こえたらしい。でも周りにそれらしい女性はいない。気のせい、聞き違い、空耳、そういうものだと思っていたんだが、ある夜、ついにその声の主が現れた」
「幽霊が枕元にでも立ったかい」
「そんなもんだ。誰かに呼ばれたような気がして夜中に目覚めると、ベッドの横に誰かが立っている。目をこらすとそれは黒い長髪に白い服を着た、うつむき加減の若い女のようだった」
「Jホラーで死ぬほど見た外見だな。幽霊の界隈では流行りのファッションなのかね、それ」
「映像作品以前の昔から、幽霊とはそういう格好で現れるって解釈があるんだろ」
幽霊といえば白い着物に伸ばされた黒い髪と相場は決まっている。
有名な幽霊画は絵描きが病身の妻をモチーフに描いたんだ、というような話をこの男がしていたか。
「で彼は驚いたが声が出ない。金縛りみたいなものだろうな。そんな中でその幽霊、女は何かを話しかけてくるんだが、これが何を喋っているのかよく聞き取れない。混乱しながら山田さんはそのまま意識を失い、気づくと朝になっていた」
「……終わりか?」
「ここからだよ。山田さんは初めは夢だと思ったらしい。だが昼間の仕事中にも定期的にささやき声は続くし、その日から眠ると、夢とも現実ともつかない意識の中にその幽霊が現れるようになったんだ」
「そりゃ憑いてるんだろうなあ。心霊スポットからでもついてきたか?」
「いや、その手の心当たりはなかったそうだ。で、そいつは現れるたびに何かを話しかけてくるんだが、いつも何を言っているのかまるで聞き取れない。こちらが何とか声を出せるようになって、何の用だと聞いても返事がまた聞き取れない。意思の疎通ができないし、気のせいか徐々に声が荒々しくなってきたようにも聞こえる。いよいよ恐ろしくてたまらなくなった彼は、ある霊能力者に連絡して、事情を説明したんだそうだ」
「それで霊視でもしてもらったかい」
「ああ、だが分からないんだそうだ」
「なにが?」
「霊能力者は霊と交信を試みたんだが、こちらの言葉に相手は反応するが、相手が話してくる言葉がまったく理解できないんだそうだ。何をしようとしているのか、何を訴えているのかも不明だから、こりゃ手の打ちようがない。そこで霊能力者は彼に状況を説明した。あなたに憑いている霊はもしかしたら外国の方なのかもしれない、霊と言えど言葉が違ってはコミュニケーションが取れず、成仏させたり祓うことができない可能性がある」
「幽霊にも言葉の壁があるのか」
「そういうこともたまにはあるようだ。山田さんもそれを聞いて気付いた、聞き取れないのは耳に届いていないからじゃなく、聞き覚えのない言語の羅列だったからだって」
「グローバルが当たり前の時代だからな。そりゃ日本にも外国人の霊はいるよな」
「なら言葉が分かる人を探せばいいと、彼はその霊能力者のツテを頼って、日本在住のさまざまな国の霊能力者に片っ端から見てもらったんだそうだ」
「それで、幽霊はどこの国の人だったんだ?」
「それが誰も分からなかったんだ。みんな聞いたことのない意味不明な言葉に困惑したらしい。彼は専門家にさじを投げられて頭を抱えた。昼夜問わずそんな目に遭っているから、ノイローゼ気味で日常生活にも支障がでてきた」
「寝ても覚めても、訳の分からない言葉で話しかけられちゃなあ」
「困りながらも彼は、何度も聞いているうちに、意味は分からないながらも、音として覚えられるようになっていることに気がついた。そこで彼はささやきや夜中に一通り喋って霊が消えると、耳に残った言葉をできる限り書き出したんだそうだ」
「ほう。必死で呪いや祟りに対抗しようとするホラー物っぽくなってきたじゃないか」
「本人もそのくらいのつもりさ。本当に呪詛の言葉でも投げかけられてたんじゃ堪らないからな。彼は文字に起こしたそれを、どこの言語であるかネットで検索してみた」
「結果は?」
「彼は言語において1つの可能性に辿り着いた。そして、その条件をクリアできるであろう霊能力者を探して依頼したんだ。その霊能力者は見事、女の霊とコミュニケーションを取ることに成功した」
「可能性? よく分からないが、結局その霊は何を訴えていたんだ?」
「女の霊は凶悪なものではなく、単なる浮遊霊で、若くして亡くなってたことを嘆いて成仏できずにいた。そのとき小旅行で偶然通りかかった彼と波長があったのか、その嘆きを理解してほしいと思って取り憑いたのだという」
「口惜しさを誰かに同情してほしいってやつだな。よくある話だが、それでその霊は?」
「ああ、霊能力者が無念な思いを聞いて浄めてやり、成仏できたそうだ」
「へえ、一件落着だ。しかし凄いな、誰も分からなかった霊からの語りを理解して解決するなんて。さぞや名のある霊能力者の方なのか」
「いや、能力の強さでいえば普通の人だな。解決に至ったのは出身が関係してて」
「出身?」
「その人は青森の出身だったんだ」
「あおもり、ってあの東北の青森か? でもそれがなんで? 霊は外国人だったんじゃないのか?」
「いや、違ったんだ。女の霊はずっと、地元の人間がようやく分かるくらいの、めちゃくちゃ訛りの強い東北弁で話してたんだとさ。だから憑かれた彼も、他の霊能力者も、聞き取ることができなかったんだ」
そう言って彼は、ボトルのりんごジュースを飲み干したのだった。
怪談ではあるけど、ホラーでもギャグでもない、どっちつかずのオチかも。
言語や宗教によっては霊と話が通じない・徐霊の方法が効かない、といった説と、以前青森生まれのおじいさんと会話してまったく言葉が分からなかった経験を合わせて創作しました。
方言を揶揄する意図などはありませんので。