ジ・エンド
「それではお二人ともどうされますか? 有効打が存在しない私と戦うか、ここからすたこらと逃げ帰るか、私の計画に利用されることを前提に、この工場を破壊するか」
現実的に考えて、俺たちに与えられた選択肢。
勝てない相手に戦いを挑むのは愚者のすることである。故に奴との直接対決は論外である。俺たちの最終目標は、刀の国の平和を守ることなのだから。奴が好き勝手出来る状態に、最終的になってしまってはいけない。
俺たちが負けて死んでしまえば、最悪の負けになってしまう。
ではおめおめと逃げ帰るのか、それもまた論外である。放っておけば苦しめられる人々が永遠に増えていく。
目の前で苦しんでいる人間一人助けられなくって、何が救えるのだというのか。
だから、俺たちは――。
「いいぜ、利用されてやる」
「その計画を達成させたうえで叩きつぶす、それで構わないさ」
敢えて乗ることにした。
そりゃそうだ、そうしなければ進めない。何もしないで部屋の隅っこでぶるぶる震えて、多くの人が犠牲になり続けるのならば、一か八か俺たちが強くなって、真正面から苦難にぶつかっていくほうがマシだ。
「ふふふっ、良いですねぇそれでこそヒーローというものです」
どこかこいつの言葉に違和感を感じはするものの、それを気にする余裕は存在しない。
ただ一つだけ、目の前の男は必ずいつか倒さねばならない。この事実だけを魂に刻み付け、見逃されるがままに工場を進んでいく。
「ふふっ、しかしどれほどのヒーローであっても、彼らを救えはしないでしょうに」
ぼそりと呟かれた言葉の意味を、俺たちはまるで理解しないままに囚われの人々の下へと向かった。
工場で働かされていた人々は、まるでそれが当たり前のように手を動かしていた。
それが普通の事である、というのであれば妖が人々を雇ったとかそういう方向性で受け入れることもできただろう。
「なんだ、この臭いは!?」
工場の中で強烈な異臭が漂っていなければ、の話だが。
「まるで感じていないみたいだが、どういうことだ?」
俺たちがやってきたことも、この工場の中に漂う、それこそ生ごみを腐らせそこに強烈な臭いのチーズやくさや、ついでとばかりに汚物まで混ぜ合わせたような異常な臭いすらも感じていない。
「……どういうことだ」
「機械の臭いって感じじゃあなさそうだけど……」
鼻が曲がりそうになりながら、俺と紫苑はこの臭いの元凶らしきものを探して、工場の中を駆け回った。
働かされている人々はまるで虚空を見つめたまま、俺たちの姿や声も届かず、異常な臭いも気にせずに仕事を続けていた。まるでそう言うロボットか何かの様だとすら感じられるわけで――。
「何もないだと?」
「……どういうことだ、この臭いの源は――」
俺たちは目をそらしていた現実をようやく直視させられた。
何か知らないのかと、無理やりにでも話を聞こうと村人の一人に触れたその時だ。
「……冷たいだと?」
体温を感じなかった。
人間は哺乳類の一種であり、恒温動物である。
恒温動物というのは、外気温が変化しても体温を一定に保つことができる動物のことだ。この程度の知識が残っていたことを、俺は驚くと共に理解させられた。
「……あぁ、なるほど最低最悪だな」
「くそったれっ!!」
俺たちが救える人間はここにはいなかった。全てが遅かったのだ。
「俺たちが来るのが早かったら――」
俺の叫びが響き渡り始めたその時だ。
「いえいえ違いますよ、最初から全員死んでたんです」
奴の言葉が耳に届いていた。
「間に合わなかった? 違いますよ、最初から殺して利用していたんです」
「っ!?」
それはおかしい、工場の外ではこんな異常は起きていなかった。そう考えそうになって、俺と紫苑は目を逸らしてきた現実を思い出した。
