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絡繰武勝叢雲  作者: 藍戸優紀
第8話 エリートの中の落ちこぼれ
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認識できない力は存在しないのと同じ

 狐龍が力を持っていることは、それこそ少しでも戦場に出たことがあるものならば、よほどの人間でない限り理解ができた。


 例えば、山に登っている最中に熊に遭遇した人間が恐怖を感じるように。ナイフを振り回す人間に立ち向かうことが、こちらが武装していても難しいように。狐龍の存在は、少し力を振るっている姿を見れば、その力の片鱗を理解した。


 にも拘らず誰が見ても、それこそ力を振るっている当人ですら、何も変化を感じ取ることはできないでいた。


「……何も起きていないってのはなさそうなんだけどなぁ」


 力が働くということは、何らかの変化が生じるということだ。


 仮に力が働いていても、何も変化がないとすればそれは2つの可能性がある。


 1つは力が足りないという可能性、当然の話だが力が足りなければ変化は生じない。物を持ち上げようとしても、重すぎたり非力だったりすれば持ち上がらないのと同じことだ。


 だが此度ではその可能性は不適だ、なにせ狐龍の持つ力はパッと見ただけで分かるほどのもの。現役の陰陽師でも、彼女を上回る力を有している人間はいない。


 陰陽寮のトップであり、狐龍の父でもある蘆埜明宣を含めてもの話だ。


 だからこそ、考えられるのはもう1つ。


「俺たちが知覚できないほどに、強大な力が生じている」


 なんともふざけた話だ。


 力が強すぎて、誰もそれを認識できていない。俺がたどり着いた結論はそれだった。


「人間の持つ力で、そんなことがあり得るのか?」


 俺の語った結論に、紫苑は小首をかしげながら疑問を呈する。


 そんなことがあり得るのか? という疑問も至極当然の話だ。


 それこそ、初代将軍の時代の転生者の持っていた力でさえ、何らかの力が生じ何らかの現象が発生していた。


 紫苑からすれば、人知を超えた力の最上位として、転生者の持つ力があったのだろう。


 だが、転生者である俺は確かにそういった現象を知っている。


 その1つが地動説というものだ。天体が変わるのは地球が回っているから、なんて言う前世の世界では常識中の常識。


 残念ながら、この世界でもそうなのかは分からないから、紫苑に説明するのに適した話ではない。


 だがしかし、少なくとも前世の世界で普通に生きている人間が、地球が回っていることを確かに実感しながら生きているなんて言う奴の記憶は、どれだけ思い出そうとしても、欠片も出て来ない。


 地球の自転という、人類の視点で見た時、強大にもほどがある力を人類は感じ取れないのだ。だからこそ、最初人々は天動説を支持したのだ。


 しかしながら、紫苑には何らかの形で納得ができる説明が必要だ。


「俺たちが知覚できない力が、確かに存在しているのは妖の力を見れば分かる」


 故に、今回の俺の想定している事例とは違うが、知覚できない力についての実例を挙げてみせる。


「あぁ、そうか彼女は半妖だったな」


 さとりの持つ心を読むという力は、それこそ奴がペラペラ喋らなければ知覚できないことが代表的だが、妖の持つ力には人間の常識では、どのようにしてそうなっているかを知覚できない類は多い。


