原点にして終点
黒、黒、黒。
辺り一面の黒が、俺の視界を覆っていた。
光が指すことのない闇の中、何かに触れている感覚がなく、大地のない世界にいることを理解するのに、少し時間がかかった。
「俺は確かに、叢雲に乗って――」
現状を確認するように、1つ1つを口にしようとして――。
「殺すためだけに力を振るった、違うか?」
自分以外の誰かが、ここにいることを感じ取っては、口を閉じた。
直前まで、俺は叢雲の中。たった1人で、密閉された空間の中でいたはずだ。
そう、こんな異常な世界にいること以上に、誰かがいることが異常なのだ。
たった一人しかいない場所に、自分以外の誰かがいる、しかもそれが――。
「まだガキだ、そう責めなくてもいいだろ」
「そうそう、あーしだってこん位の時はこんなだったって」
「ローンとかあるわけじゃないだろうけど、家爆破されれば冷静に判断できずにぶちぎれても仕方ねーよ」
1人どころじゃなければ、恐怖すら感じてもおかしくはないだろう。
しかもその全てが知らない声だ、初対面の集団に囲まれている、という事実に困惑を隠せないのが普通だ。
だというのに、俺は恐怖も困惑もなかった、確かに彼らを俺は知っている。まるで根拠がないのにもかかわらず、俺はそのことに確信を感じていた。
「……あんたたちは誰だ」
だからこれは、ただの確認。
夏休みの宿題の計算ドリル、丸付けまでしろと言われているそれの、自力で解いた後に解答の部分を見るようなもの、合っていようとあっていなかろうと、彼らの返答がどうであろうと構わない。
「俺たちは――」
きっとそうだと、断言するように。彼の返答とかぶせるように俺は口にする。
「叢雲に魂を捧げた者たち」
俺と彼の声がシンクロする。あぁ、やはり正解だったか。
「ふふっ、大体察してたか」
「まぁ、なんとなくは」
転生者の能力とは、転生者の魂に刻まれたものだ。転生者が能力を捧げるということは、捧げた者は死ぬということであり、捧げた対象と一つになるということなのだろう。
だから、彼らはここにいる。
「……俺たちのアドバイス、聞こえてた時もあるんじゃあないか?」
「あぁ、根拠のない自信はそう言うことだったのか」
知らないはずの話を、まるで過去に経験したことかのように感じていたことが、それこそ何度もあったけれども、叢雲の中の彼らが伝えてくれていたからか。
あぁ、理解すれば彼らには感謝しなければならないことが、それはもう無数にあるわけで――。
「ありが――」
感謝の言葉を述べようとして――
「ふんっ!」
「ぶべらっ!?」
全力でぶん殴られた。
感覚的には数メートルは吹き飛ばされた気がする。実際はそこまで吹き飛ばされてはいないが。
「殺意を込めるのはいい、だけど殺意に飲まれるのは良くない」
抗議の一つでもしようと立ち上がる前に、彼らは口を開き始めた。
それは、まるで自分たちが経験したことがあるようで――。
「なにせ、俺たちの仲間の数百から数千はそれで死んだ」
後悔するように、彼らは口を開いていた。自分たちが救えなかった命、それと同じことをしようとしている奴がいたのだから、ぶん殴ってでも止めようというのだろう。
事実として受け止めた時、俺の視界に彼らの姿がようやく映るようになっていた。
「一つの感情にのまれれば、戦いに勝てる道理もなくなる」
「常に冷静であれとは言わないし、むしろ血潮を熱くすることは、叢雲で戦うための必須条件だ」
「そして暴走すれば、仲間すら危険にさらす」
あぁ、そうだ。あの場で俺は暴走していた、高々家を壊されただけで、殺意に身を任せ、自らを敵陣のど真ん中に晒してしまった。
最悪の展開を想像すれば、疲労した俺は奴らに倒され、紫苑もまた同様に討たれてしまう可能性は決して低くない。むしろ、あの状況からの勝利が困難であることなど誰でも少し考えればわかるものである。冷静さを欠いてしまったことを、先人たちから指摘されなければ、思いつきもしなかった現状が、それはもう想像以上に最悪な状況であったことは自分でも自覚している。
が、それはそれとしてだ。
「……で、それはそれとして後輩がふがいないからってわざわざ謎空間に、戦闘中に誘い出しますか?」
純粋な疑問を俺は問う。何故今このタイミングで、謎の空間に連れてきたのかと。
隙だらけの状態になってタコ殴りにされて死にました、とかちょっと洒落にならないのだ。
「あぁ、とりあえずお助けってことで初代将軍が、あんたの体使って戦ってるから、心配しないでいいよ」
まさかの、体を乗っ取られていたらしい。これはもう間違いなく呪いの装備ではなかろうか? それともアレか? 最近のスーパーロボットはオートバトル機能でもついているのだろうか? 周回中のソシャゲかな?
