人であり人でなく、神であり神でない、されど妖であって妖でないモノ
飛び交う弾幕の全てを刀を一振りすることで消し飛ばす。
つい先ほどまでの自分であれば、有頂天になっても仕方がなかったであろう力。人の理から外れた力。
「お前は本当に叢雲の担い手かっ!? 脆弱な人間のはずのお前が―」
よほどの例外を除き、妖は人間より強い。生き物としてそう言う風に作られているのだから当然だ。2が1より大きいのと同じくらい当たり前の話。
故に妖の頂点に最も近いといっても過言ではない差吊苦にとって、自身の攻撃を軽く一振りするだけで消し飛ばす存在を人間としてみることはできないのだろう。
そしてそれは強ち間違っていない。
「……俺の記憶の中の話だ、この世界においてもそうなのかは知らないが―」
だから答えてあげるのは世の情け、そうする方がそれっぽい。自分でも軽い話だとは思うが、それを理由として俺は、奴に答えてやることにする。
「西の方の宗教の話だ、死んで蘇ったものは救世主、そして―」
正しい話ではないだろう、俺を構築する前世たちは大体宗教を都合がいいときに切り替えるタイプであった。大晦日と結婚式と葬式で宗教を切り替える、記憶の中の誰か曰く典型的な日本人の宗教観。
そんな奴が真面目に宗教の話など覚えている可能性は低いわけで、俺が語ろうとするのも実に雑な内容だ。
「救世主は神と同一視された」
「貴様が、神だとっ!」
実際自分でも神だという話を納得しているわけではない。でも、そう信じた者たちがいることは知ったのだ。
ならば、それらしくしてやりたいと思うのは、俺が期待されれば応えたくなる魂の在り方をしているからだろう。
「少なくともそう信仰する奴はいるらしいっ、ぞっ!!」
放たれる炎が、雷が、水が、岩が、ありとあらゆる殺しの手段が。その全てが俺に向かって放たれる。
避けられる隙間は存在しない。そこに遊びはなく、本気の遊びではなく、本気の殺しが目的だと推測するのはよほどの馬鹿か、よほど心について無知でない限りは誰だってできるだろう。
だがそれは―。
「まぁ、少なくとも余裕をなくしたお前の上は行ける位の力はある」
妖にとって最もしてはならない愚策を実行したことを示すもの。妖が人間に対して本気の本気での攻撃を行うということは、相手を自分と同格、もしくは格上とみなした証明。
妖は人間よりも優れた力を持ち、人間よりも長い命を持つ。その代償として精神的なものに左右される。例えるのならば人間が安定して10の力を使えるとする、それに対して妖は10から100でブレるのだ。精神的に安定しているのならば100の力を使える―。
「ふざけるなぁぁぁぁっ!」
余裕を失えばその力は弱くなり―。
「ふんっ!」
自らが強者から弱者に引きずり落とされたことを自覚した時、ガラス細工よりも脆くなる。
奴の放つ殺意の塊も、子どもの作る砂の城よりも容易く、俺の刀の一振りで消し飛んでいく。
「貴様は何だっ!」
奴の問いに対して、俺ができる回答らしい回答は存在しない。
俺は人か、部分的にはそうだが違うだろう。よく分からないうちに死んだと思ったら生き返った、どう考えても人のできることではない。
俺は妖か、部分的にはそうだが違うだろう。怨霊の塊が人の形を成して目覚めたモノ、という生まれから考えれば妖と言えなくもない、しかし妖と振る舞うには……その手の陰の力に対しての適性は欠片も存在しない。
俺は神か、部分的にはそうだが違うだろう。信仰される存在になっていたらしいのだから神と言えなくもない、だけど俺はそんな大層な存在じゃあ断じてない。
人であり人でなく、妖であり妖でない、されど神であって神でないモノ。ならば俺は何なのだろうか。
分からないのだから仕方がない、ならばそれらしいもののであると名乗ろう。だって何なのか分からないなら、呼ぶ側も面倒だろう。
「さぁな、あえて言うなら―」
矛盾の中にある者、それは確かに俺を示す言葉だ。ならば都合よく考えればいい。
