歩んだ軌跡は消えはしない
自己紹介中の敵の顔面目掛けてぶん殴る、確かにそれは正義のヒーローらしからぬ話だろう。
だけど、それを悪党に言われる筋合いはない。当たり前の話だが、現行犯で悪いことをしていた人が警察に逮捕されたとして、そのことをかわいそうだと思う奴など、よっぽどの変わり者でもない限りいないだろう。
世界征服を企んで、それこそ無辜の民を殺してきた悪の組織がいて、その組織がヒーローに全て破壊されたとする。悪の組織がかわいそうだと思う奴などいないだろう。
それと同じだ、悪党からの非難などむしろ誉め言葉でしかない。
俺は英雄として振る舞わねばならない転生者にあるし、それを受け入れている。
ついでに言えば、俺は仮にそんな在り方でなかったとしても、刀の国で生じている脅威を知れば、自分の意思で戦うことを選べる人間……であったと思う。少なくとも今の俺は、そうでありたいと思う。
だからこそ、自分自身の評価をはっきりと言えば、俺は英雄としては弱いのだ。
子どもたちがテレビの前で応援してくれるような、格好いいヒーローではない。
少年や青年がページをめくって、すげーと言ってくれるようなヒーローではない。
だからこそ、俺は―。
「悪いが手段を選んでいる余裕はない!」
あぁ、本当に格好よくない。だけども、それでも―。
「勝たなきゃいけないんでな」
正直なところ、不意打ち顔面パンチをかましたが、この程度の行動でダメージになっているとすら思っていない。
だとしても、それで勝ち目がないなどと怯えてはいけない。絶対的なピンチだとしても、それでもなお不敵に笑うぐらいはしなきゃいけない。
「そして悪党に余裕を持って対処してやれるほど、悪党に慈悲の心も持ち合わせちゃいない!!」
格好つけて啖呵の一つでも叩きつけなければならない。
だってそうでなければ、格好つけることを続けなければ、俺は両の足に入れている足が折れてしまいそうになる。
「悪党ですか――」
あぁ、それに。
「そうだ、悪党だ!!」
俺は一人じゃあない。
奴の影から現れた紫苑が、忍者刀で斬りかかっていく。確実に仕留めるとばかりに首を狙って。
「……っ、やはり超上級か」
「まったく、ヒーローらしくないにもほどがありすぎる」
まるで金属の塊を叩いたような、ガキンっ! と大きな音が地下空間に鳴り響いて行く。
「だがいいでしょう、改めまして。私の名前は暴離夜供、ご存じの通り、差吊苦や汰異堕と同じ超上級妖でございます」
まるで痛みはないとばかりに、余裕の笑みを浮かべた奴は、軽くお辞儀をして自己紹介をして見せる。すかした奴で、礼儀正しさを感じさせてくる。
根拠はないが、俺の魂が言っている。
こういう奴が一番恐ろしいのだと。
「さて、それでは私のここでの計画についてお教えいたしましょうか」
だからこそ、こいつがいきなりし始めた行動に困惑を隠せない。
当たり前の話だが、作戦がある時に"敵に"教える奴は普通いない。なぜならば、知らない方が阻止される可能性が減るのだ。偶然阻止できた以外では、決して阻止できなくなる。
誰だって知っていることだけど、知らないことは絶対に知らないのだ。
その優位性を捨てて、わざわざ語りだすというのだから、そこに何か意味があるのだと俺たちは身構えて。
「ふふっ、今身構えましたね?」
それすらもお見通しだと奴は笑う。
分からない、わざわざ出てきて全部説明しようとまでしてくる存在。差吊苦や汰異堕のようにその名が、在り方を示すのだとすれば、この男は暴離夜供、謀略を司る妖だ。
謀略とは相手を貶める企み。奴はそれを司るものなのだ、心配になりすぎて損をする物ではない。
奴の策略を乗り越えなければ、俺たちは勝てない――。
「さて、計画の話をしましょう。この工場を含め109ある、妖獣機の製造工場。当然ですがその一つ一つで妖獣機が製造されます」
「数の暴力……とでも言うか?」
紫苑の想定した、当たり前の問いかけ。
そりゃあそうだ、兵器を量産するといわれて想定するのはそれだ。