 それに転生者の振るう力も似たようなものだ。


 叢雲に刻み付けられた先人の力の中にも、時間停止という代物がある。


 時間が止まっている以上、その力を行使したことそのものは、使用者以外にはほぼ間違いなく認知できないだろう。


 正しく何が起きているのかを認知できないという点で言えば、それこそいろいろと現実として存在している。


「……人間の感覚器官で認知できない、その中に大きすぎるって可能性はないとは言い切れないんだ」


 無論大きいから、強いからいいという話では決してない。


 モノには適した大きさや力というものが存在する。


 例えば精巧なガラス細工を持ち上げるのに、強力な万力のような力は適さないように。


 繊細な切り絵を作るときに、身の丈ほどもあろうかという刀を使わないように。


「……その力を、人間の知覚できる範囲に抑え込むというのがすべきこと――」


 だからこそ、俺は紫苑の語り始めたことを否定しようとして――。 


「ではないんだろう?」


 彼女はとっくに理解してくれていた。


「あぁ、そもそも力がそこまで強大であるという可能性にすぎない。制御……いや力を弱くすることは、彼女の才能を失わせることだ」


 陰陽師は妖退治の専門家の一つ。


 直接妖と戦ってきた俺は断言する。弱い力では決して妖には立ち向かえないのだ。


 奴らと戦うのであれば、常識的―それこそ、宇宙をリセットするだとか、世界を思う通りに作り替えるなどという規格外でもなければの話だ―な範囲であれば強すぎるというものは存在しないだろう。


 彼女の力は、彼女が善性である限り彼女の宝なのだ。


「……となると、強大過ぎる力を強大過ぎる力のままに、彼女が自覚して扱えるようにする必要があると」


 少し考えた紫苑は、俺に向かってそう語る。


 実際その通りだ、たとえどれだけ強い力でも、使っている当人が何ができるのかを把握していなければ、それは宝の持ち腐れ。


 どれ程に便利な道具も、使い方が分からなければそこに在るだけのゴミにしかならないのだ。


 初めて叢雲に乗り込んだ時の俺は正にそれであった。


「……まぁ、それこそムラマサ頼りかねぇ」


 当然それは最初から分かっていた、だから考えて結論を出そうとして。


 出なかった。


 そりゃあそうだ、俺は平々凡々の凡人だ。99%の努力があっても、1%のひらめきがなければ意味がない。等という言葉があった記憶がある。残念ながら、その1%を俺は持っていなかったのだろう。


 まぁ、それはそれとして99%の努力も足りていたか? と言われれば間違いなく足りていないのだが。


 そんな中で、唯一その手の大きな力の利用について、知識がありそうな知人はムラマサたちであった。


 叢雲しかり、ノノウしかり。俺たちが扱う絡繰は強大なエネルギーで動いている。


 エネルギーとは即ち力だ。


「叢雲やノノウを動かしていて、その力の存在を疑うことも、その力が不安定だと感じることもなかった」


 ならば、形は違うとはいえ強大過ぎる力を扱うノウハウを持っているかもしれない。


 もしかしたら、狐龍の力についてのヒントが手に入るかもしれないのだ。


「……専門外という可能性が普通にある、そもそもの俺の予想が実情とは異なっている可能性もある」


 しかし、それは俺の都合がいい予想。実際はどうなのかは分からないし、むしろ異なる可能性は普通にあるだろう。


 それでも、だとしても―。


「確かめてみないと分からない、可能性があるのならばやってみる価値はあるだろ」


 0でないのならば、やる価値は必ず存在する。


 奇跡的な可能性でも、在り得るのであれば試してみる。


「まぁ、そう言う訳なんで―」


 方針は決定した、ダメで元々の作戦ではあるが、何でもやってみなければ分からない。


 俺は誰もいない(・・・)場所をじっと見つめて、口を開いて―。


「だから、ちょいと狐龍ちゃんを連れ出しますけど、いいですよね?」

「あぁ、構わん」


 そこにいた(・・)明宣に対して、許可を求めた。


 彼女を連れ出す許可さえもらえれば、直接ムラマサに見せることができる。


 ありがたいことに、即断即決で彼女を連れだすことの許可ももらえた。


「さてと、紫苑……今回はかなり長丁場になる気がするんだけど、付き合ってくれるか?」

「断られたとしても、私はついて行くぞ?」


 すべき目標が見つかったのであれば、後は一直線に突き進めばいい。


 俺だけならば届かなくても、紫苑と一緒ならば乗り越えられる。


「そいつはありがたい」


 心からの言葉と共に、俺たちは一歩を踏み出した。

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