ステータス9:電話
部室での一件の後、寮の自室に帰った俺は激しく後悔していた。
どうしてあんな事を聞いてしまったんだろう? 明梨と一緒の部活に入れるチャンスだったのに。郎樹とも仲良くなそうだったって言うのに。俺の能力がステータスオープンできないなんてものじゃなくて、時間を戻せる能力とかだったら良かったのに。皆ができることができないなんて能力じゃなくてただの足枷だ。
そんなことを考えながら俺はベッドの上で枕に顔を埋めて唸っていた。嫌なことがあった時はこうするのが小さい頃からの癖だった。寮の部屋に他人がいないことを今日ほど良かったと思った日はない。須帝高校の男子寮は1年と2年が相部屋になる決まりだったが、同室の予定だった先輩が急な親の転勤で春休みに転校してしまい、俺は2人用の部屋を独り占めしていた。こうやって枕に向かってウーンウーンと唸っても誰にも迷惑はかからないのだ。
そういえば、中学時代はこれが原因でウルさいって隣の部屋の妹によく怒られてたっけ。あいつは元気にしてるだろうか。妹……家族! そうだ! 家族に聞けば何か分かるかもしれない。
俺はつい先日までステータスオープンなんて全く知らなかった。だけど、小学校に入るまでの記憶は曖昧で、もしかしたら幼い頃には出来ていたのかもしれない。それにステータスオープンが誰でも知っている常識なら、親から子供に教えてるんじゃないか? その時のことを親が覚えていれば、今の状況の謎を解く手掛かりにきっとなるはず。
よし、そうと決まったら善は急げだ。ちょっと遅い時間だけど実家に電話してみよう。こうして、ようやく枕は俺の唸り声から解放されたのだった。
プルルルルルル……プルルルルルル……ガチャ。
「―――もしもし、開谷です」
「その声は紗良だな、久しぶり。お母さんいる?」
「崇兄? 久しぶりじゃん。お母さんなら今お風呂入ってるよ。何か用事あるなら伝えとくけど?」
「マジか。どうしようかな……」
うーん、困ったな。かけ直すか……いや、長くなりそうな話だし直接会って話すことにするか。妹の声を聞いてちょっと実家に帰りたくなってきたし、そんなに遠くでもないし。
「えっと、今週末に家に帰ろうと思うんだけど、お母さんに家にいるか聞いてきてくれる?」
「ラジャー!」
しかし、お母さんもそろそろ携帯くらい持ってくれたらいいのに。専業主婦だから家の電話で十分って言ってたけど、専業主婦でも今どき持ってない方が珍しいでしょ。
「―――もしもし? 今週末、大丈夫だって」
「わかった、ありがと」
「帰ってくるんだったら、お土産よろしくねー」
「はいはい。それで、何がいい?」
「うーん、なんか甘い系で」
「了解、それじゃな」
「はーい」
ちゃっかり土産をねだってくるなんて、相変わらず抜け目がないな。まあ、駅の近くで適当になんか買えばいいだろ。甘い物なら何でも喜びそうな奴だしな。それはそうとして帰省のスケジュールはどうしようか? 金曜の放課後に帰って2泊する手もあるけど、そんなに時間がかかる用事でもないし土曜の昼過ぎにでも出ればいいかな?
須帝高校は最寄り駅までバスで30分ほどかかるような辺鄙な場所にあった。全寮制だから通学で困る生徒はいないけれど、街へ買い物に行ったりする時はみんな少し不便している。最寄り駅から実家の駅までは特急でおよそ1時間。とすると、乗り換えを考慮して高校から実家までは2時間くらいか。食堂で昼食を食べてから13時に寮を出るとして、着くのは15時頃になるかな?
『今週末の件だけど、土曜の15時頃に帰って1泊して日曜帰る予定。お母さんにも伝えといて』
と、紗良にメールしておいた。そういえば、受験の時も寮に入る時も車でお母さんに送ってもらったから、バスも特急も乗るのは今回が初めてだな。行き先が実家とは言え1人でこんなに長い距離を移動するのも初めてだ。そして、初めての帰省。初めてづくしのちょっとした1人旅に少し浮かれた気持ちを抱えて、この日は眠りに落ちた。