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絡繰武勝叢雲  作者: 藍戸優紀
第9話 夢は天下の回りもの
78/80

目覚めし者と目覚めさせた者

「……神が目覚めたか」


 刀の国の秘密工場、その奥深くで私は笑う。


 同胞が一人死んだがさしたる問題ではない。彼が死んだところで私の計画に支障はない、いやむしろ彼が死ぬのは前提の計画です。


 だから彼の死に意味はない。


 それは決まっていた展開で、当たり前のこと。


 世界の裏側で誰かが死のうと、知りもしない誰かに涙を流せるような人間がいないように、私にとっての彼の死はその程度の価値しかない。


 むしろ重要なのは、彼を殺したこの世に現れた神の存在だ。


 無論生まれながらの神だという話ではない。神であれと望まれていたがゆえに神となった、力の使い方を間違えているだけの、脆弱な人間だ。


 私は彼を知っていて、彼も本当は生まれながらに私を知っている。


 それは彼が望まないがゆえに失った、知らないことにしたモノ。


 彼は誰かを殺すことを望まない、ただただ無秩序に力を振るうことを望まない。


 彼は怠けることを望まない、ただただ無意味に時間を費やすことを望まない。


 彼は誰かを貶めることを望まない、誰かの失敗や落ちぶれるさまを望まない。


 だから彼は失った、人々に望まれる|在り方〈われら〉を選ばなくなった。


「無数の怨霊の集合体、されどその中での意見の相違は現れて当然。2人人間がいれば2通りの考え方をする、怨霊であってもそれは変わらない、だからどうしようもない相違であれば切り捨てられても仕方がない」


 無数の意思が1つとなろうとするのであれば、できるだけ方向性は一緒の方がいい。勢力の内乱が発生するのは方向性の相違であったり、心変わりだったりなんかはよくある話でしょう。


 時にはそれでリンチが、粛清が、ろくでもない愚かな末路につながることだってあるでしょう。


 えぇ、古今東西良くある話。実に笑えるお話です。


 それを怨霊たちは理解していた。恨みつらみを果たす前に、自分たちの意見の相違で滅びることを恐れ、在り方の違うものを切り落とした。個々で生きられるだけの力を与えて。相手の同意の有無など関係なく、ただ一方的に―。


 だからこそ、切り捨てられたものは1つになろうとする。


 1つになってしまう。


 1つになれてしまう。


「さて、後はどれだけこちらに思うとおりになることやら」


 私はそうつぶやき、こちらを見ている同胞の存在に気が付く。


「汰異堕、計画を次の段階に移す、頼みますよ」

「分かっているわぁ」


 全ての命に意味はなく、ただ都合がいい駒にすぎない。それは誰にとってもそうであり、誰の命だってそうなんです。


 無論、私のモノも含めて。


「さて、汰異堕が|殺〈や〉れるかと言えば、まぁ無理でしょう」


 彼女は元々戦う存在ではない。ただただいい男を誑かし、恋模様という名の人形遊びを楽しむ女だ。


 本来の中核を為す女の恋敵という役割を与えられ、その上で中核になり替わった掃いて捨てるほどの凡百の世界の、|主人公〈えいゆう〉になれなかった女。世界そのものが閉ざされたが故の怨霊の一人。


 だからこそ、彼女が勝てる通りはないでしょう。


「彼女を彩るための男たちはこの世界にはいない」


 だから恋愛模様が描かれることはない。


「彼女を引き立てるための、本来の中核を為す女もこの世界にはいない」


 だから彼女が成り上がることはない。


「彼女の生まれ持った立場の肩書もこの世界にはありはしない」


 貴族令嬢などという肩書が、この世界のこの国にありはしない。


「彼女が|主人公〈えいゆう〉たりえる要素の悉くが存在しない、それに立ちはだかるのは―」


 ロボットモノの|主人公〈えいゆう〉が、スーパーロボットに乗り込んで、世界を守るために立ち上がる。


「実に、それはもう実に―」


 主人公をしているのだ。世界がどちらに勝てと望むかなど言うまでもない。人々がどちらが主人公と見るのかなど言うまでもない。


 その点で言えば、差吊苦の方がまだそれらしいと言える。


 彼に与えられた役割は、絶大な力を持って、絶大な力で敵を倒し、絶大な力で好き放題をする無双の英雄。


 ただ力を持っているだけで、主人公としてみせた。


 私も、まぁそれに近いタイプだ。


「……だからこそ、汰異堕を止められなければ、計画を変えなければならないわけですが」


 私は笑う、目覚めた神に立ち向かう挑戦者として。



 *



「さてと、準備はいいかしら?」


 体をある程度休めた時、天音にそう声をかけられた。


 分かっている、理解している。


「ここに来た目的は狐龍、陰陽道の後継者のための道具を用意するため」


 俺が来たのはこの地にある、道具を作るために必要な代物を集めること。


 そのために、俺はこの神社の巫女、この土地の管理者である天音の頼みを聞いた。


 ならば必然彼女からのお礼として、返ってくるものがある。


「とりあえず使えそうなものは全部用意した。だから全部使って、神様を超えるんでしょう?」


 にやりと笑いながら、挑発するような彼女見てこの位の関係の方が楽でいいと感じる。


 神様なんて柄じゃない、だから崇められるとかじゃなくて、もっと近い関係でいい。


「あぁ、勝つさ。世界救って楽しく笑って、みんな満足のハッピーエンドってやつをやってやる」


 俺が自信満々にそう言って見せれば、何かがおかしいのか天音はくすりと笑ってくる。変なことを言ったつもりはないのだが、そんな反応をされては小首をかしげざるを得ない。


「あぁ、ごめんなさい、馬鹿にしてるとかそう言うのじゃないわ。ただ―」


 彼女は満面の笑みで、しかし真面目な声色で言ってくれた。


「貴方をあそこで終わらせなくてよかった、無茶してでも生きる方向に導けてよかった」


 あそこで出会った天音は、やはり天音だったのだろう。それこそ俺の中の深層心理が生み出した、彼女の姿をした別の何かではなかった、ということを理解して少しありがたく感じられた。


 俺を構成する要素の1つが、偽物による危機にさらされたことでもあるのだろうか。


 その辺りは、確認する術もないのだから分からないでいいだろう。分かる方法が見当もつかないのだから、考えるだけ時間の無駄だ。


「じゃ、行ってくる」

「えぇ、目覚めさせた分しっかりと、世界にご利益ってのを頼むわよ」


 それよりも、世界の平和を守るため、彼女の望むように戦うことでご利益を振りまかねば。

次回予告


 一度死んだと思ったら復活して、しかも俺の正体までわかったと来れば大事件。


 だけど世界はそんな小さな話のために止まってくれない。


 だから狐龍のためのマシーンを開発するため、ムラマサの下へと戻った俺たち―。


 だけどそんなことをしている余裕がありはしないってどういうことだ!?


次回! 絡繰武勝叢雲

 「愛することと愛されること」


 愛って何? そんなの相手のために躊躇わずに行動できることなんだ。

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[一言] こいつらの正体も「そう」なんですねー
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