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絡繰武勝叢雲  作者: 藍戸優紀
第9話 夢は天下の回りもの
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殺し殺され

「狐龍、今すぐ離れて隠れろっ!!」


 奴に飛び掛かりながら、狐龍に向かって怒鳴りつける。悪いことを何もしていない彼女に対して、私も悪いとは思っているが、しかし私に余裕もない。生きてまた会えたならしっかりと謝ろう。


 奴の放つ光の線によって、空間が捻じれ壊れる……いや、殺されるのに巻き込まれないように逃げ回りながら、思考を切り替える。隠れたところで、隠れた場所ごと殺されるのがオチだ。


「いや、全力で走って逃げろ!! 逃げて逃げて逃げ続けろ!!」


 狐龍への言葉をすぐさまなかったことにしてそう伝える。


 距離を離せばまだ時間は稼げるだろう。


 分かっているのだ、私では勝てない。差吊苦という殺すことに長けた妖だからか、と言えば答えは否だ。


 人間の壁とでも言うべきだろうか。考えても見てもらいたい、どれだけ背が伸びる血を引いて、どれだけ背が伸びるのに効果があるとされる食事をして、どれだけ体にいいことを習慣づけたとしても、人間の身長が5mも行くはずがないだろう。


 それと同じことだ、身体能力というものは鍛えれば無限に伸びるモノではない。才能の壁はあるし、生き物としての壁もある。人間が何の道具もなしに空が飛べるはずもなければ、無限に水の中で活動ができるわけでもない。努力と知恵で補うことはできたとしても、それでも限界がある。


 至極当然のことであり、私はそれによって勝ち目がないことを知っている。




「はははははっ、いいねぇいいねぇ!!」


 印を結び、分身の術による四方八方からの攻撃。攻撃をする前に、分身が全て殺されてしまい失敗。


 斬撃が飛ぶ、というのは優れた武人でもできるかと言われればほとんど不可能な現象だ。それを奴は当たり前に行う。それも全方位に動作もなしに放つのだから、そもそもの土台が違う。


 1分1秒と時間が流れる度に、死が迫ることを理解させられる。私は後どれだけ生きられるのだろうか。思考の片隅にそんな考えが居座り続けるのだからたまらない。


「遊んでいるっ、か―」


 そもそもの戦いが成立していないのだろう。一方的に殺される側と殺す側が存在して、殺される側がどれだけ粘れるのかを楽しまれているだけだ。


 何せこの世の全てを殺せる怪物だ。殺すことだけならばなんだってできると言っても過言ではない理不尽だ。


 それでも、私はこの怪物を殺さねばならない。ならば遊んでいる間に殺さねばならない。奴が別のやるべきことを見つければ容易く殺されてしまうだろう。いや、それどころか私が生き延びようと足掻く姿に飽きた瞬間には殺される。


 掌の上で踊っているだけにすぎない。現実を見据えれば見据えるほどに絶望が突きつけられるのだから笑えない。




「ほらほらもっと足掻いてくれよ、俺を殺すんだろ? もっともっと楽しませてくれよ!」


 そういえば初めて奴と出会った時から言動が変わっている。力を付けて行くことでの暴走か、それとも彼との戦いで負け続けたが故に何かが変わっていったのか。結局のところ私には分からないし、分かる必要も無い。


 どう変わったのかだ。強くなったのか、戦い方が変わったのか。その事実を見極めねばならないわけで―。


「さもないと飽きるぜ?」


 制限時間は想像よりも短かったらしい。奴の攻撃の苛烈さが増していく。ありとあらゆる殺すための攻撃が"避けるための隙間を探す必要がある"ほどに叩き込まれて行く。


 しかしこれも、ある意味では手を抜かれている。なにせ探せばすり抜けられる場所が用意されているのだから。それが妖だ、全力で遊ぶのならともかく、全力で殺しに来ることはない。妖が精神的なモノに左右されやすいという、要因はある。


 格下を相手に、必要以上に振るう。そのような振る舞いでは余裕が無いようにしか見えないだろう。格下を相手に全力を出さなければ勝てない弱者である、そう周りに吹聴するようなものだ。故に奴らは本当の意味での全力での戦闘を行うことは、基本的にない。


 例外の1つとして考えられるのは叢雲とノノウでの戦闘を挑む場合か。アレは対等になるための、いや上回るための装備だから。


 屋内の、それも近くに人間がいるのだと分かっている状態で使う代物ではない。ノノウは大きすぎる。


 