そう言えば人間がソレになったなんて話を聞いたことがある。そう言えばソレはとんでもない力を持った化け物の代表格だ。そう言えばソレを崇める信仰もどこかで合った気がする。
ついでに言えば俺の名前にもつながっているじゃあないか。ならばソレを名乗るのが一番適した者だろう。
都合よく考えて問題ないときは、都合よく考えればいいのだから。
「龍、俺は龍だ」
俺の言葉に呼応するように、手に持っていた何の飾り気もない刀の形が変化する。柄頭には龍の頭と思われる細工が施されたかと思えば、西洋の竜、ワイバーンを思わせる翼の飾りまでもが鍔として形成される。
まさしく龍のための剣といったところだろうか。俺の中の少年がワクワクしているのが感じ取れる。とんでもないことが開かされたとしても、俺は男の子でしかないのだろう。
そしてこんな派手な変化をして見せたのだから―。
「ほざけっ!!」
目の前の殺意すらも打ち砕くことなど造作もないのだ。
それは古今東西、数多の英雄が引き起こしてきた必然だ。その身を変える、逆転の始まりを意味する行為。
刃の変化に応じるように俺の姿も変化、いや変身する。その在り方はこの世界観にはそぐわないモノ、和風のファンタジー世界において、体にへばりつくような、それこそ未来的な印象を感じるソレに変わっていく。そのまま全身を覆うように、生物の鱗の様な意匠を取り入れたであろう装甲が形成されて行く。これが俺の、龍のあるべき姿なのだろう。
とでも言えればそれらしいのかもしれないが、正しい現実は俺を構成する怨霊の戦うための姿のイメージの折衷案。
SF、ファンタジー、変身ヒーロー、その他無数の世界観に生きていた彼らのイメージを無理矢理一つにしたカオス。
今いるこの世界に完璧に合致しない姿としか言いようがないだろう。転生者という形で成立しているが故の―。そもそもの在り方故にどのような世界も正しく受け入れることはないという証明だろうか。
ならばそれはそれでいいのだろう。俺の中の誰かの記憶の中で、全てが終わった英雄は、一人世界のどこかに旅立って、巨悪が再び現れるまで備えるなんてオチがあった。ならば俺はそうしよう、仮にこの世界に居場所がなかったのなら、その時は俺は別の世界に行けばいい、俺は異世界の存在を知っている。ならば行けない道理もないだろう。
だから、もう全力も全力で、後先のことは考えずに差吊苦の力を打ち砕こう。
これまで何度も苦しめられてきたんだ、もういい加減さっさと倒して、世界平和にしたら飯食ってぐっすりと寝てやる。
「貴様が龍だと、人間の分際でっ!!」
余裕が欠片もなくなっている、それは奴が力をみるみると失っている証明だ。
「焼き払えっ!」
俺の言葉に応じるように、刃に炎が生じて行く。
「龍炎剣ッ!!」
俺の叫びと共に振るわれた剣、その斬撃の軌道に合わせて炎が龍に変化する。現れた龍は差吊苦の放つ攻撃の全てを、喰らい、燃やし、溶かし、最終的には蒸発させていく。それほどの熱量がある、という訳ではない。
ただ純粋な力の差だ。
今まで一方的にやられる側だったが、正しく力を発揮することで、これほどの力を引き出すことができた。いや、正確には引き出せてしまったのだろう。
炎の龍は、そのまま奴に食らいつく。
「離れろっ、消えろっ!」
炎の咢が奴をかみ砕かんと力を籠める。されど本来の力を発揮できないと言えど、さすがは超上級妖か、それとも奴の持つ力の本質か。炎を殺すことでその場からの離脱を図ろうとする。
追いかけるべきなのだろう、今すぐに。
けれども―。
「こりゃ、無理矢理にもほどがあるな」
全身に走る痛みがそれをさせてくれない。歩くぐらいならともかく、走るのは難しい。初めての力の使い方、初めての規格外の力の量、そのどちらもが俺の肉体に、そして魂に疲労という形で帰って来ていた。
人を超えた力なんてのは、生まれながらに人を超えてる奴だけが使うべきなんだろうか。