「……幻覚か」
疑いだせば何も信じられなくなる可能性。
全てが夢か幻か、故に俺たちは考慮しないことにした。
「五感全てをだますのは中々に難しいモノですので、私は視覚と嗅覚だけだますことにしたのです」
腐り始めた死体だと、見ても嗅いでも分からないようにするためだけのソレ。わざわざ人に直接触れることはないから、触覚をだます必要はない。心音を一々聞くはずがないのだから聴覚をだます必要も無い。
当たり前だが人間を食うなどいう、異常な可能性を考慮する必要はないので、味覚をだます必要も無い。
「それならばまぁそう難しいことではありませんから」
あぁ、なんともくそったれで確実な嫌がらせだ。
「救助対象はそもそも存在しない」
俺たちの勝利とは何なのか、何かを行動するうえで最も意識しなければならないことだ。
お金を稼ぐために仕事を始めたら、仕事の経費の方が掛かってしまって逆に貧乏になりました。なんていうのは、目的を達成できていない以上論外である。
それと同じように、目的を達成することこそが勝利なのだ。
例えば自分が死んだとしても、守りたいものを守り抜き、倒すべきものを全て倒しぬいたのであれば、それは立派な勝利だ。
その上で、俺の勝利とは何なのか。
妖の異常発生を終わらせること、差吊苦達の野望を阻止すること。確かにそれは目的だ、最も大きな大目標だといっていい。
だがそれ以前に、1つ1つの戦いにおいての目的がある。
俺たちのそれは被害を発生させないことだ、守るべき人々を守り抜くことだ。
逆に言えば被害者しかいない、守るべき人を誰一人守れないというのは完全なる敗北である。
「最初から守るべき対象は存在しません、だって全員死んだのだから。ゲームに参加した段階で貴方たちは負けていたんです」
だから、最初から俺たちは負けていた。勝利条件を満たせず、敗北条件だけを満たしたのだから、俺たちの完全な負けだ。
「さてと、嫌がらせも完遂した所で、お二人には……私の計画通り戦っていただきます」
奴の言葉も俺の耳には届かない。
工場そのものが妖となっていくのが見えたが、俺の体は動かない。
妖は何かしようとしているが、負けた俺たちに何が――。
「まだ終わってない、引き分けに位はしてやろうじゃないか」
できるのかと考え、動けなくなっていた俺に対して、彼女はそう口にし俺に手を差し伸べてくれた。
……彼女の目に闘志の炎は燃え盛っていた。
「あぁ、まだまだ俺はヘタレだなぁ」
俺は紫苑の手を取り、自身の手の甲に宿るものを見つめる。
先人たちの魂を受け継ぎ、前に進まねばならないのだから。
魂の炎が消えかけていたが、確かに今再び点火された。
「ボロボロになっても格好をつけたいんだが、付き合ってくれるか?」
「あぁ、私が折れることもまぁないだろうが……、その時は私を無理矢理にでも連れていってくれ」
2人の心は2つで1つ。
俺と紫苑は熱が宿った右手を天高く掲げ、紋章を光り輝かせる。
することなどただ一つ、負けたからと言ってそこで止まってしまえば、被害者は増え続ける。
だから決して止まることなど許されないし、俺自身が許すことをしない。
「絡繰武勝!」
「絡繰忍勝!」
これより現れ出でるモノの肩書を声に出せば、戦う者としての在り方を完全に表に出す。
「いざ!!」
二人の言葉がシンクロすると共に、光はさらに強くなる。
「出陣!」
「推参!」
言葉と共に、俺と紫苑はそれぞれの鋼の半身を身にまとう。
工場の中から地上へと飛び、姿を現すは巨大なる絡繰巨人。
無念を背負って俺と紫苑は、いや。叢雲とノノウは地の底から現れた工場の付喪神を相手に戦士として立ち向かうのだ。
勝てないようになっているのならば、せめて相手も負けの引き分けにしてやらなければ意味がないだろう。