「今開幕1分で27機撃墜したところだね」
「ブランクが酷いわねぇ」
「まぁまぁ、掠りもしてないし、思ったよりは腕落ちてないって」
なんだこれは、もう初代に全部任せてしまってもいいのではなかろうか?
「初代に全部任せたらいいんじゃないか、とか思ったんじゃないだろうねぇ?」
「なぜバレた」
「多分みんな考えることだから、仕方ないよ」
「あいつ、前世がスーパーヒーローそのものみたいなやつだから、比べちゃダメだよ」
なんか最終的に慰められるほどになってきたが、うん気にしない方向で行こう。
わざわざ連れてこられたことへの質問には答えてもらっていないのだから。
「ま、結論から言えばこの状況を打開する手段が誕生した」
「誕生した?」
おかしな言い方をする、それではつい先ほどまでその手段は存在しなかったかのような言い方だ。叢雲がずっと昔に作成された代物だというのにもかかわらずだ。
「現地人ならともかく、転生者で発想が出ないのか?」
「いや、ですから普通は巨大ロボを作ろうの段階で発想がおかしいのではなくって?」
俺が怪訝な顔をしていると、先人たちがあーだこーだともめ始める。しかしその顔はどこか楽しそうで、きっと彼らは叢雲を作り出した時もこのようなノリだったのだろうなと、俺はどこか彼らをうらやましく思う。
彼らには前世の記憶がある、だからこそ多くの知識が彼らを救ったのだろう。彼らには同じ境遇の仲間たちがこんなにいる、だから苦しみを皆で乗り越えることができたのだろう。そして喜びは皆で分かち合ったのだ。
「……ふふっ、おかしなことを考えている顔ですわね」
「お前さんにも仲間がいるだろう?」
「記憶がなくとも、同類がいなくとも、それを理由に君を蔑む奴がいたか?」
そんなことを考えていれば、彼らは皆こちらを見て、どこか呆れるような、そして微笑ましいモノを見るように表情を変える。
「そして、君と共に戦う仲間がいるだろう」
「……紫苑」
「ここまで考えれば、スーパーロボットのお約束ってのを考えれば、なんとなく分かるんじゃあないのか?」
あぁ、なんとなくだけど答えのようなものは掴めた気がする。
こちらに向かってほほ笑む彼らは、自分で気が付くことが大切だとばかりに、そう語り背を向ける。
「分かったら、言ってみな?」
答えが合っているのか、それとも間違っているのかはどうでもいい。これは彼らから、俺が認められるための儀式、自分で考えた答えを彼らに伝えられるかの話だ。
「合体、だよな」
「合格」
にやりと笑った彼らが手を振ると共に、俺の意識が消えていく。いや、現実の世界に戻るだけだ。
「何があろうとも、お前が正しいと思ったことを信じろ」
彼らとの別れを惜しむ必要はない、なぜなら彼らはずっと叢雲と共にある。叢雲と共に戦い続けるだけで、彼らとはずっと一緒だ。
「とてつもなく重い責任と、重圧がのしかかるだろう。それでも屈するなよ」
彼らの言葉はとてつもなく重く、そして――。
「俺なりのヒーローを続けますよ」
俺が立つ理由をくれた。




