素人がバケモンに勝てるわけねぇだろ!?
剣星の里に乗り込み、誰かいないのかと声をかけた。
ただそれだけのことをしただけなのだが、現在俺は――。
「死ぬ、これは死ぬっ!!」
走る、走る、走り続けていた。
「ひい、ふう、みい……いっぱい!!」
里の家々から、妖の軍団がうようよと湧き出してくるではないか。数えるのもバカバカしくなるほど、というわけではないが、数える余裕が俺にはないので、一杯の妖が出てきたことだけを俺は理解した。
どこかの誰かは、逃げるな! 怯えるな! 竦むな! 立ち向かえ! などと無責任にも言ってくれるかもしれないが、それは無茶にもほどがあるという話を理解してほしい。
将軍様から授けられたものとして、武家の証ということで刀をもらった。
もらったけども、俺は剣術のド素人だ。ついでに言えばどんな武器でも完璧に使いこなせるようになる。とかそういうスキルはない。
そもそもの話として、迫る妖の全てが下級なのは確認できたが、下級の妖の段階で、鍛えた侍や力士なんかよりも、攻撃、防御、速さの全てにおいて勝るのだ。
一対一ならば、まだやってやるという気にもなるが、こう数が多いと調子に乗ろうとも思えない。
そもそもの話、人間は猫に勝てないなどという研究があったと、どこかで聞いたことがある。
猫よりも強い妖に、戦いを知らないつい先ほどまで一般人だった俺が敵うはずもないのだ。
「ぜーっ……はーっ……はーっ……死ぬ、これ……死ぬ」
が、足が止まった。
立ち向かう気になったか? などと考えた君。
「……疲れた」
そんな格好いいわけがあるか。一般人でしかなかった俺が、走り続けられるわけがないだろう。
なら逃げきれたのか?
「逃げるな逃げるな、取って食うだけだ」
んなわきゃない。
そもそもまともにやりあえないバケモン相手に、一般人が逃げ切れるわけがないだろう。
こちとら足に自信があるわけでも何でもないのだ。
ただ単純に疲れ果てて、足を動かすことができなくなっただけである。
「殺すならぁ……一思いに殺してくれぇ……痛いのは嫌だぁ……なんか、一撃で痛みを感じることもなく殺してぇ」
「こ、こいつ刀を差しているのに、なんと情けない奴だ」
……妖さんにドン引きされているが、残念ながらもともと一般人である。むしろ良く走った俺。
一分位は命の灯をともす時間が伸びたのではなかろうか。
「まぁ、いいだろう……里の……弱い奴らの方の屋敷に連れていけ!」
「え?」
取って食うわけではないのか?
もしかして、賢い奴らの集まりか?
「どうした、命がつながったのだ……嬉しくはないのか?」
「ありがとうございますっ!! 本当にありがとうございます!!」
「……お前誇りとかそういうのはないのか?」
うるせぇ、そんなもんで生きていけるか! まずは生きることが第一じゃい!!
「……まぁ、いい。どうせこんなヘタレだ、刀も没収しなくてもかまわんだろう」
「いや、でもあのお方がどうおっしゃるか」
「へ、なになに? 偉い妖でも来てるの?」
「人間、お前意外と元気だな!?」
元気じゃねーよ、ただ知的好奇心が刺激されてしまっただけだ。
なーんて言い方しても、まぁ通じるか分からんので。
「いや、まぁ妖のことを知りたいと思って」
「ほう、変わった奴だな? まぁ、冥途の土産……でもないか、別にすぐに殺したりするわけでもないし、我々も暇なのだから教えてやろう」
「暇なのか」
「人を殺したりもしないし、ここから出ていくこともそうないからな」
どこかで仕事も勉強もしなくていいのだ、なーんて歌を歌っていたガキが近所にいたが。それはそれで案外苦しいモノなのだろうか。
「実はここには中級妖のさとり様がいらしておるのだ」
「珍しい、中級が現れるだなんて」
「うむ、しかももともとここには、中級の油すまし様がいらっしゃるのだ」
ふざけないでいただきたい、もともとさとりの段階で最初にどうこうしなければならない相手としては、強すぎる相手にもかかわらず。もう一体中級がいるなどと聞いていない。
「ほう、油すましと」
「油すまし様の油によって、この里の忌々しい剣星共も、刀が切れなくなって容易く組み伏せられたわ」
拭えば済む話だと思ったが、いや違うな。妖の油である以上、常識的な対処ではだめなのだろう。だからこそ、剣星などと呼ばれる達人たちが容易く倒されてしまったのだと考えられる。
わざわざ相性がいい奴をぶつけると? やっぱりこれ、組織的な動きじゃないか?
