夢追い人になろう
誰もいない闇の中、無数の記憶の数々が浮かび上がっては消えていく。その全てが俺のモノで、その大半に思い当たる節はない。
だからこそこの世界観も、在り方も欠片も共通点のない全てが、確かに俺だとして―。
「どうしてお前が分かるんだ」
こちらに声をかけてきた1人の少女。よくよく知っている顔だ、なにせここ最近であったばかりで、俺が死ぬ遠因を作った女だ。
「天音さん」
金原神宮の巫女、神域と呼ばれる領域で妖が何かをしていることを伝え、その問題を解決するように依頼してきた人物。
狐龍のための道具の素材を提供してくれる予定だった、一人の女。
そんな彼女が。
「どうしてここにいる」
生きているはずの彼女が、死後の世界にせよ、心の中にせよ、いるはずがないのにここにいる。
これが俺の心が生み出した幻だというのであれば、それこそもっと適任がいるのではなかろうか、紫苑とか。
「それはもちろん、貴方が理由。いい? 私じゃない、貴方が貴方だから私がここにいるの」
まるでそれが誰だって分かる事実とでも言いたげに、彼女はじっとこちらを見てそう語る。
俺が俺だから、彼女はやってきた。言うなれば金銭欲の化身のような彼女が求める存在であるとは、俺自身思っていない。知らない間に貯金が増えている可能性は十二分にあるものの、だからと言ってソレは俺でなくとも構わないはずだ。彼女だからやってきた理由じゃあない、俺だからやってきてくれた理由でなければならない。
そして俺にそんなものは存在しない。俺と彼女の出会い何て言うのはつい最近の話で、まったく理由になるような話なんてありはしない。
いや、一応可能性がある話はあるわけで―。
「一目惚れ?」
「冗談でも笑えないわよ」
その可能性はただの可能性でしかなかった。いやまぁ、現実としてそうだと言われても、俺も困るんだが。
となれば本当に分からない、いやそもそもの解を出すためのモノが足りないのだろう。
「分からない、俺は俺のことが全く分からない。だから、分かっているのなら教えて欲しい」
俺の問いかけを受けて、天音はそれはもう残念そうに、しかしまるで何か大切なものを見るような目で、口を開いて見せた。
「ねぇ、1つ聞きたいんだけれど―」
こちらの問いかけだというのにもかかわらず、彼女は俺に対して逆に質問をしてきた。だけれども、不快な感情は欠片も存在しない。むしろ、そういうものだと当たり前のこととして受け入れていた。
「人知を超えた力を持っていて、困っている人を助けてくれる存在、それを人間はなんて言うか知っているかしら?」
彼女の言葉の意図が分からない。俺の疑問に対するヒントにでもなるのだろうか。だとして、こんな話の何が繋がるのだろうか。
とは言え質問されたのだから答えるのが礼儀だ、少し考えればある程度の候補は絞られる。
人知を超えた力、人ではない存在で人を助ける。そんなものは英雄か―。
「神様仏様か」
その言葉を聞いて、にやりと彼女は笑う。巫女、つまりは神職である彼女にとって、神を出したのはいろいろとまずかったのだろうか。少し考えこむものの、だとするのならば笑みなど浮かべないだろう。
彼女の反応を見て、俺は背中に何か冷たいものを感じていた。氷柱かなにかを服の中に放り込まれたような、そんなぞわぞわとくる感覚。
「おい、まさかそう言うことかっ!?」
俺の理性がそんなものはあり得ないと受け入れない。
俺の正気がそんなたいそうな存在なはずがないだろうと断言する。
俺の常識が、俺はただの凡人だと認めない。
「えぇ、あなたは神なのよ」
その全てを彼女は、まるで躊躇することもなく否定した。
「金原神宮の祀る神とは貴方、だから巫女の私がやってきた」
受け入れる時間も余裕も与えずに彼女は口を開き続ける。
「貴方は救い主としての神、生まれながらに英雄として振る舞うことを求められた者」
どう考えてもおかしい、俺はそんなすごい奴でも縛られている奴でもないはずだと、自分で理解しているはずなのに、彼女の言葉を受け入れ始めている。
「まぁ、正確には怨霊の類なんだけどね」
と言いたいがさらにとんでもない爆弾を叩きこんできやがった。
ちょっと待ってほしい、神で怨念が俺だと? ここまで見てきたものから、そう受け止めるには無理がありすぎはしないか?
