神域への道も金次第
視界全てが大自然、山林の中を俺たちは進む。目指すのは刀の国最大のパワースポット、神域とも呼ばれる神社、金原神宮だ。
刀の国の技術的にも仕方がないのだが、まるで整備されていない山奥を歩けばなんだが、心がリフレッシュしている気になっていた。マイナスイオンとやらが理由だろうか、大都会に生きる時代になったとしても、自然の中で活動することを楽しむ人間がたくさんいる理由も、なんとなくだが分かる気がしてきた。
前世の俺はそういうタイプの人間だったのだろうか。
そう考えてみると、より体が元気になっていく気がしてきた、実に素晴らしい時間だろう。
ただ一つ―。
「つーかーれーたー」
子供の無遠慮な不平不満の声だ。これさえなければ完璧だと言えただろう。
声の主は蘆埜狐龍、つい先日仲間になったばかりの陰陽寮の次期頭首候補、でありながら陰陽師としての力を振るえない少女だ。
彼女を含めて、俺たち4人は歩き続けていた。
陰陽師としての訓練自体は積んでいても、彼女がまだまだ子どもだという事実に変わりはない。俺や紫苑の歩幅に合わせていれば、疲れが溜まっていくのも仕方がないだろう。
「そうかそうか、ならばそこで1人ぼーっとしてな」
が、それが甘やかす理由になるかと言えば答えはNOである。
これから先の戦いにおいて、1人1人のわがままを聞いてやれるほどの余裕は存在しない。
正直な話、足手まといをするのであれば追放……、というか陰陽寮に送り返すぐらいはしても許されるだろう。
「子どもだから、と優しくはしてやれないという訳だ。悪いがおんぶも抱っこもしてやれんぞ」
俺と意見は一致しているようで、紫苑も厳しくそう告げる。
狐龍も自分たちの状況を理解しているようで、不平不満は述べたものの、足を止めることはしていない。
「分かっておるが、しかしそれはそれとしてまだ着かんのか」
「……まぁ、それはそうだ。紫苑の術は使えないのか?」
空間転移、それを利用することで俺と紫苑は刀の国のいたるところに短時間で移動することができた。しかし今回それを使用していないのだ。
1日に1回しか使えないなどの難点はあるものの、使わない理由はないように感じられ―。
「使わないんじゃあない、使えないんだ」
彼女の自身、何処か残念そうにそう告げた。その声色には自分は悪くないのだと、そう言いたそうにも感じ取れた。
「使えない?」
「あぁ、記録されている座標への転移を行うのが、移動に使ってきた術の特徴だ。龍牙も覚えているだろう?」
「あぁ、ついでに言えばある程度の距離が離れると一度では行けないから、中継地点に転移していたな」
この辺り何でもかんでも万能ではないということの証明でもある。それはもう、都合よく扉を開いたら別の場所、とはいかないのだ。
と、ここで俺も理解した。
「金原神宮が、その記録されている座標に存在しないのか」
俺の言葉を肯定するように、紫苑は首を縦に振って見せた。
「むぅ、刀の国の重要な場所の一つであるのにも関わらず、座標が記録されていないのか?」
記録されていないという事実に対して、狐龍もまた違和感を口にした。
それはそうだ、重要拠点への移動を容易にしておく、というのは誰だって思いつく利便性の向上だ。できるのであればしておきたくなるのは誰だってそうだろう。
むしろしていない方がおかしい案件であり、違和感は膨らみ続けて―。
「はぁ、そんなの神域だから。下賤な人間が近づきすぎればよくない末路が待っているからに決まっているじゃない」
唐突に第三者の声がかけられることで、意識が現実に向けさせられることとなった。
声の主は何者なのかと視線を向け、そこにいた相手を確認する。
「これが叢雲の、初代将軍の後継者? 信じられないわねぇ? こんなのが刀の国の命運を握ってるの? はー、滅びまでの時間が加速し続けるのね」
