神降ろし
「代償は……払わないとダメよね」
死んだ命は決して戻らない、だからこそ命は尊いモノであり、大切にしなければならない。
故に、その摂理に反する奇跡を巻き起こせば、それ相応の代償を支払う必要がある。
「だから、貴方は戦う運命にある」
命の対価は命であるなんて、俺は考えていない。
だって、それじゃあ奇跡の意味がないからだ。
「未来永劫、終わることのない戦いの渦に飛び込まなければならない。それでも構わないわね?」
彼女の言葉に俺は首を縦に振った。
「ずっとずっと地獄のような苦しみを味わうかもしれないわよ」
それでも俺は首を縦に振る。
死ねば楽なのかもしれない、あれだけ大暴れして見せたのだ、俺の中の無念の多くは解消されたかもしれない。
だけど、それでも―。
「まだエンディングには早すぎる」
差吊苦は暗躍している妖の一人にすぎない。奴を倒してそこで終わり、という訳ではないのだ。
だから、ここで俺が―。
|主人公『ヒーロー』が死んだままになったら、ハッピーエンドにはなれないだろう。だってまだ、戦いは終わっていないんだから。
「皆が望む最高最善のハッピーエンドに到達するまで、俺は足を止めるつもりはないし、止まるつもりもない」
それは地獄への片道切符の購入宣言、いつ終わるとも知らない修羅の道。自分でもよく分かっている。
それでもやるのだ。
「だから、悲しまないでくれ」
俺の信徒にそう告げる。
きっと、彼女は俺を心配してくれている。
だからこそ、俺はそう告げて―。
「ふふっ、だったら世界最強くらいは目指して見せなさいよ」
にやりと笑う彼女は、俺の歩むべき先を信じてくれているようで―。
「主人公、この世界の代表をやるんでしょ? だったらできないなんて言わないわよね?」
「任せとけ、世界最強の人間で、化け物で、神様やってやる」
俺は彼女の、信徒の、天音の祈りに応える義務を背負った。
*
「んっ……、ここは?」
「目が覚めたみたいだな、龍牙」
目覚めた俺の前には、じっとこちらを見つめる紫苑の顔があった。
「あぁ、おはよ―」
目覚めのあいさつでもしようとした次の瞬間には、ぎゅっと俺の全身に力が加えられるのを感じ取る。
言うまでもなく、紫苑に抱きしめられていた。まるで気が付いたらどこかに飛んでいってしまう、風船を握っている子どものように、力を込めて。
「……本当にここにいるんだよな?」
ここに俺がいることを確かめる、生きていることを確かめるように、彼女は問いかける。
そりゃあそうだ、死んで蘇ったと思ったら、また気を失って。俺自身でも、生きているのかと問われれば自信が持てない。
それでも、そうそれでもだ―。
「あぁ、俺はここにいるし、勝手に死んだりしないさ」
この位言えなければ、英雄じゃないし、男じゃないし、なんなら人間じゃない。
自信なんて後から付いてくるものだ。
「そうか、良かった」
彼女はそう口にすれば、抱きしめる力がさらに強くなる。彼女の心そのものが分かるわけではない。ある程度の推測はできたとしても、絶対に正しい答えになりはしない。
だから、まぁ正しい返答なんてのも分からない。ならば格好をつけたことを言ってもいいだろう
「愛してくれるのならば、俺はそれだけで立ち上がれる」
「それは、格好の付けすぎだぞ、まったく」
そう言う彼女だが、呆れというよりも楽しそうに笑っている。ならばそれでいい。
「……さてと、決戦は近い筈だ」
正直な話として、今の俺の力は限界まで引き出せば大抵の奴には勝てるだろう。叢雲の真の姿を考慮すれば、それこそ本物の神様でも出てこない限りは負ける気はしない。
「……紫苑、狐龍と一緒に、俺の旅から離れても―」
だから、英雄は……戦いに傷つく者は俺一人でもいい、そう告げようとして―。
「頼まれても離れるモノか、絶対に私はお前を離さない」
彼女はそれを拒絶した。俺と共に戦い続けるのだとそう宣言して見せた。
あぁ、俺のようにやろうとして英雄をやっている、紛い物とは違う。
「そうか、ならば……地獄の果てまでもついてきてくれるか」
だからこそ、最後の覚悟を問うように俺は問いかけ。
「いいや、地獄の果てなど行くものか」
彼女はそれを拒絶して―。
「お前が地獄の果てまで行くようなことを起こさせないのだからな」
そう言い切って見せた。
あぁ、まさしく本物じゃあないか。
俺がそんなことにならないように、守るとまで言ってのけた。
「……さすがだよ、紫苑」
俺はそれだけ告げて、抱きしめ返した。彼女が俺を守るというのならば、俺も彼女を守ろうじゃないか。
たとえこの身が滅びようとも、などとは言わない。だってそうなれば彼女は悲しむのだから。だから、俺は―。
「この命のある限り、君を守り続けよう」
この命が尽きない限りを約束しよう。だから、俺は死ねないし死なない。
彼女と共に、この国に迫る危機を打ち砕くのだ。




