人である者、人から外れた者
自分が人間ではなかった。
言葉にすればシンプルだが、しかしそれを受け入れられるのかと言われれば、まあ難しい話。
「……というのが普通なんだろうけどなぁ」
ごろんと草むらに寝転がりながら、俺はそう口にしていた。
実際の所あっさりと受け入れていた。
生まれながらに特別だった、という感覚があったわけではない。
記憶の類が嘘くさい、そう感じていたからだ。
正直なところ、自分の記憶が嘘くさいと思ったことは常だ。
何せ、前世ならともかく今の俺が経験したはずの内容ですら、記憶があやふやなところがある。
無論それは、昨日の晩御飯は何だったっけか? といった普通に生きていても忘れてしまうような話ではない。
家族の名前だったり、友達との思い出だったり、覚えていて当然の内容だ。
その大半が欠如している。記憶喪失、だというのならそれこそ、その事実に自分でも反応の一つぐらいするべきだと思う。
だけど、俺はその事実に何も思わず、当たり前のように受け入れていた。
「きっと、それが正常なことだと分かっていたから」
前世、となっている怨霊たち。歴史に名を残すような英雄だったり、誰もがうらやむような大恋愛だったり、きっと物語になったなら誰もが……とまでは言わないものの、多くの人たちが楽しむであろう物語になったであろう。
だけれども、まぁきっとアレだ。俺の過去があまりにも雑に設定されているあたり、多分文才がある奴とか、ちょっとした推理力がある奴はいなかったんだろう。もしくは説得力のある設定が作れる奴がいなかったのだ。
なんともどうしようもない話で、受け入れなければならない話。
「まぁ、その辺の才能を本当の意味で持ってる奴がどれだけいるんだって話か」
ついでに言えば、死んで恨みの塊になってまともな思考ができるかと言われれば、多分無理だろう。
「仕方ない、とは言えんが受け入れることはできたから」
あぁ、そもそも過去にこだわる意味はない。大事なのは現在であり、未来なのだから。
「だから大丈夫、気にしないでいいさ」
俺は背後に感じた気配に対してそう声をかける。
「あれだけの力を手にしても、私が近づくのには気が付かなかったのか」
それこそ神にも悪魔にもなれる力を手に入れたとしても、使い方が分かっていなければ使えないように、彼女の接近に気が付くことはできなかった。
「仕方ないだろ、力に慣れてないんだ。せめて紫苑じゃなくて、一般的な忍びにしてくれないと気が付くわけないだろ」
故にこそ、力そのものでは俺よりも下の、しかし力の使い方をしっかりと理解している紫苑に、俺は敵わないのだろう。
「比喩ではなく、文字通り人並外れた力を手に入れたとしても、ということか」
「正直な話、まともに生きるってだけなら絶対にいらないしな、こんな力」
強すぎる力は面倒なだけとまでは言わないが、しかし力はあればあるほどいいモノではない。
在りがちな話として、強すぎる力を恐れて一般人に迫害されるなんて言うのは、よくあるお話だ。
まぁ、そんなことをして善性の人間でなければどうなるのか、と考えると迫害する側の正気を疑うが、それはそれ。俺は多分素直に迫害されるタイプだ。
自分だけがどうこう言われているだけならば気にすることもない……、いやちょっと嫌な気分にはなるな、うん。
けれども、俺を非難する誰かに対して復讐しようだとかは思わない。思いたくない。
だって、そこで暴力にしろ策略にしろ復讐に動いてしまったなら、それはもう俺がなりたい俺じゃあないんだから。
弱きを助け強きを挫くなんて言葉があるが、俺の在りたい姿は正しきを助け悪しきを挫くだ。
強いからと言って虐げるべきだとは思わない、弱さを武器にしてしまうような奴らが正しいはずもない。
そしてその上で、誰かを虐げる奴は俺にとって悪なのだ。俺がそれになってしまっては決していけない。
だって、力にしろなんにしろ、誰かを苦しめることを目的にした奴がヒーローではないのだから。
「……ヒーロー、英雄で最後までありたいものだぜ」
「ならば最後まで貫き通せ」
紫苑は俺のそばに近づき、腰を下ろしてはそう口にした。彼女の眼には俺がそれを成し遂げる奴に見えているのだろうか。見えているのであればそれは幸いだ、そうありたいと望む俺の振る舞いがちゃんとできているという証明なのだから。
「人でも妖でもない俺がか?」
「人であることも、妖であることも、英雄である条件ではないだろう」
笑う彼女の姿は、それはもう美しかった。彼女が信じてくれるというのなら、どのような無理難題であろうとも、俺は確かにやり遂げられる。そう信じられるほどに。
「……人である紫苑がそう信じてくれるのなら、やってみるさ」
「あぁ、人から外れた龍牙なら、人間を超えた結果を残してくれるだろうさ」
俺たちは立ち上がり、ムラマサの所へ向かう。狐龍のための絡繰の建造が進んでいる、彼女はその工程を見ているようだが、そろそろ一人で退屈しているころだろう。
決戦は近い、俺たちの戦いの終わりまであと少しだ。




