鍛練あるのみ、とは言え殺しに来てませんかね?
中級妖から、剣星の里を救って数日が経過した。
俺と紫苑は、妖の引き起こす事件の情報が来るのを待ちつつ、里に滞在している。
ミーンミンミンミンミン!!
蝉がうるさく鳴き続けるのを聞けば、否が応でも疲れた気分になるのは俺だけであろうか?
まぁ、そもそもの話として――。
「助けてくれぇえぇぇぇぇ!!!」
迫りくる大岩が、猛スピードで転がってきていて、死ぬ気で走っているとしたら、蝉の鳴き声関係なしに疲れるのも必然か。
そしてそれだけで済めばいい方で――。
「覚悟っ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
無数の矢が横から、それはもう雨霰と飛んでくるのだ。そんな死を覚悟させられる中、俺はひたすらに走り続ける。
さてさて、俺がなぜこんな死を覚悟させられるようなことをしているのかと言えば、鍛錬を重ねているという訳である。
元々はただの一般人でしかなかった俺が、刀の国の命運を背負って戦わねばならない、と考えた場合はどう考えても身体能力に不安しかないわけである。
紫苑の語るところには、先代の叢雲の操縦者であり、初代将軍様はと言えば人知を超えた力、すなわち転生特典などと言われるような、チートスキルを持ってはいなかったにもかかわらず、転生者たちの中で一番強かったのだという。
……なぜそんな、普通に実力で選ばれる要素がありながら、わざわざじゃんけんで決めたのか? これが俺には分からない。が、それはそれとして、人並外れた身体能力を、鍛えたから手に入れたらしい。
世の中、努力した奴にはそれ相応のモノが返ってくる。等というつもりはさらさらないが、努力をすれば相応のモノが手に入る可能性は上がるのだろう。
ということで、俺はそんなスーパーパワーを手に入れられるように――。
「鍛えるったって段階があるだろうがぁぁぁぁぁ!?」
「ふむ、叫ぶ余裕があるということは難易度を上げてもよいということ」
そんな俺の嘆きに対して、帰ってくるのは非情な返答。ふざけないでいただきたい、と言いたいが彼女は――。
「忍法堕異紅蓮!!」
そう唱えると共に、俺の周囲に地獄を――。
燃え盛る炎の地獄を作り出してみせた。あぁ、難易度を上げるというのは理解できるし、恐らく命の保証自体はしているのだろう。だがそんなことよりもだ、まぁ人から見たらどうでもいいことだろうが、俺は気になることがあった。
「紅蓮ってのはなぁ、火属性じゃなくて氷属性の話だ馬鹿野郎!!」
「なに、それは本当か!?」
「多分紅蓮地獄辺りから名前つけたんだろうがなぁ!! 紅蓮地獄ってのは寒すぎて皮膚がはがれて、紅の蓮のようになるって地獄だ! 炎はおろか熱くなる要素はない!!」
昔旅の坊主がそんな話を教えてくれた、ただそれだけの昔話だが、凄腕の忍者であろう紫苑が驚く姿を見て、少し俺が凄い奴になった気になった。
「うっ、うるさいっ!!」
あぁ、だから恥ずかしさのあまり、紫苑の顔が赤くなったのを見て、彼女も人間だと実感し――。
「て、テメェ殺意が増したな!?」
それと共に、彼女の放つ炎の勢いが跳ね上がったのを理解した。
羞恥心があるのならば、俺を殺すよりも先に術の名前を変えるべきではなかろうか? なんてばかばかしい思考をする余裕は、当たり前だがつい先日までただのド素人だった俺には存在しない、するはずがない。
にもかかわらずそんなものに意識を向ければ、それはもう当然のこととして、無数の矢にやられ、炎に焼かれ、岩に押しつぶされるのは必然であった。
「まったく……」
それはそれとして、走る彼女の豊満な胸が、ブルンブルンと揺れる様に目を奪われたのは、戦士としてはともかくとして、男……、いや雄として間違ってはいなかったと俺は考えている。
「いちちちっ……いや、恥ずかしいからってあれはねぇと思うのよ」
「……仕方なかろう、お前はどうでもいいことに意識を向けすぎだ」
