ひっくり返せ、絶望の未来
俺と紫苑が一つになる、叢雲とノノウが一つになる。
天翔ける勇者がこの世界に生まれる。
「……この身の全てをかけてでも」
「守りたい全てを守ろう!!」
啖呵を切ると共に、拳を突き出せば敵の頭に照準を合わせる。
「退魔爆滅鉄拳!!」
俺の叫びと共に、天叢雲の右拳が飛ぶ。もともと叢雲ができたことだ、構成する要因として叢雲が存在する以上、できない理由は存在しない。
そして当然――。
「弐式ッ!!」
この拳は叢雲のモノよりも破壊力が凄まじい!!
紫苑の言葉と共に、拳が高速回転を始める。まさしくその姿はスーパーロボットの伝家の宝刀の一つと言っても過言ではない、ドリルそのもの。
巨体を誇る付喪神では避けることなどできるはずもない。
「そのままぶっ飛べぇぇぇぇッ!!」
徐々に奴の体が浮き上がろうとするほどに、拳が突き進む力は止まらない。
しかし――。
「どうやら奴は、無理やりにでも地上に残っていたいらしい」
内部から延びだしたロボットアームが、むりやりにでも飛ばされまいと、大地に伸びては縋りつこうとする。
それと共に、退魔爆滅鉄拳弐式の力では浮かび上がらせることも難しくなっていく。
「だが、どうやらまだまだ頭が良くないらしいな」
「あぁ、拳は2つある!!」
その言葉と共に、左の拳も宙を舞う。
右の一撃だけで、奴の体が浮いていたのだ。左も加わればどうなるかなど言うまでもない。
大地の方が耐えられず、天高く付喪神が吹き飛ばされて行く。当然ここからの追撃を仕掛けるのだが。
「ほう、手が使えないことに気が付く程度には知恵があるらしいな」
奴に浮かび上がっている顔がにいぃっと、醜悪な笑みを浮かべているのが目に見えた。
そりゃあそうだ、人間は手を使って道具を使うのが当たり前。そりゃまぁ、足で何かを弄ったり、蹴って遊んだりすることはあるが、普通は手でする。
ただし――。
「対妖鋼弾!」
それは人間の話だ。
天叢雲は絡繰だ、ロボットなのだ。人間と完全にイコールの筈がない。天叢雲の飛んでいった拳に隠されていた場所、肘関節の断面から無数の弾丸が放たれて行く。
一つ一つが退魔の力を凝縮した、対妖用の代物。一つ一つの破壊力は他の武装よりは低いが、その連射速度は何よりも速い。
空を飛ぶ力を有さない奴は、地球の重力に従ってそのまま大地に墜ちるまでの間、ひたすらに撃ち込まれて行く。
敵の体をハチの巣にせんとばかりに、弾丸の雨あられが付喪神を撃ち貫けば、それに対応せんと工場もまた、限界まで稼働が加速していく。
「さて、再生の速度も上げてきたな、だがそれでいい」
付喪神が大地に墜ちると共に、2つの拳があるべき場所に戻ってくる。
それを確認すれば、全速力で奴の目と鼻の先まで接近を開始する。
無論それが何を意味するのかを理解した奴は、無数のロボットアームや、恐らく妖獣機のための武装を放ち、迎撃を開始してくる。
迫る弾幕をある時は隙間をかいくぐり、またある時は装甲の分厚い部分で受け止めて強行突破、天叢雲の性能をもってすれば造作もないことだ。
「今までは時間をかけて、良いパーツを使っていたんだろう?」
だが、しかしそのパーツを使い切らせてしまえばどうだろうか?
