ステータス39:顧問
午後の授業が終わって放課後になり、俺は郎樹と共に部室へ向かった。しかし、旧校舎の階段を上がって部室の前にもうすぐ辿り着こうかというところで、急に郎樹は何かに気付いた様子で俺を置いて部室の前まで走って行ってしまった。俺が追い付くと、彼はドアの上の方を見て訝し気な表情を浮かべていた。
「郎樹、どうかしたのか?」
「おかしい……一体どういうことだ?」
「何がおかしいんだ?」
「このドアの上の表札だよ」
そう言って彼が指さした先には、いつものスクールアノマリーと書かれた表札があった。
変わったところなんてないけど……いや、変わっていないことがおかしいのか。郎樹にとってスクールアノマリーなんてものは今朝、俺が話すまでは聞いたことすらなかったはずのもの。その名称が突然、オカルト研究会と認識していたはずの部室に掲げられている。疑問に思うはずだ。
「俺の記憶では最初からこうだったよ。郎樹の中ではどうなってたんだ?」
「僕の記憶では……? 僕は……一度も部室の表札を見ていない? いや、普段意識せずにいたとしても、少なくとも最初に来た時に見ていないのはおかしい。パッチによって記憶から消された……?」
ふいに横から誰かが話に割って入ってくる。
「だとしてもおかしいね。こんなすぐに変わったことが分かるような、そんな雑な改変は普通はされないはずだ」
声の方向にいたのは、俺が昨日行った上部クリニックの先生だった。
「上部先生?」
「やあ、開谷君。昨日ぶりだね。辛坊君も久しぶり」
「郎樹とも知り合いなんですか?」
「そりゃそうさ。僕は一応、このスクールアノマリーの顧問だからね。あ、今はオカルト研究会ってことになってるんだっけ?」
上部先生がスクールアノマリーの顧問? この高校のスクールカウンセラーもやってるとは聞いてたけど、教師じゃなくても部活の顧問ってなれるのか? 私立だからそこら辺は緩いのかな? いや、今はそんなことより……。
「先生はスクールアノマリーやアノマリーのことを覚えているんですか?」
「覚えている。いや、思い出した、と言った方が正しいかな」
「……? それってどういう……」
「実際に見てもらった方が早いね。とりあえずは2人とも、部室に入ろうか?」
先生に促されるまま部室に入ると、梢子先輩がいつもの席に座って俺達が来るのを待っていた。明梨はまだ来ていないようだった。
「梢子ちゃん、辛坊君にアレ頼むよ」
「……ボーロ、おいで」
言われるままに郎樹は梢子先輩の前の席に座った。そして、先輩は左手の掌で彼の右頬に軽く触れた。
「気分はどうだいボーロ?」
「……全部思い出しました。僕が大事なスクールアノマリーのことを今の今まで忘れていたなんて信じられない……」
「思いの強さとは無関係さ。自分を責めちゃいけないよ。それに何もかもを忘れてしまっていたわけじゃないだろう? ただ名前が変わっていただけさ」
「だとしても……だとしても、スクールアノマリーは僕にとって命より大事な場所なんです。それを少しでも忘れてしまっていたなんて……ううっ……」
郎樹は瞳からこぼれるほど涙を流していた。梢子先輩はそんな彼の頭を優しく撫でた。
あの冷静な郎樹が人目もはばからず泣くなんて、信じられない。郎樹がスクールアノマリーのことを特別大切に思っていることは知ってはいたけれど、これほどの思い入れがあったなんて……。
と、ここで上部先生が俺の肩にポンッと手を乗せて話しかけてきた。
「とまあ、こういうわけさ」
「いや、『こういうわけ』って言われても全然分からないですよ」
「分からないかい? 梢子ちゃんの能力で辛坊君の記憶を戻したんだよ。そういうことだよね、梢子ちゃん?」
梢子先輩は上部先生の方に向き直って不機嫌そうな顔でその問いに答えた。
「オーライ、お前は自分が顧問であると同時にスクールアノマリーのメンバーでもあるということを忘れるな」
オーライというのはおそらく上部先生のコードネームだろう。しかし、仮にも顧問で年上の相手をお前呼びした上にタメ語で命令なんて、梢子先輩らしいっちゃらしいけども……。
「ハハッ、梢子ちゃんは手厳しいなあ。まあでもこうなった以上は話しておかないとでしょ? 開谷君、梢子ちゃんの能力は―――」
「タイタンには私から直接伝えるからお前は黙っていろ。お前じゃどんな適当なことを言うか分かったもんじゃない」
「随分と開谷君のことを特別扱いするんだね。先生、嫉妬しちゃうなあ」
「……黙っていろ。3度目はないぞ」
上部先生はやれやれといった感じで掌を上にして手を軽く広げ、首を横に振って引き下がった。
先輩と先生、あんまり仲良くないのかな? スクールアノマリーのメンバーでもあるって言ってたから先生もアノマリーなんだろうけど、その能力と何か関係してるのか? でも能力ってほとんどは思春期で消えるって話だったよな? 元アノマリーなのか、例外で今も能力を持っているのか……まあ、詮索はしない方が無難だな。
「タイタン、それじゃあ気を取り直して私の能力について教えよう」




