立てよ絡繰武勝叢雲!
中級妖が今どこにいるのかは分からない。
である以上はどうにかして、探し出さねばならないわけで――。
「やーいやーい!! さとりに油すましのヘタレ野郎!! この俺様が怖くて出てこれないんだろう!!」
探し出す時間ももったいないから、相手を馬鹿にして誘い出すことにした。
「ははははははっ、ただの一般人のこの俺が怖くて怖くてたまらない、糞雑魚ナメクジのミジンコ野郎!!」
こんな低レベルの煽りで出てくるはずがない、俺も多少は思っているが、しかしながら紫苑から
ある事実を伝えられていた。
「妖は恐怖をくらう、故に恐怖とは反対の侮りの感情をぶつけられることに我慢できない」
「つまり、馬鹿にされたりとかはすっごい嫌だと」
言葉にすると何ともわかりやすい話であり、理解してしまえば滑稽にすら思える話である。
端的に言えば、煽り耐性が異様に低いものが大半である。それも――。
「特にだ自分たちよりも格下の存在に、そう言った扱いをされることを非常に嫌うのだ。そして中級妖にとって、人間は餌にすぎん」
「食べようとしたら、食べ物に馬鹿にされるとか我慢できねぇな、確かに」
人間から馬鹿にされるのは、到底我慢ができない屈辱ということだろう。
つまるところ、子供の幼稚な煽りで十二分に――。
「いいだろう出ていってくれるわ!!」
「後悔しても許さんぞクソガキャア!!」
効果を発揮してくれる。
しっかし2匹まとめてやってくるとは、そして30mのバケモンを真面目に見てしまうと。
(デカいってだけで普通に怖いな、これ)
などと理解させられる。見るに堪えない醜悪な姿を晒した中級妖怪2匹は、どうやら俺が恐怖していることにも気が付いた様子で、ニタニタと笑っている。
が、怖いというのは面がぶっ細工だなぁとかそういう意味でしかない。なぜって?
「さぁ、いろいろと言ってくれた礼だ! 死ねぃ!!」
「ま、待て油すまし!」
決まっているじゃあないか。 熱が宿った右手を天高く掲げ、俺は叫ぶ。
これから何が起こるのかも知らない、油すましはさとりの言葉を無視して、俺に向かって手を伸ばし――。
「絡繰武勝! いざ出陣!!」
叫びと共に、空間に裂け目が生じる。
そこから現れるのは、鋼の腕。伸びたそれは油すましの両腕を地面に向かって叩き落とす。
「ぎぃえぃ!?」
「何奴!?」
さぁ、そんな風に言われてしまえば、俺もそれ相応の立ち振る舞いが求められる。
「寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! 今この地に現れ立つのは!」
裂け目より、ずんずんと足音を響かせ、鋼の武者が現れる。
漆黒の鎧に雄々しき大太刀、勇ましいその姿は、まさしく鋼の勇者。
俺はその武者から放たれた光に吸い込まれ、一体化して見せる。
「初代大将軍、織川光喜様の時代より伝わりし、伝説の巨大絡繰!!」
一体化したが故に、俺の視界は武神のものと合一する。里の家々はつまめるほどに小さく感じ、醜悪な魔の者たちと自分の身長差も消滅した。
「その名も名高き! 絡繰武勝叢雲!!」
名乗りを上げると共に、腰に差してある刀を抜き、正眼の構えと言われる、正中線に沿うように機体の中心で、刀を構える。
「貴様ら妖どもの狼藉を、今ここで叩き切ってくれる!!」
軽く刀を振るい、それらしいポーズを決めてはじろりと2体の妖を睨みつけてやる。
「何が絡繰武勝叢雲だっ!! そんなものはただのハッタリだ!」
さとりの言葉に応じるように、油すましが殴りかかってくる。
「そいつはどうかなっ!!」
実戦と言える実戦は初めて、だというのに数でも負けている。
傍から見ればへっぴり腰の情けない姿であろう、だがそれでもかまわない。
刀を軽く振るえば、油すましを切り裂いた――。
「妖は多種多様だとは聞いたが、血が出ないとは……あぁ、そう言うことか」