しかし、魔王軍的なアレでもできてるのだろうか。
……考えたところで意味はないので、そのまま妖連中に連れていかれることにしよう。
「お前、素直だな?」
「お前たちだってそっちの方が楽だろ」
「確かに!」
……それはそれとして、こいつらバカだろ。それはもうすこぶるのバカだろ。
そうして連れていかれた先には、いるわいるわ。子供と女がひとまとめにされた部屋。一部目につく大人の男も――。
「うぅ……」
怪我人と爺だ。弱い奴を集めているというのはそう言うことなのだろう。
……すっごいバカにされていることに気が付いたが、もう受け入れることにしよう。
「連れてきてくれてありがとよ」
「ん? どういう――」
妖が、俺の言葉に気が付き反応する。その瞬間のことだ。
「忍法」
女の声と共に、俺の身の丈ほどもあるであろう、巨大にして無数の手裏剣が宙を舞う。
一つ一つの殺意が込められた、破壊的回転刃が妖の首を跳ね飛ばしていくではないか。
「退魔手裏剣大旋風!!」
その言葉と共に、こちらに向かってやってくるのは紫の忍装束をまとった、頼りになるプロ。
「まったく、無茶をする」
「助けに来てくれるって信じてるからな、紫苑」
我らが紫苑様である。
「しかし、これは本当に妖だろうな?」
彼女の言葉に、間違いないと口にしつつ、牢のカギを壊してもらう。
さて、何故このタイミングで紫苑が駆け付けられたのか、疑問に感じられるものもいるだろう。
結論から言えば、俺が走って逃げだしたというのも全部作戦である。
……詳しい内容は聞いていないが。
「ちょうどいいぐらいの距離で、走るのをやめてくれると踏んでいてな」
「……そして、俺が連行されるのを尾行し、妖連中を一掃すると」
「一先ずこの場の人々の救出をしなければ、最悪妖を叢雲で、里ごと踏みつぶしていくという作戦もできないからな」
紫苑さん、そんなバカみたいな攻略法まで考えていたのか。ただ一つ問題がある。
「その手の、一方的にデカくなって攻撃しようとすると、絶対に負けるからやらない方がいいぞ」
「……なぜそう思う?」
「転生者としての知識」
数少ない、ろくに使えもしない前世の記憶の一つが、根拠もよく分からないそう言う話でびっくりしている。
それでも、それはやっちゃだめだと俺は考えていた。絶対に負ける気しかしなくなってしまうのだから、俺のその記憶は確かなものなのだろう。
「さて、いろいろ聞いていたようだが、どんな情報を得た?」
「ここに中級妖、さとりと油すましがいるらしい」
その言葉を聞いては、紫苑は頭を抱える。
「さとりだけならば、まぁどうにかなるかもしれなかったが……、油すましか……、中級故に軍を動かせばどうにかなる……と言いたいが――」
言い辛そうにしているのを見て理解した。おそらく軍をぶつけても勝ち目は薄いのだろう。
「無理そうと」
「あぁ、現実的な話として、数をそろえれば対処できるとは言ったが、正しい知識を持ったうえで、正しい対処ができる装備をそろえての話だ」
「できないんだな」
「……あぁ、2体以上の中級妖となると、同時出現の情報は初代様の時代」
つまるところ、叢雲で対処しなければいけない案件。ならば――。
「紫苑はここから離れて、この人たちを里から連れ出してほしい」
「分かった、やるんだな?」
彼女のその言葉を受けて、俺は右手に浮かぶ紋章。いや、叢雲と共にあることを決めた、家紋をじっと見つめる。
そろそろ全力で暴れて見せよう、妖退治の始まりという訳だ。
俺の決意に応じるように、紋章が光り輝き熱が宿り始めた。