紫苑の(無理のある)叱責を受けながら、軽く体を動かしていく。痛みを感じるがそれはそれとして、体に傷の類は一つもない。矢が刺さったり、炎に焼かれただけならば生還の可能性もあるだろう、だが岩に押しつぶされたにもかかわらず、生きているというのには、まぁ真っ当な感覚があれば違和感があるだろう。
実はこれにはあるわけがある。俺が訓練を重ねていたのは、現実世界ではない。幻覚を操り、現実世界とは異なる場所を脳に認識させ、幻覚で感じた現象を肉体でも感じるというものである。
「夢の中で、眠りながらでも鍛錬ができる術だ、お前の移動時間と睡眠時間はこれを使う」などという、もはや拷問か何かのようなことを紫苑から告げられたため、寝ている時間の半分だけは使用を断念してもらった。
「代わりに、起きている時間の大半がこれと」
「あぁ、幻覚だがしかし、その幻覚の中で感じた感覚全てが肉体に刻み付けられる。術の中で鍛えれば鍛えた分だけ、お前の体は現実でも成長するという訳だ」
常軌を逸したトレーニング法だが、しかしながらこれが意外と馬鹿にはできない。実際に体を動かしていないにもかかわらず、俺の体は数日前とは比べ物にならないほどに成長したのである。
「100mを9秒台で駆け抜けられる、かぁ……しかもその速度で長距離を走っても疲れない」
「あぁ、この鍛錬最大の利点は、鍛えれば鍛えるだけ強くなると共に、現実の肉体が壊れることはないという点だ」
どれだけ鍛えても体が壊れない、というのは言葉にしてみれば、大したことがないように感じる人間もいるだろう。だがこれがデカい、刀の訓練となるとどうしても真剣を振るわねばならない。当たり前だ、木刀や竹刀とは感覚が違う。そして、真剣である以上一歩間違えれば自分を、そして周囲の誰かを傷つけてしまう可能性がある。これが軽い怪我ならば大したことはない、しかし刀は傷つけるために作られた道具、下手なこと――または上手いこと――をしてしまえば簡単に命すら奪えてしまう。
そうでなくとも、腕が片方無くなった、などといったことは普通にあり得るのだ。無論そんな一歩間違うとというのは、刀を使わない訓練でも同じ、だがこれならば死ぬことはおろか、戦えない体になることもないという訳である。
「……こんな便利な技があるとはな」
「欠点として、使われている側が無防備になるというものがある、それと精神力が強靭であれば効果がないこともある」
つまるところ――。
「俺が一般人だからできる鍛錬と」
「あぁ、念のために言っておくが精神力の強さというのは、心の強さとはまた違うからな?」
だから、別に俺がヘタレだとかそういうことではない、などとよく分からないフォローをされつつ、里の人たちが、お礼として持ってきてくれる食事を待つ。
そう、まだ俺は次の戦いが来るなどとは到底考えていなかったし? おっかないとはいえ、美人の紫苑と一緒の生活というのは、まぁ気分もよかった。だから怖いことというものが来ることを、それはまぁ想定していなかったわけで。
「すみません」
だから、声を掛けられなければ、すぐ近くに誰かが気づけなかったのも、俺は悪くない。ついでにもちろん紫苑だって、剣豪たちの住むこの里で、警戒し続けているなどというのはおかしな話なわけで。つまり誰も悪くはなかった。そう言うことに俺はしたい。
「妖の私の頼みを聞いてくれますか?」
……つい数日前まで、妖に無茶苦茶にされた里で、下級とは言え妖に忍び込まれたなどというのも、運が悪かったこととしたい。
「……うん、とりあえず言ってみ?」
「鉄!?」
青白い、というよりもなんなら青いといった方が正しい肌に、水色の髪。どこか寒気を感じさせる気を放ちながらも、その見た目は実に美しい。豊満な胸では刀の国の服は似合いにくい故、胸の起伏をなだらかにするのが基本であり、目の前の彼女もそうしている……にもかかわらず大きいことがよく分かる体。
などと俺は見た目に惑わされたとかそういう訳ではない。ないったらない!!




