9 マーシュリアの残念な結婚③
ラウリーはそんな「お嬢様」に決していい気持ちは持っていなかった。
だからだろう、最初が肝心、とばかりにこう言った。
「世間じゃ入り婿は何かと立場が弱いって言うが、俺はそうじゃないからな」
これでまずマーシュリアはくじけた。
まず男からずけずけと言われることに全く免疫が無かった。
そして自分を見下す視線が怖かった。
なおかつ、祝宴で酒を飲んでいた男のにおいと大声。
おそらく普段より抑制の効いていない手の力。
そういうものに、彼女は全く抵抗ができないままだったのだ。
そして迎えた朝、あまりのことに呆然と目覚めた時、彼女には絶望感しかなかった。
こんなことをあの男とずっとしなくてはならないのか、と。
目を閉じてひたすら終わるのを待っていたにしても、せいぜいメイドにしか触れさせることが無い自分の肌を男の手が這い回るというのは、拷問以外の何ものでも無い。
心の中で何度、死んだ母を呼んだだろう。
だが助けてくれる者は居ない。
そしてまた、彼女はこのこと――自分の気持ちを、上手く周囲に表現できなかったのだ。
遅く朝食の席についた彼女に、父は優しい笑顔を向けてくる。
夫となった男は当然の様に自分の正面に陣取って朝食を食べている。
その仕草の一つ一つが彼女のかんに障った。
音を立ててすするスープだの、朝から幾らでも入るとばかりにがっつく姿だの、食欲が無くなりそうだった。
さてラウリーの側からすると、お嬢様を組み敷いてやったという達成感と共に、家族として朝食の席に居られるという誇らしさがあった。
なおかつ今までよりも上等な食事。
だったら食べない訳にはいかないだろう、これから仕事があるのだから。
ただ残念なことに、彼の食卓マナーは男爵家でさわりを教えてもらった程度だった。
そしてまた、独立した一人暮らしをしていると、そのマナーどころではない生活が続く。
伯爵はこの時点では彼のそういうところは仕方がない、と思っていた。
そのうちおいおい学び直して欲しい、とは思ったが。
「どうしたね、何も食べていないじゃないか」
ただそう愛しい娘に聞くだけで。
善良かつ伝統を守る良い経営者でもある伯爵は、残念ながら若い女性の機微には非常に疎かったのだ。
ここでせめて乳母を呼び返しておけばよかったのかもしれない。
だがその発想も伯爵にはなかった。
自分の結婚した時のことを思うと、その必要を感じなかったのだ。
結果として、マーシュリアにもラウリーにも辛い日々がこの後半年以上続いたのだ。