ずっと傍にいて、もうどこにもいない人
いつも通りの修行をして、いつも通りに飯を食う、そしていつも通りに寝る。
良くも悪くも、いつも通りの生活を俺たちは送っていた。
目的もなく、刀の国全土を回るのは、それこそ非常時に目的地に向かえないという事態が発生する。
では、俺たちはどこにいるのかと言われれば――。
「そう言えば俺、武家になったんだったな」
俺の家である。
正確には刀の国の中心のオエード。に並ぶ、西の地域の中心地にして、少し前までは中心であった都、キュウトにある家だ。
さて、以前は中心であったなどという言い方をしたものの、このキュウトの地がオエードに劣っているわけではない。
オエードに移るまでは、こちらが中心地であったこともあって、オエードに負けず劣らず発展した都市となっている。
そんなキュウトの中心、から少し離れた場所に俺の家……、というか武家屋敷が存在する。
それこそよくある武家屋敷、と言いたいところだが、そもそも武家屋敷がよくあるモノではない。なんて思いはするが、やはりイメージしていた通りのソレが完成していれば、どこか「こういうのでいいんだよ、こういうので」といった感想を抱いていた。
そんなデカい屋敷で、休憩時間ということもあって寝転がっていた俺の下に、どこかにこやかに笑いながら、紫苑がやってきては問いかけてくる。
「……ようやく、自宅というものに慣れてきたか?」
「いや、慣れないよ」
そう、慣れていない。
まるで、今までそんな伏線が存在しなかったから、さも当たり前のように出てきた新キャラに対して、何処の誰だお前? となるような感覚に近い。
まぁ、実際気づいたら家が用意されてました位の、実につまらない話なので小難しく考える必要も無いのだが。
大事なのは――。
「ここが俺の家だと、しっかりと自覚を持つことだな!」
俺が言葉を発した次の瞬間だ。
ひゅー、と妙な音が上から聞こえてくるではないか。
「曲者か!?」
俺が身構え立ち上がると共に、紫苑が俺の服をつかんで外に駆け出し連れていこうとする。
「し、紫苑どうしたっ!?」
「龍牙、上だ!! 上を見ろ!!」
そのまま屋外に連れ出されると共に、紫苑に指示された方向、上を――。
空を見上げる。
「お、おいっ!? これはどういうことだっ!?」
今日は晴天だ、雲一つない青空だ。だから、そこに在るのはお日様と、一面の青だけだ。そのはずなのだ。
視界に入ったソレは黒、黒、黒。何かがあるということしか認識できないだけの、うごめく軍団が空を染め上げている。
あぁ、いやそちらに目を向くのは仕方がなかった。
ドカーン!!
「……」
だから不意打ちで来た爆音の方に視線を落とし、見たものに対して俺と紫苑の口があんぐりと開く。目は真ん丸に、釘づけにされる。
結論から言えば、家が爆発した。つい最近用意してもらったばかりの豪邸が、跡形もなく消滅した。
「は、ははは……、まだ慣れてなかったけどよ……、ははは」
炎が燃え盛る光景が、俺の瞳に焼き付けられる。
「……いや、これはないだろ」
隣で紫苑が何か言っているが、俺の耳には届かない。
「ふざけるなよ」
自分の声だというのに、目の前が業火に焼かれ続けているというのにもかかわらず、すべてが凍り付いたような気がした。
燃やせ、燃やせ、怒りを燃やせ。その全ての炎を凍り付かせて、殺意に変える。
右手をかざした俺は、ただ一言。いつも通りの言葉を、いつもと違う気持ちでつぶやいた。
「絡繰武勝、いざ出陣」
あぁ、いつもならば熱き血潮を全身に流し込み、闘志を燃やして立ち上がっていた。
「殺す」
それは、人々に希望を与えるための勇者としてのふるまい。妖の被害を受けて、心が沈んでしまう人々に、元気を与えて立ち上がってもらいたいという思い。
それは戦うことが恐ろしい、ただの人間でしかない俺が、それでもなおと格好をつけることで、勇気を振り絞るための戦い方。
だけど、だけどだ。自分のことながら客観的に見て俺にそれは存在しなかったんだ。
ここにあるのは英雄、叢雲の搭乗者である鉄龍牙ではない。
「消す」
ただひたすらに、無感情に砲身を構えては、引き金を引く。
引く。
引く。
引き続ける。
放たれた弾丸が、当たれば相手がもろいのか、それとも正確に当てられているのか、断った一撃で敵が爆散していく。
右腕を前に突き出し、手の甲を敵に見せつけながら、軽くクイっと手招きし挑発する。
妖は、侮られることを最も嫌う。それは恐怖を糧とするが故の共通の感性であり、どうにかして恐怖を感じさせようとするか、もしくは確実に殺そうとするかの二択。
一歩間違えば死んでたようなことをしてくるのならば、間違いなく。
「殺しに来るよな」
その反応を見ていると、自分が笑っていることを理解してた。殺されそうなのに笑うのか?
いや、違う。
「殺せるから笑うんだ」
両手にダガーを装備して、迫る敵機の軍団の中をすり抜けていく。近くを通ると共に、ザンっ! ザンっ!! と切り裂いて、一撃一撃を確実に叩き込む。
四方八方から、迫りくる殺戮の意思。その全てをかわし、逆に切り刻む。爆炎の中から迫る敵は蹴り飛ばし、たった一人で立ちまわる。
あぁ、言ってしまえば何かが奪われるというのは、これが始めてだ。
敵意や殺意ではなく、悪意を感じる攻撃はこれが初めてだ。
ならば、こちらは――。
「殺意を載せて、敵を斬る」
既に両の手だけでは足りないほどの敵を斬り刻んできた。
それでも敵が減った気がしない中で、鉄の巨人が空から迫る。腕をつかんで振り回して、そのまま勢いをつけて投げ飛ばす。
まるでダメージを受けた様子なく、飛びかかるのを見て。力を込めて拳を作り、全身で勢いをつけて、顔面目掛けてぶん殴る。
あぁ、全部全部――。
「殺してやる!」
周りの目を気にすることもなく、ただひたすらに破壊を繰り返す。
「……叢雲の戦い方じゃないだろ、それはっ!」
遠くから、女の声が聞こえるが、俺の耳には届かない。
どこの誰か知らないが、これは我慢することじゃあない。
思いの全てをさらけ出して、我慢せずに暴れまわることがすべきことだ。
「本当に君はそう考えているのか?」
ずっとずっと近くから、俺に向かって声が聞こえてくる。
だが、何処に見えはしない。
叢雲の中にいるのは、俺だけのはずだ。
「……かーっ、これが叢雲の担い手か」
「あははは、まぁ仕方ないですって」
一人じゃない、もっともっと多くの声が聞こえてくる。
だけど、声に気を取られてはいけない、腕を振るい敵を切り裂いて行く。
「家壊されただけだ、死んだわけじゃねぇだろ」
「ま、あっしらとは別枠らしいですし、仕方ないんでは?」
「戦争してたやつらと同類扱いは、私はノーセンキュー」
「さすがに、それはマジウケル。結局皆選べてしまえたバカでしょ? アタシも含めてだけど」
この声を俺は知っている気がする。だけど、こんな声の持ち主と、会ったこともなければ聞いたこともない。
名前も知らない、顔も知らない、どんな奴かの情報も知らない。なのに確かに知っている。そんな存在を感じながらも、殺意にのまれていた俺に――。
「二代目、いったん体を借りるぞ」
そんな男の声と共に、俺の意識が書き消えていった。




