8 マーシュリアの残念な結婚②
入学した時点で、既にスノウリーは周囲の目を引いていた。
その人目を引く侯爵令嬢が、たまたまとある授業で隣になった。
その時向こうからにこやかに話しかけてくれたのが始まりだ。
マーシュリアは一気に増えた学友というものになかなか馴染めずにいた。
そこに皆の憧れの的であるスノウリーが手を差し出してきたのだ。
その上、スノウリーを通して級友一番のさっぱりとした社交好きのエーリシャとも知り合うことができた。
スノウリーとエーリシャは元々家が隣(そうは言っても家自体がどちらも広いのだが)ということで、性格はともかく幼い頃からの友達だった。
そこへマーシュリアが加わったのだ。
さあこの二人が友達になったなら、そう簡単に下世話なお喋り雀が飛んでくることはない。
スノウリーもエーリシャも、このたおやかな友人から、周囲の嫉妬混じりの言葉や、背伸びして結婚の先のことを考えて下世話な話をする輩達から遠ざけていたのだ。
そして残念ながら、その彼女達すら、マーシュリアが結婚についての具体的なことを知らないということに気付けなかった。
せめて少しでも気付けていれば、状況は変わっていたかもしれない。
多少なりとも心の準備ができただろう。
だが。
様々な条件が重なった結果、本当に無知なまま、彼女は初夜を迎えてしまったのだ。
相手の男に対しては、そもそも興味が無かった。
父が決めたのなら、問題が無い、もしくはどうしようもない、と思っていた。
結婚式を終え、祝宴が終わり、これで眠れるかな、と思った彼女が連れていかれたのは「夫婦の寝室」。
天蓋のついた広いベッド、サイドに置かれた様々な小物。
そして侍女は「それでは」と去っていってしまう。
その時どっ、と彼女は全身に震えが走った。
確かに結婚はした、子供も作らなくてはならない。
嗚呼、それはそういうことか、という、友人達が遮断しようが何だろうが、それでも耳に少しずつ入ってきた知識が一気に頭の中で結びつく。
だがそれは遅すぎた。
やがてラウリーが入ってきた。
彼もまた、夜着だけで。
ちなみにこの時の彼なのだが。
ラウリーは「お嬢様」が常に自分達若い者を避けていたことに普段からいい気持ちがしていなかった。
マーシュリアにしてみれば、淑女としての何とやらだし、なおかつやはり、彼等は実にがさつに見えたというのがある。
花の様な学友達と、たった一人のお嬢様を守る使用人の立ち居振る舞いに対し、父の元で働く男達というのは、声はでかいし動作もがさつな、別の生き物にしか感じられなかった。
そしてラウリーもその中の一人に過ぎなかった。
だからこそ、その得体の知れないものが一人、誰も守ってくれない場所で迫ってくるのにぞっとしたのだ。