目指すはヤトマの陰陽寮
「ふむ、刀の国の各地に……か」
先日発覚した、超上級妖暴離夜供が行っている計画の存在。それは刀の国に109の妖獣機、妖たちの兵器の製造工場が存在するという問題であった。
しかも、厄介なことにこの工場、破壊しても別の形で奴らの計画が進行してしまうという代物である。
破壊しても、放置してもどちらにせよ奴らの都合がいい未来になっている。
正直なところ、想定できる範囲での最低最悪と言っても過言ではないだろう。
奴の頭がいいかどうかは、この際さておき悪趣味な奴であるという点だけは、恐らく大半の奴が肯定してくれるはずだ。
「ひとまず、調査に関してはこちらで担当する。残り108であったな?」
オエード城の天守閣に、俺たちを呼び出した将軍様も苦い顔でそう考えているのだろう。
刀の国の異常事態、妖の異常発生。それすらも前座だと考えざるを得ない事態に、俺たちは恐怖すら感じていた。
「……はっ、109ある内の1つを私たちが破壊しました。工場が付喪神と化していたため、調査を行う者たちや各地の武将たちにも厳重に注意するように伝えてください」
「分かった」
紫苑の提案もまた重要な事である。中級以上の妖相手に、まともに戦いをするためには叢雲が必須と言っても過言ではない。大軍勢を率いれば話は変わるかもしれないが、それは容易なことではないのだから。
「さて、お前たちの報告も大事なことなのだが、実はお前たちを呼んだのは報告が目的ではない」
それはそうだ、将軍様が知っているはずがないのだから報告をしたのであり、知っているのならばする必要も無いし、わざわざ呼び出す必要も無いのだ。
故に別件で何かがあるのは理解していて――。
「お前たちに頼みがある」
そのことで頭を抱えさせられるのだと、理解していた。
別段断る理由もないし、やるべきことはあってもやるべき内容が分からない以上、向かうべき場所が分かるまでの時間も潰せるしで、いいことづくめではある。
「……喜んで」
ただし、それはもう苦労するであろうことも、また事実なのだ。
「ヤトマの国の陰陽寮に向かってほしい」
「陰陽寮……ってなんです?」
俺の疑問に、将軍と紫苑は仕方ないといった様子で、説明を始めてくれた。
「陰陽寮、とはこの国の時や暦、天候なんかの担当をしている部門だ。そしてそれと共に、対妖の専門家集団の育成をしている部門でもある」
「……どうして、時や暦が対妖の話につながるんです?」
時や暦の担当、というのは1年の始まりや何月が何日あって、1日が何時間といった話を見ているということだ。
しかし、これが対妖についての話になるのかが俺には分からなかった。
「1年の間で妖の力が増減する日や時間がある。よっぽど緊迫した問題でもないなら、敵が弱くなる時間に戦うのが一番だろう?」
「また、この時期にこの妖が発生しやすくなる、といった傾向なんかもある。その条件が満たされた時に、各地に警戒指令を出すのも陰陽寮の仕事だ」
説明されれば、なんとなくは理解出来てきた。妖を自然現象として考えれば実に分かりやすい、妖の発生予報は天気予報の一環ということなのだ。であれば、自然、天候などを見ている部門に仕事が回ってくる。
「無論、彼らは侍や忍者に勝るとも劣らぬ実力者でもある。そしてその陰陽寮の中心で活動している名家の当主から、ある依頼が来てな」
どこか苦々しく……というか、難しそうに将軍様が依頼の内容を口にしようとして――。
「彼らが噂の、ならば直接したほうがよかろう?」
俺たちの目の前に、本当に瞬きすらしていないのに、声と共に一人の若い男が立っていた。
全体的に細身の体ではあるものの、身長はパッと見ただけで190、いや下手したら200を超える長身。そこにさらに烏帽子まで被っているものだから、縦の長さは今まで見てきた誰よりもデカいと感じさせられた。
何を考えているのか掴めそうにない、まるで深い闇の中かむしろ影一つない光の中か、どちらにせよ普通の人間ではないのだと、俺は察することができた。
「私は現陰陽寮の統率者、蘆埜明宣というものだ」
白い狩衣をまとっている姿は、それこそ貴族なんかの偉い人であるということが、なんとなく察せられるものではあったが、まさかの一部門のトップである。
そんなお偉いさんからの頼み、というのはそれ相応に厄介なことであろうかこと、それこそ一瞬で予想ができる。
「時間ももったいないから、依頼についてすぐに話すが――」
それはきっと、とんでもない大妖との戦いだったり、ヤバい遺跡の探索だったりするのだ――。
「……私の一人娘の事でな」
と思っていたおれの考えは空回りしていたようである。
……ただ、これは予想するの無理だろう。いや、真面目に一人娘? まぁ権力者だから結婚したりしてて当たり前だけどさ? 娘がいる歳には見えないほどに彼は若々しく見えたのだ。
「あぁ、先に言っておくが養子ではない。というか、その顔私の年齢を実際より若く見ているな? 私はこう見えても40を超えているぞ」
だからこそ彼の言葉は、俺にはどこか困惑すら感じさせる言葉だった。
見た目と年齢が一致しない、なんてのはそれはよくある話だろう。だが、それを納得できるかはまた別の問題である。
「え、マジで?」
「マジもマジの大マジだ」
嘘が欠片もなければ、動揺している素振りすら見せない。ついでに言えば俺の視線に対する不快感すら感じている様子がないのだ。
「まぁ、良く驚かれるからな」
「いや、俺何も言ってないんですけど!?」
「心を読む程度造作もないからな」
困惑を隠せないままに、どんどんと大きな力の一端を明かしていく、この男。
見た目はさておき、陰陽寮という一大組織のトップであることへの説得力はみるみる増していく。
「さてと、話を本題に戻そう」
「ですね、娘さんがどうしたんですか?」
そんなすさまじい人物の悩みなのだ、きっと娘の話だとしてもとんでもないことなのではなかろうか。
「……代々我が家系は陰陽師として、陰陽寮を統率していた。無論自分たちより優れたモノがいれば交代するつもりだったらしいが――」
「なんやかんやで、ずっと一番だったんですね?」
「そう言うことだ」
と、誇らしげにしているところを見るに、彼は陰陽師を務めていることも、自分の立場も誇りにしているのだろう。
俺も分かる、最初は無理矢理なところもあったが、今では叢雲に乗り込んで戦うことに誇りを持っているのだ。
「……で、娘なんだが……才能はある、私の目は確かだ」
……この言い方から、俺は何となく理解した。完全にこれは俺の専門外の話になるのだと。
「だが、どういう訳かまるで伸びない」
苦笑いを浮かべながら、彼は告げた。
「私の娘を鍛えて欲しい」
鏡があったわけではないが、俺の顔が物凄く引きつった表情をしているのは、何となく自分でも分った。
俺はもちろん紫苑もそうだが、陰陽師の訓練なんぞ受けたことはないし、陰陽師についても詳しいわけですらない。なんならロクに知識がないの方が正確だ。
そんな俺たちに、鍛えて欲しいというこの男。明らかに正しい判断をしているはずがない。
この事実を踏まえて、俺は理解したのだ。
「分かりました、成果には期待しないでくださいよ?」
彼は、それはもう追い込まれているのだろう。
専門外の人間の手に縋ってしまうほどに。
ならば、手を差し伸べるのは英雄として、男として、いや人間として正しいことではなかろうか?
いや、きっとそうに違いない。俺はそういう人間でありたい、だから彼の力になることにした。