怨霊、言うまでもないが霊であり、死者のことだ。恨みつらみによって祟りをまき散らす悪霊。実際、今俺は死んだけれども、だけどそれはつい先ほどからの話だ。神だとかはまだ、生きている時からでも納得できるが、怨霊となるとさすがに期間が短すぎる。
「えぇ、あんたは死んだ期間は短いでしょうね。でも、あんたは自分を何者だと思っていたの? 背景になってしまうような凡人、だけどもそれだけじゃないでしょう?」
あぁ、そうだ。少なくともこの光景を見るまでは、自分を転生者だと思って―。
「転生者、詳しい話は私も聞いたことがある程度の話、初代将軍様の時代の大昔の話よね。1度死んで―」
新たなる生を得た自覚を持つもの、それ即ち生者でありながら死者でもあるということ。故に、俺は生きながら霊であることに矛盾はない。なるほど、あまりにも無茶苦茶な論理だが、一応は成立している気がしないでもない。
だがしかし、それは俺がそういった在り方ができた理由にはなってもだ。俺が怨霊となるのだろうか。そもそも死者が生者の世界に干渉すべきできない、なんて考えていた俺が。
「よみがえった存在、だけれども貴方は純粋なそれじゃあない。そうなるはずだった者"たち"の残骸を組み合わせて作られたもの。本来英雄として世界を救うはずだった者"たち"が、そう在れなかった故の産物」
「……あぁ、ジグソーパズルは本当にそういうことか」
バラバラになって全部そろっていないジグソーパズル、それが複数個あったから混ぜて無理矢理形にしたもの。それが結果的にそれらしい絵に見えているだけ。
俺が英雄たろうとしたのも、英雄をやれなかった者たちだからこそ。なんとも笑える話だ、死人が干渉するべきではないなんて考えていた俺自身が、死人の代表だったのだから。
「……そして、その怨霊を神として崇め奉ることで、その憎悪を、怒りを全てを鎮めるのが私たちの役目」
「つまり俺は―」
「人であり、神であり、怨霊……つまりは魔、妖の同類なのよ」
人であり、神であり、妖である。なんともふざけた話だ、そんな無茶苦茶な在り方の俺がこんなに弱いのだから、世界とは何でもありなのかもしれない。
「だとするのならばアレか? 沈められたせいで俺が弱いのか?」
「そもそもの力の使い方が分かっていないのよ、3割の力を使えていればいい方、それが今までの貴方」
だからこそ、彼女は俺にそう告げた。正しい力の使い方を解っていなかっただけ。
1つの慰めか、それとも自身が信仰する神が情けない姿を晒していることへの怒りか。どちらにせよ、正しく力を使えればずっと強くなるということで。
そもそも―。
「死んだ俺には関係のない話だったか」
たとえ俺が神であろうとも、怨霊であろうとも、死んだのであればそこで終わりのゲームオーバーだ。そこに例外はなく、どうしようもない事実が変わるわけではない。
「えぇ、貴方は死んだ。それはそれとして、鉄龍牙。1人の人間として、1柱の神として、1人の怨霊として―」
俺の心に触れるように、確かに彼女は口を開いて見せる。
死者の心に干渉してくる生者であり、俺を崇める1人の信者などという、まるで俺とは違う彼女はこう問いかけてきた。
「貴方はどうしたいのかしら?」
その言葉は、確かに俺の根幹に向けられた言葉だ。
1人の人間、鉄龍牙としての答えを。1柱の神、鉄龍牙としての答えを。怨霊の集合体である、鉄龍牙としての答えを。
「……俺は、俺は―」
しっかりと胸を張って告げねばなるまい。どうせ誰かに聞かれるわけでもないのだ、恥ずかしがる必要なんてどこにある。ちょっと欲張りなぐらいの方が、寧ろ良いという奴だ。
「英雄をやりたい、刀の国の皆を守って見せる、格好いいヒーローをやりきりたい」
モブキャラで終わってたまるか、俺の人生の主役は俺なんだから、この世界を救うヒーローになってみたいという、1人の人間としての夢だ。
崇め奉られたのであればその分だけ、しっかりと人々に返していきたい、その為に立ち上がりたいという、1柱の神としての夢だ。
かつて主役をやれたはずなのに、その全てを奪われたのだから、今度こそは最後までやり通したいという、怨霊としての夢だ。
1つの意思として、俺の夢としてそう語ろう。決して叶うことのない夢だとしても望むことは自由なのだから。
ならばせめて夢を追う者であろう。夢追い人になろうじゃあないか。