パッと見ただけで彼女が何者なのかを理解した。纏う衣服は巫女服とでも言うべきもの、こんな場所でそんな服を着ているのだから、彼女が何者なのかは考えるまでもなく理解できる。
どこか全体的に小さい、小動物のような印象を感じさせる彼女は、どこから歓迎していなう様子でこちらを見つめていた。
「初対面の相手にそれはもう失礼だな……」
「ごめんなさい、礼儀を払うべき相手を理解しているだけなのよ」
さもそれが当然とばかりに告げる彼女の言葉は、どこかカチンとくるものがある。
実際の所、自分でも分かっているのだ。俺は伝説の後継者としては落第だと。自分でも分かっているからこそ、イライラするのだろう。
欠点を指摘されるのは、自覚しているからこそ不快感を感じるのだから。
「礼儀を払うべき……か、初対面の相手にいきなり非礼である理由にはなっていないのではないか?」
「はー、まさかとは思うけどそっちのくノ一も? だとするのならばはっきりと言ってあげる」
紫苑が俺の代わりとばかりに、目の前の巫女に対して非難の言葉を口にすれば、それに対してがっかりしたとばかりに、さらに巫女が反応して見せる。
まるで、お前は本気で言っているのかとばかりに、不快感を隠すこともない視線は、確かに何かの意味があるはずだと、俺も紫苑も、そして狐龍も理解していた。
「なんで妖を連れてきてるの?」
「わ、わらわのことかっ!?」
彼女の指摘に対して、半妖である狐龍が反応をする。それはそうだ、この場において妖であるという指摘が当てはまるとすれば、狐龍ただ1人で―。
「は? たかだか半妖如きにこんな反応するわけないじゃないの」
俺たちの認識は、それはもう意図も容易く打ち砕かれる。
狐龍でなければ、いったい誰のことを言っているのか。そう口にしようとして―。
「逃がすわけないでしょーがっ!!」
俺たちの下に、それはもうすさまじい速度で駆け寄ってきた。その手には蛇がのたうち回ったような、まともに読むことができない文字が記された札を持っていた。
「なっ!?」
彼女がその札を、まるで蚊か何かを叩き潰すような勢いで、俺たち―。
「かはっ!?」
と共にやってきた者に貼り付けた。それと共に、俺たちは思い出した。
「こいつっ、誰だ!?」
俺たちは3人で旅をしていたはずだ。金原神宮に向かってからは、俺と紫苑、そして狐龍の3人旅だったはずだ。
俺たちの気が付かないうちに紛れ込み、そして俺たちの記憶を改ざんした―。
「妖に決まってんでしょうが!!」
そんな妖が、確かにそばにいた。
彼女の札によって、妖は塩をかけられた蛞蝓のように溶けていく。
まるで抵抗することすらできずに、数秒もかからずに消滅していく姿は、もはや哀れとすら思えるものであった。
「これに気が付かないなんて、それで本気でこの国を守る気なのかしら?」
彼女はまるで子どもの無茶苦茶な夢を聞いて、呆れ果てる大人のような表情で俺たちを見つめていた。
「……すまない、助けられた」
自分たちのふがいなさを恥じるように、最初に紫苑が口にすれば、俺と狐龍もすぐに頭を下げる。そりゃあそうだ、こんな風に情けない姿を晒してしまえば、それはまぁ礼儀も何もありはしないだろう。それが英雄などと言われていればなおのことだ。
「うんうん、最低限は分かっているようで何より。というわけで―」
俺たちの言葉に満足した様子で、腕を組んではうんうんと首を縦に振る。そうして少しした後に腕組を解けばどこに隠していたのか、それはもう大きな箱を取り出して。
「という訳でお助け料を払いなさい。今なら寛大なこの私、金原神宮の巫女の天音様は優しいから、複数回払いでも許してあげるわ! しかも無利子よ!!」
金を請求してきた。




