4 スノウリーのアラハント侯爵家の事情
結婚についての考え方もそれぞれ違っていた。
「できれば私は一生結婚したくないのだけど」
スノウリーはかたくななまでにそう言っていた。
その背景には、彼女の家庭事情もあっただろう。
現在のアラハント侯爵夫人ユルレンスは後妻である。
正確に言えば、正妻が亡くなった後に繰り上がった元妾なのだ。
妹のティムリーはこのユルレンスの娘――異母妹である。
だが世間でよくある様な継子虐めの様なことはこの侯爵家では無かった。
ユルレンスはもともと前夫人の侍女の男爵令嬢だった。
それに侯爵が手をつけた形で妾になったのである。
ユルレンスはそのことでずっと前夫人に負い目を感じている。
彼女自身、前夫人のことを非常に敬愛していたのだ。
確かに侯爵に愛はある。
だがそれとは別の話だ。
どうしても彼女にとって、スノウリーは「義娘」ではなく「お嬢様」という感覚が未だ抜けない。
実の娘のティムリーがその辺りの壁を全く感じていないのとは対照的だった。
だがその態度はスノウリーにも伝わっていたため、どうしてもこの二人の間には見えない壁が存在する様だった。
父親であるアラハント侯爵はどちらの娘も同様に愛している。
だが時折、前妻の影を引きずっている長女に対しては、どうも微妙な苛立ちを感じてしまう。
妹は社交界にも活発に顔を出すが、この姉は学校の成績は良かったが、ともかくせっかく帝都に居を構えていながら、その方面には出たがらない。
妹も常に「お姉様が参加なさったら皆夢中になるでしょうに」と言っているのに、当人はその気がまるで無い。
学校時代の様に読書や外国語や書き物や手芸、それに時々楽器をたしなむ程度だった。
その上裕福な貴族令嬢にありがちな欲も殆ど無い。
新しいドレスを一枚作るのも億劫がる。
出ることが殆ど無いというのにわざわざ高価なドレスを作ること自体、気が退けるというのだ。
父親からしてみれば、娘が美しい服を身にまとうこと自体が嬉しいのだ。
特に前妻にしてやれなかった分、多くのものを渡してやりたいとも思う。
そして良い婿と娶せたいとも考えるのだが。
この長女ときたら、さっぱりその気配が無い。
むしろその類いの話から逃げている様だった。
「お前からもその点をよく言い聞かせてくれ。いつかはこの家のためになる婿取りはせねばならない。それでもできるだけ本人の希望に添いたいと思うのだ」
「はい。私もその様に思います。先の奥様の分まで、しっかり母としての務めを果たしていきたいと……」
それに。
ユルレンスは思う。
長女であるスノウリーが収まるところに収まらないことには、自分の娘の身の振り方も変わってくるのだ。
母としては切実な思いである。