「……なに、馬鹿なことを言ってるんですか? 数を揃えたら負けるに決まっているじゃあないですか」
だからこそ、キョトンとした顔で彼はそう告げた。まるでそれが当たり前のことであるかのように。
「鉄砲を増やして一斉に打てば全て外れます、戦士が増えれば増えるほどにその一人一人は弱くなります」
まるでそれが世界のルールであるのだとばかりに、彼はそう語る。
1の次が2であるように、酒を飲めば酔うように、誰だって知っている常識のように語って見せる。
「だから、人間は弱いのです。戦うときに数を揃えてしまう。本来ならば一騎当千の英雄となるはずだった、転生者たちは群れたから凡百の有象無象へと落ちぶれた」
それは先人たちを否定する者。
「考えてもみてください、たった一つのレアカードと、無限にあるレアカード、まったく同じ効果でイラストで、同じ強さのそれがあったとする。どちらが価値がありますか?」
それは世界の全てを自身の玩具にする者。
あぁ、なるほどこれは差吊苦以上に絶対に倒さないといけない奴だ。
「……価値と強さは関係ないだろ」
それはそれとして、俺の中の記憶が奴の言葉を否定しろと告げた。
奴の語っているのは、どういう訳か知らないが恐らくトレーディングカードゲームの類の話だ。あの手のゲームには強いレアじゃないカードもあれば、弱いレアカードも存在する。
価値があるからと言って強いわけでもなければ、価値がないといっても強いカードもある。
結論から言えば、奴の言葉は正しくない。
仮にそう言う法則があったとしても、正しくないと俺は胸を張って言おう。人と人とが力を合わせることを弱くなるための行動だというのならば、絶対に違うと叩きつけてやる。
「まぁ、その辺りは感覚の相違です。私の計画の話に戻しましょう」
奴の視線が変わった、まるで道に落ちている石ころを見るような目に。
「嫌がらせです、109あるのはただの嫌がらせです。安心してください、私は一度破壊された工場を再建するつもりはありません」
まるでそれが当たり前のことのように、そう語る。
「あなた方は否が応でもその工場を破壊しなければならない。だって妖獣機が作られ続けるのだから」
「……時間稼ぎだと?」
「まぁ、その側面もあります。貴方方が優先しなければならない問題を多くしているだけです。たとえそれが時間稼ぎだとしても、貴方たちはそれを優先してしまう」
にやりと笑いながら告げる彼の表情には、どこか裏があるようにすら感じられる。まるでそこで俺たちが何かをすることすらも前提であるかのようで。
「さて、その上で……私の計画ですが、私の用意した工場がある場所全てがある種のパワースポットとなっていまして。そこで、あることをすることである存在の完全復活を行おうとしています。もちろん差吊苦が探している結晶も必要ですが」
だとしたら、それは時間稼ぎのために伝えてはいけない事だったのではないか? 俺はそう口にしようとして――。
「では、ある事とは何か。闘争ですよ」
最悪を理解させられる。
俺たちは刀の国を守るために、奴らの工場を破壊しなければならない。恐ろしい兵器が作られ続ければ、多くの被害が出るからだ。
だというのに、工場を破壊するために闘争することが奴の計画の一部なのだ。
「あぁ、もちろん工場を破壊しないのも結構です。その時はお望み通り刀の国同時侵攻計画に切り替えますので」
その上で、俺たちが何もしないという選択すらも奴の掌の上にある。
何をしても、奴の思惑通り。
「しかも、その工場では無数の人間を操り、強制的に働かせています。正義のヒーローは嫌いでしょう? そういうの」
なんとも悪趣味で、最低の事実。それを確かに理解させられていた。
「当然ですが、その場所で戦ったという軌跡は決して消えません。時が止まらないのと同じように、決してなかったことにはできません」
「くそったれ」
俺たちに与えられていた選択肢は、最初から奴の手の中で踊ることだけだった。




