邪悪なる意志の下
「……ふむ、天叢雲ですか」
彼の、差吊苦の遠隔操縦による、無数の妖獣機軍団による攻撃。家を破壊するだけに終わったモノの、ひとつ重要なデータが得られたので、それで良しとしましょう。
「一体どういうことだ、2つの兵器が一つになったらバカみたいに強くなったぞ?」
えぇ、彼は……、というよりもこの世界においてあのような発想を持つ者は早々いないでしょうし、仕方ないといえば仕方ないのでしょう。
例えば針のない世界で、針のように細いなどという言葉が誕生しないように。例えばオレンジのない世界で、オレンジ色などという言葉があり得ないように。この世界において、ロボットが合体するなどという発想を持つ者はいなかったのだろう。
世界を先に進める第一歩を踏むのは、必ず一握りの天才だ。一歩を進んだ後にそこからさらに進ませるのが、その他大勢。発展のためには彼らの力も必要だが、その道を作るためには絶対に天才が必須なのだ。
そして残念ながらこの世界において、そう言った方向性の天才はまだ現れていない。故に合体という可能性を考慮していたのは、私だけだったと言える。無論その可能性を誰かに伝えるつもりはなかったが。
「端的に言えば、動力源が倍になったから強さも倍になったようなものと考えてください。1たす1は2になるような話です」
実際には倍どころでは済まないのが現実ですが、まぁその件はいちいち伝えても意味がない話ですし。
「……よし、暴離夜供」
そんな彼は、なにかを思い付いたといった様子で、口を開きます。
「次はお前が前に出て暴れてこい」
……頭脳労働担当に対して、前線で暴れる純粋戦力担当が語る言葉とは到底思えませんよね?
「お前が何かを隠しているのはよく知っている、それが何なのかはどうでもいい」
「……はぁ、それがどうかなさいましたか?」
えぇ、隠し事をしているのは事実ですが――。
「……お前の企みが何なのかは分からないが、少しぐらい現場の苦労ってやつを経験しとけ」
……なんともまぁ、極々当たり前のアドバイスをされてしまっては、私も断れません。
「現場を知って、より効率のいい作戦を考えろと」
「あぁ、そう言うことだ。それで叢雲を倒せるならよし、倒せないならそれはそれで良しだ」
とは言え、叢雲に対抗する大きさで、かつ強いものを用意する時間はありませんし。嫌がらせ重視で動くのが一番ですね。
「差吊苦さん、戦うことにおいて最も重要なことは何だと思いますか?」
「あ? ……俺の専門は殺しで合って、戦闘の専門じゃあないぞ?」
えぇ、それは一つの事実。戦うということと殺すということは違うのです。
「ふふっ、どうやらあなたはちゃんと理解しているようで良かったです」
「馬鹿にしてんのか?」
「いえいえ、偶にいるのですよ勘違いしている方が」
殺す覚悟が強さに、そして勝利に繋がる、などというバカな話がある。
実際の所殺す覚悟が強さに繋がるわけがない、戦いとは何らかの形でどちらかが優れていることを示すもの。
例えばスポーツにおいて、相手選手を皆殺しにしたら勝てるかというと、そもそものルール違反であったり、根本的に戦いの土俵に上がるということをしていない結果になる。
戦ってすらいない奴が、戦いに勝つことなどできはしない。
「大切なのは、まず戦いの土俵に乗ることです」
そして勝利とは戦う者によって、それぞれ条件が異なってくる。例えば何かを守るために戦う戦士にとって、敵を倒すことは実は勝利条件には関係が無かったりします。彼らにとっての勝利は、守るべきものを守り切れた時を指します。
逆に何かを壊すために戦うものにとっての勝利条件は、目標を破壊することだけです。当たり前ですが他の全てが勝利条件とは関係がないのです。
例えば野球、仮に何十点、何百点と点を取られたとしても、相手よりも点を多くとることができれば勝利です。
極論ではありますが、勝利というものはそういうことなのです。勝利条件さえ達成していれば、どれほどに相手に傷つけられようとも勝ちなのです。
まぁ、ここまでシンプルな条件の戦いは、あまりないですが。
「……んで、お前はそれを聞いてどうするんだ?」
「簡単ですよ、絶対に勝てない戦いを強いてやるのです」
例えば将棋です、王将の駒を取ったら勝ちというゲームですが。例えば最初から、相手の陣地に王将の駒がない場合、それは絶対に勝利できないことを示しています。
例えばサッカーです、相手のゴールにボールを入れれば得点が入り、その得点が多いチームが勝つスポーツ。では、最初から相手のゴールがそもそも存在しなければ、それは勝利の可能性が否定されることです。
それと同じ、どう頑張ってもそもそもの勝利条件を達成できない場所を用意すればいい。
「一つだけいい感じの嫌がらせができそうです」
勝つ必要はない、負けなければいい。
私にとっての敗北とは、私の死ではなく私の策略が進行できなくなること。つまり、私が死んでも構わない。まぁ、死なないに越したことはありませんが。
そしてその上で、今回私がしようと考えていることの、私の勝利条件とはそれすなわち。
「叢雲、いえ鉄龍牙の勝利条件を達成させないこと、それを徹底すれば私は勝つのです」
「……ほう、お前はそっちの名前で呼ぶんだな?」
「えぇ、彼と叢雲は同じもの、しかしながら別のモノなんですよ。人ならざるモノでありながら、人である。かつての彼を知るモノならば、そして今の彼を正しく理解する者であれば……、一目見れば理解できるはずですよ」
とは言え、彼を正しく理解している存在がこの世界にどれだけいることでしょうか。例えば神の視点に立つものであっても、正しい情報がそろっていなければ、理解できない事実。虚無の中にある心理と現実の狭間にある偽り。事実を追う者には到底たどり着けない、真実の世界。
目に見えているものを疑い、目に見えぬものを信じる。言葉にすればなんとも胡散臭い、しかし正しい答え。
たったの6つのページをめくっただけでたどり着けるものがいるとは、少なくとも私は思えません。もしいたとすれば、それはこの世界を作り出した神ぐらいでしょう。そしてその神すらも忘れ去っているのかもしれません。
彼が彼ではないことを、そして何者であるのかを理解した時。
「何もかもがひっくり返ることでしょう」
次回予告
どうやら奴さんも本腰入れて何かとんでもないことをしようとしているらしい。俺の下にやってきた子どもたちからの情報だ。
え? もしかしなくても子どもの悪戯じゃないかって? それならそれでいいんじゃないの? ってことで俺と紫苑は向かうのだ!
妖たちの企み蠢く、小さな村で俺たちは惨劇を見ることになる。
約束された敗北だって? 勝利するための方法が存在しない? だったら新しく作るんだよ!!
次回! 絡繰武勝叢雲
「人と人との狭間」
決して時は戻らない




