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絡繰武勝叢雲  作者: 藍戸優紀
第9話 夢は天下の回りもの
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陰謀の巣

 駆ける、駆ける、駆ける。


 大切な仲間が死んだ。背中を預けてきた戦友が死んだ。世界の救い主が死んだ。そして何よりも愛した男が死んだ。


 よくある話で、そのいくつかを私も経験してきた。だが、やはりソレに慣れることはできないでいた。


 その事実を正面から受け止めることを恐れるように、妖が作り上げた地下施設の中を一生懸命走り続ける。


 辛いことから、嫌なことから逃げるように私は足を止めることをしない。体を動かしていれば、嫌なことを考えなくて済むから。


 自分でも思う、なんとも女々しいことか―。


「しお……、はや……る―」


 後方から声が聞こえる、しかし私の耳には届かない。いや、現実を受け止められない。


 忍びの道を行くと決めたあの時ならば、きっとこんなことも受け止めていた、いやそもそも感じる心などなかったのだろう。


 ……英雄たれと存在した、人でありながら人では決してない存在。彼の記憶はある意味でただの設定にすぎない。私も詳しくはないのだが、彼は今の彼の姿で誕生、いや創造された。


 赤子だった期間はない、子どもだった期間はない。そういうものとして生み出され、そういった存在になると予想できる記憶を与えられた。彼に過去はない、現在と未来しか存在しない。


 彼の存在は、初代将軍の時代よりさらに昔、今では巫女と呼ばれるような人が予言したものだ。人の形で現れる凄まじき怨霊。とある邪悪な意思によって、あるべき功績を全て剥奪された者たちの恨みの塊。それが生まれて世界を覆いつくす。


 彼らの時代を正しく知らないから私は何とも言えないが、功績を剥奪された者たちというのはなんとも悲しい話だ。


 その一つ一つの功績がどれほどのモノかは知らないが、正しく評価されずに蔑まれるなどというのは悲しい話だ。きっと、その怨霊の怒りは正当なもので、どれだけの時間が経過しても収まることなどないのだろう。予言が行われた時代でもきっとそう思われたのだろう。


 だから、その怨霊を神として崇めることにした。悪霊の怒りを抑えるための信仰。故に彼は怨霊の元々の望みのために行動する。英雄たろうと、綴られるべき英雄譚の主人公として。


 されど彼は自分に自信を持つことはない。それはそうだ、英雄譚が既に剥奪された者なのだから、どれだけの功績を積み重ねたとしても、またいつかすべてを失うのではないかと、怯えを感じても仕方がないだろう。どれほどに正しくて、どれほどに優れた英雄であったとしても、その功績を奪われれば傍から見ればただの人だ。


 ただの人が、自分を英雄だと考えていても、それはただの不相応な振る舞いでしかない。そんなことに自信があるものなどいるはずがない。ある者がいるとすれば、それは自信ではなくただの無謀なのだ。


 無謀を勇気とは言わない、無謀なだけの行動は決して英雄的なモノではない。


 だからこそ、私は彼を―




「い……げんっ、……ぇ!」


 まだ声をかけてこられる。そろそろ現実逃避を―。


「いい加減待てと言っておるじゃろうが!!」

「っ!?」


 何かが来ることを察知して、体が咄嗟に動く。私がいた場所に、少女の体が飛び込んでくるのが視界に入る。彼女のことを私は知っている。


「何故避ける!?」

「避けるに決まっているだろう―」


 彼との、鉄龍牙との付き合いより短いが、確かに彼女は―。


「狐龍、いきなりどうした」


 蘆埜狐龍は私の仲間だ。そんな彼女からこんなことをされる筋合いは―。


「どれだけ声をかけても無視してくる貴様に言われとうはない!!」

「あっ……、すまない」


 ありまくりだ。現実から目をそらし、過去を思うだけで、未来に向かうことをやめていた私は、生きていなかった。


 これが万が一彼女に危機が迫っていたとしたら、私は本当にどうしようもない奴になっていた。


「……龍牙が死んだのは悲しい現実じゃ、大した付き合いがあるわけでもないわらわも分っておる。けれど、それで悲しむだけであれが喜ぶ奴か?」


 いいや、絶対にそんなことはない。多分アイツは自分が死んだ後も、それを引きずられることは望まない。美味しいご飯を食べて、楽しい夢を見て毎日を生きていて欲しいくらいの奴だ。