気になっていただけだ。
切れていない、血の一滴も出ていない、理屈は実に簡単な話。
油すましの油だ。
前世の数少ない記憶の中に、こんなものがある。【日本刀は3人ほど切ると、血や脂で切れなくなる】という話だ。実際の所、は居合でより素早くするために油を塗るなどという話があるし、そもそも日本刀は油を塗って保管するものである。それで切れなくなるはずがない。
だが、しかし油によって刃物が切りにくくなるというのもまた事実だ。摩擦力が落ちていき、どうしても切れ味が落ちる。
そして、それはまともな油の話であり、妖の油であれば切れ味が落ちる所で済まないというのも納得がいく。
下級の奴らも油すましの油で、剣星と呼ばれるほどの剣豪たちの刀を無力化した、などと言っていた。
故にこの大太刀が封じられてもおかしくはない。
「それがどうしたっ! だったらこっちは――」
その言葉と共に、叢雲の背中にある、風林火山の文字が刻まれた部位が外れ、宙を舞っては俺の手元にやってくる。
「風林火山! 侵掠すること火の如し!!!」
さて、外れた部位が姿を変え叢雲の手に収まれば、そこに在るのは銃の形に変わる。
「ふん、銃が何だそれも俺の油で滑らせてくれる」
実際、普通に銃をぶっぱなしたところで、妖の油によって滑って見当違いの場所を破壊するだろう。まともにやって勝てる相手ではない。
「先人よ、俺に力を!」
その言葉と共に、まるでに相手の言葉を気にせずに引き金を引く。
そうすれば至極当然のように、銃口から身長30mを超える巨人にふさわしい、鉛玉が空を飛ぶ。
「ふっ、そんなものが――」
飛ぶ鉛球を避けることができる生き物などそうはいない、銃弾が飛ぶ速さとやらについてはまるで詳しくはないが、すこぶる早いという事実は誰だって知っている。無論妖でも知っているわけで、だからこそ油すましは、自身の油を信じているがゆえに無駄に動かずに、滑らせ防ぐ魂胆だったと言えるだろう。
そしてそれと同じように、意外と狙って射撃を当てるというのは難しいモノだ。
射的の屋台というものがあるが、そもそも狙ったものに当たらなかったなんて経験は、多くの人が持っているものだ。
故に、動かないでいてくれたことに俺は感謝した、狙いに狙って放たれた弾丸、それは――。
「効くもの――」
「避けろ油すまし!!」
さとりの言葉ももはや遅く、見事に油すましに命中した。
実際は脳天を狙ったものの、腹のあたりに当たってしまったが、それはまぁ良しとしよう。
命中し弾丸は、油で滑り――。
「ぎぃやぁぁぁぁぁ!? 熱い熱い!?」
燃え盛る。
別段放たれた弾丸自体は、ただの鉛玉だ。発火する仕掛けなどありはしない。
「技能装備、うまくいったみたいで何よりだ」
重要なのは、使ったのが叢雲だということだ。 数百人の転生者の命を犠牲に力を受け取った、そんな叢雲が使ったということだ。
転生者にチートスキル、などというのは古今東西ありふれた話だと、俺は前世の数少ない記憶の中から思い出す。実物を見たのか、ただの創作の話かはさておき、そういうものだと。残念ながら俺は違ったが、初代将軍の時代ではそれなりにそう言う奴がいたらしい。
そしてそんな彼らが、命を懸けてこの叢雲を作った。
叢雲にそのスキルを装備させることで。
つまるところ――。
「いやはや、先人様々ってな」
この発火現象もまた、そのスキルの一つ。どのような場所でも望むだけで炎を灯すというもの。残念ながら前回の妖異常発生では、妖にはまるで通じなかったものの、それは人間の力だったから。
格が人間とは違う、叢雲が使ったとなれば、大きな威力を発揮するのも必然。
ついでに言えば、全身油まみれになっていたこいつが、火を近づけられれば燃えるというのも、当たり前の話なわけで。
「さぁ、行くぞ叢雲!」
ここからが本番だと、武装を構え直し俺は戦意を燃え上がらせた。