 どれだけの攻撃をかわしただろうか。桁はもう4、いや5桁は間違いないだろうか。それともあまりにも苛烈な攻撃過ぎて、多く見積もってしまっているのだろうか。


 1発もくらわないでいられるのは、私が優れた忍びだから……などと言いたいところだが、正確には奴を飽きさせないでいられるからだろう。というのは、これでもまだ自己評価が高すぎるのだろう。


 あいつも飽きないように必死なのだろう。叢雲を操れるのが龍牙だけのように、ノノウを操れるのも私だけなのだ。正確には条件さえ満たせば、ノノウは私でなくても動かせるが、それを知る方法は奴らにはない。対等に遊べる玩具が1つしかないのだから多少は優しく扱うのも納得ができる。


 ……正直なところその扱いに腹が立たないと言えば嘘になる。私は人間だ、玩具じゃない。しかしながら、それだけの力の差があるのだから受け入れるしかないのだろう。いや、受け入れねばならないのだ。


「考え事か? 余裕だな、なら難易度を上げてもいいよな?」

「遠慮願いたいものだがなぁッ!」


 どうやら考え事をしていたのがバレたらしい。四方八方からの攻撃の種類が増える。

 天井からは毒の液体が降り注ぐ、臭いから察するに触れただけで死にかねないとんでもない代物だ。

 さらに時折空間の中にどす黒い穴が生じる。それもただの穴ではない、すさまじい勢いでこちらを吸い込もうとする、地獄へ落ちる穴なのだ。

 私も必死で走って穴から距離を取ろうとするものの、奴が他の攻撃をしないわけでは決してない。吸い込まれるのは私だけではなく、奴の攻撃なんかもそうなのだからとんでもない。飛ぶ斬撃の軌道が変わる、放たれる弾丸が曲がる、今まで以上に避けにくい攻撃に早変わりだ。しかも、私自身も吸い込まれるのだから足場も悪いなんてものじゃあない。




 殺意に満ち溢れた遊戯。実にふざけていて、実に理不尽なソレを奴は明らかに楽しんでいる。そして残酷なまでに奴は楽しみぬいて―。


「飽きた」

「っ!?」


 無慈悲にも告げられた3文字の言葉によって、私の死が確定した。こちらが敵討ちをしなければならないというにも関わらず、私はその相手に造作もなく殺される。道端に転がる石ころの方が、まだ抵抗ができるとばかりに殺される。


 隙間のない、一撃くらえば死ぬであろう弾幕が放たれる。そして私のすぐそばに例の穴が生じ、私の体が宙に浮いた。


 人間は空を飛べない。人間は空中を自由に動けない。


 人間は地上を生きる生き物で合って、空を飛ぶようには作られていない。至極当たり前の話であり、それは忍びである私も例外ではない。


 故に宙に浮いた私は、抵抗する手段を失い穴に向かって吸い込まれる。さらに私を追うように、奴の放った弾幕が全て穴に向かって飛び込んでくる。一撃で死ぬであろうそれが、数えるのもばからしくなるほどの数で向かってくる。


 死の確約。絶対的な力の差を持つ相手からの、終了宣言。あぁ、これは死ぬ。何もできずに死ぬ。


 これほどまでに強制的に終わらさせられてしまえば、一周回って諦めもつく。その弾丸(きょうふ)受け入れる(めをそらす)ように、瞼を下ろし、歯を食いしばって―。


「諦めるなっ!」


 何かが壊れる音と、男の声を聞いた。その次の瞬間、私の掌を何かが触れるのを感じ取る。触れたソレは確かな熱を持っていて、ぎゅっと力強く握りしめる。そこまでされて、私はそれが手のひらだと気が付いて。


「遅いぞ、まったく」


 瞼を上げた先にいた、青い髪の青年の姿に頬を緩ませた。


「なぜだ、確かにお前は殺したはずだ」


 それに対して、差吊苦は彼の姿を見て、呆然とした顔を見せている。それはそうだろう、私が奴の立場だったとしても、同じような顔をしている自身がある。


「復活した、ただそれだけの話だ。簡単だろう?」


 にやりと笑う1人の男は、妖の問いかけに対して当たり前のこととばかりにそう返事をして見せた。それはそうだ、死んだ人間が、命を持って再び現れたというのであれば、それは復活したとしか言いようがないだろう。


「紫苑、少し休んでてくれ」


 青年の、私が惚れた男の言葉に素直に従うことにする。姿形は今までの彼のモノだが―。


「鉄龍牙、推して参るッ!!」


 鉄龍牙の纏う気配は、まるで別人のソレであった。

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[一言] 英雄御帰還拍手喝采。 なってみせろよ鉄龍牙……! 巨悪を砕くスーパーヒーローに!!
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