 だから、私のやっていることは決して彼が望むものではない。それは、死人を悲しませることなんてやっちゃいけない。全部終わったら、彼を称える像の1つでも作って、英雄として歴史に刻むくらいはしてやらないと。


「まぁ、お前が重いのはなんとなく察しておるから、ある程度軌道修正してやるとして……。まずはあいつの想いの分まで戦うだけだな」


 狐龍の言葉の意味は半分くらい分からないが、彼の分も戦うべきだという意見には賛成する。それはそれとして、私が重いというのはものすごく不愉快だ。


「体重はそこまで重くないと、いやむしろ軽いくらいだと思っているのだがな」

「そういうことを言っておるんじゃないから、安心せい」


 よく分からないけれども、私が太っているという評価ではないらしい。それならば問題はないか。


「ひとまず、どうする? もう1周回って疲れは吹っ飛んだぞ」

「……ならば奴らの計画と、広がっている工場についてを調べるとしよう」




 私と狐龍の二人での捜査。結論から言えばそれはもうあっけもなくそれらしい部屋を発見することができた。


 いや、むしろ奴らの頭脳であると予測できる暴離夜供という妖のことを考えれば、これはむしろ発見させるためのモノなのだろう。


 妖とは人の恐怖や絶望を喰らうことで、自らの糧とする。無論それが必須という訳ではないがゆえに、人間との共存は可能なのだが。


 どちらにせよ感情を、自らの力にすることができる。つまり、情報を漏らすことで相手にそういった感情を与えることができるのならば、たとえ作戦が阻止されたとしても奴らにとっては利益が生じる。


 工場の数などを語ったのももともとそう言った目的のため。しかも阻止しても奴らにとっては問題ないという事実を突き付けたあたり、しっかりと理解したうえで行動しているのがよく分かるものだ。


 だから―。


「……刀の国の全工場を1つに統一しただとっ!?」

「それを活用しての何かを復活させるための行動……、ええいっ! すでにそれが終わったと!?」


 奴らの計画が最終段階に入っていることを、わざわざ見つかりやすい場所に置いておくのは、奴らにとって合理的な行動であった。


 工場が大きくなっているというのも、それは間違いのない事実だ。なにせ無数のそれが統合されているのだから。単純に100以上の工場が一つになったとすれば100倍の規模になるだろう。


 そしてその全てを利用しての復活させようとしているモノ。これが一体何なのか、それは私にも分からない。だがどうせろくでもないものに違いはない。




「ははははっ、あの野郎がいたんだ。お仲間もここに来てるよなぁ?」


 あぁ、そもそもこの情報自体が罠だということも考慮すべきだったか。


 情報を知り、どうにかしてこの工場を破壊しなければと行動を始めようとした、その瞬間の話だ。男の声と共に、強烈な殺意と暴力の嵐が部屋を真っ二つにした。この破壊力を私は知っている。そしておそらく、この国の希望―。


「貴様っ!!」

「さすがにやられっぱなしは腹が立つんでな、先に消し飛ばしてやったぜ! あの男をっ!!」


 私の大切な人(くろがねりゅうが)を殺した、敵の姿が視界に入った。超上級妖、差吊苦に向かって自身の持つ忍者刀を振り下ろす。その攻撃を容易く避けた奴はケタケタと笑う―。


「よくも龍牙を殺してくれたっ!!」

「なんだ、アレに惚れたのか! だったら同じ場所に連れて行ってやるよ!!」


 奴の、殺しの化身との戦いが今始まった。必ずここで奴を殺さねばならない。


 例え全てが奴らの望んだ計画の一部だったとしても、私の想いさえもが罠の一環だったとしても、私は奴を殺すのだ。

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