「出来が悪い代物、本来ならば廃棄される代物が混じりやすくなってきたんじゃあないか?」
どれだけ技術が進歩しても、不良品というものが生じてしまうのは、前世の世界でも変わらなかった。
ならば、工場の化身であるこいつだってソレは変わらないだろう。
不良品を破棄する余裕がなくなれば、出来が悪いパーツが紛れ込みやすくなるだろう。
「そうとなればっ!!」
そんな状態に追い込まれてしまえば、再生も完ぺきではないという証明。
強烈な一撃を叩きこめば――。
「天上!!」
「天下!!」
「抜倒ぉーけぇぇぇぇぇんッ!!!」
打倒の未来もすぐそこだ。
俺たちの声と共に、鞘から引き抜かれた豪壮なる退魔の刀。それは全ての妖にとって、最も恐れるべき代物。
掠っただけでも致命傷になり得るそれを見て、付喪神もようやく恐怖を感じたのか、後ずさりを始めようとした。
だがもう遅い。天叢雲がこの刀を抜いたということは、俺たちの敵の終わりを意味する。
言うなれば処刑の執行。妖は既にギロチンにかけられ刃が落ちるのを待つ、そこまで追い込まれているのだ。
「敵もデカい、一撃では難しいな」
「なら、何度も切ればいい」
天下抜倒剣と変わらず、天上天下抜倒剣の弱点だが、一度振るえば退魔の力を刀身にチャージするために、鞘に納刀する必要がある。
「ところで龍牙、居合を知っているか?」
ならば、その弱点を踏まえた運用の仕方をすればいいだけだ。
今までならば、確実に仕留められる状況で振るってきた。でも一撃では倒せない、ならば――。
「どのような状況であっても、不意の襲撃であっても対処するための方法……という奴でな、普通にやるよりも速く刀が振れる、まぁ本来ならば初激のための技術だ。それはそうだろう? わざわざ刀を抜いてまた納刀する隙があるのなら、そのまま戦った方がいい」
「だけど、納刀しなければならない理由があるのならば、話は別だよな?」
退魔の力を刀身に込めるための納刀、それをするのならば居合で斬る方が。
「速く何度も強烈な攻撃を叩きこめる、ある意味でもっと早くお前に教えておくべきだった技術だな」
「よし、細かい制御はこっちで担当する」
天叢雲は二人の人間が操縦する代物。基本的には叢雲がベースである故に俺がメインで操縦をしていた、しかしそれでは俺ができない事で、紫苑ができることはできなくなってしまう。故に、メインの操縦の交代を行うことができるのだ。
そして、居合のために俺ではなく紫苑がメイン操縦を担当することにした。
それと共に、天叢雲の立ち方が、構え方が、放つ闘気の色が変わっていく。
「行くぞっ!」
言葉と共に、付喪神とすれ違う。その次の瞬間キンっ!と甲高い音が鳴る。
斬、斬、斬!
一撃一撃がすれ違うたびに叩き込まれる。
それも目にも止まら速さ、今この瞬間の天叢雲は風よりも、音よりも、光よりも早い。
体制が崩れないように、俺も精神の全てをかけて制御に集中する。
「天上天下抜倒剣!! 飛華落葉ッ!!」
彼女の言葉と共に、何度も何度も切り刻まれた付喪神の姿が、舞い散る花のように消し飛んで――。
付喪神という力が失われて行くのが、まるで枯れ木から葉が落ちるように、奴の体がばらばらとなっていく。
「成敗っ!」
紫苑の言葉と共に、切り刻まれた工場の付喪神は天高く伸びる火柱を上げ、この世にあったことの痕跡すら残さずに爆散した。
「……あぁ、くそ。俺たちは何も守れなかった」
それはそうだ、最初から守るべき人々は死んでいたのだから。
俺たちにできるのは敵討ちだけだ、救えなかった人たちの無念を晴らした気になるだけだ。
だからこそ、俺たちは奴らにこの時負けたのだ。
「この無念、決して忘れるなよ?」
紫苑は俺にやさしくそう告げた、彼女は元々優れた忍だったのだ。それこそ将軍のための忍集団のリーダーを務めていた程度には。
それはきっと、こんな無念を何度も何度も経験してきたに違いない。
被害がなければ、俺たちは動けないのだから。
だから、そう言う意味では今までの、勝てた戦いは運がよかったんだろう。
俺たちみたいな人間の戦いは、基本ずっとずっと敵を倒しても負け続ける、そんな最低で最悪な道なのだろう。
その先にあるのは困難だけだ、俺はそれを知ったのだ。
「あぁ、それでも俺たちは進まなきゃいけない」
「そうだ、失われた命に応えるためなら、きっと止まることなど許されないんだろう」
最初は成り行きだったけれども、それでも俺は自分の意思で英雄をやるって決めたんだ。
だったなら……幾千、幾万、幾億と戦い続けることになっても、そしてこんな悲劇があったとしても、それでも俺は戦おう。
全ての無念を背負って、背負いきれなくなったなら引きずって、自分の命の炎を燃やし尽くして戦おう。
「……だが、それは龍牙だけが背負うものじゃない」
「俺だけじゃない……」
「私がいる、将軍様もいる、他にも助けてくれる者はきっといる」
……あぁ、分かってる。
だからこの戦いは辛く苦しいモノではあっても、したくないものでも、嫌な事でもきっとないはずだ。
なにもしなければ、待っているのは絶望の未来だけ。だけど、きっと俺たちの苦難の道の果てには希望の未来が待っている。俺はそう信じている。
次回予告
辛く悲しい戦いを乗り越えて、奴らの目的を掴んだ俺たち。そんな俺たちの下に将軍様からある指令が届いた。
ヤトマにある、陰陽寮にてある人物が待っているという。陰陽寮ってことは、もしかしなくても陰陽師!?
代々妖退治の家系として存在する家系から、俺たちに向かってSOSだという。
おいおい、それほどに厄介な妖何て天叢雲でも勝てるのか!?
次回! 絡繰武勝叢雲
「エリートの中の落ちこぼれ」
努力や血筋なんかより、よっぽど大事なことがあるのかもよ




