殺戮の火潰えども、怠惰なる謀略が迫る
「くそっ!! くそっ!! くそぉっ!!」
怒りに身を任せ、俺は辺り一面に力をぶつけていく。
殺せ、殺せ、殺せ。ただひたすらに周囲の全てを殺していく。
あぁ、そうだ勝てるはずの戦いで負けた、殺せなかったことへのいら立ちが増していく。
……いや、違う。殺さなかったのだ、すべきことを為す気が失せていた。
殺すことを楽しみ、殺すことこそが生きる理由の俺が、殺さなかったのだ。それはつまり、一つの命としての全てを否定したようなものだ。
「暴離夜供!! テメェだろうっ!! 天狗の里に汰異堕をよこしたのは!!」
奴の姿を見つければ、胸ぐらをつかみ吐息がかかる距離まで顔を近づける。殺意だけを載せた視線で、相手をにらみつける。返答によっては本気で殺す気満々で――。
「はい、何か問題がありましたか?」
この男は、その全てを気にせずに、自分の行動に問題がないとばかりに振る舞って見せた。
「だって、一度負けてるじゃないですか、戦力は多い方がいいでしょう?」
「あぁ、それは正論だなぁ? でもよぉ? 相性って奴があるだろ?」
汰異堕はそこにいるだけで、その力を発揮する奴だ。
その場の全員をなまけさせてしまう恐ろしい奴なのだ、そこに例外はない。俺や暴離夜供ですらそうなのだ。
だからこそ、あいつは単独行動か、もしくはあいつのための戦い方をしなければならない。
「間違っても、俺と組ませていい結果が出るわけがねぇよなぁ?」
一方で俺は、意思の力を武器とする妖だ。殺すことに特化していても、どんな風に殺すかを決める意思が必要になる。その場で最も確実に殺せる方法を選べるのが強みだが、汰異堕がいれば常に最善手を選べなくなる。
たとえ問題が完全に分かっていても、改善する意思がなければ改善されないように。正解が分かっていても、正解を選ばなければ、正解にはならないのだ。
「……それもそうですが、まぁ仕方ないでしょう? 最善手を選ぶためにも彼女には一度離れてもらわないといけませんでしたし」
あぁ、理解はできた。暴離夜供が最善の方法を選ぶために、あいつが邪魔だったのだろう。
ならば聞いてやろうじゃないか、こいつが見つけた最善手の内容を。
「数をそろえることですよ、1人より2人、3人より4人の方が強いのは当たり前ですよね?」
数の暴力、ある程度の実力差で収まっているという前提ではあるが、その強さは正しいといえるだろう。実際人間と中級妖ならば、見ただけで結果が決まっているが、人間が軍団になれば話は変わってくる。
そしてこの男が、わざわざそれを口にしたということは、個の差はそこまで大きくないことは火を見るよりも明らかだ。
なぜならこいつは――。
「頭のいいお前の言うことだ、何処に自信がある?」
「……言うなれば、やる気のない貴方でも叢雲を抑えることはできた、タケハヤはそれだけの性能があったし、貴方はそれだけの力の差を有していた、間違っていますか?」
「残念ながら、そいつは俺を買いかぶりすぎだ、あいつの方もやる気ない状態で、無理やり戦ってるみたいなもんだろ」
完全に消化不良、俺もアイツも全力では断じてないし、普段から持っているやる気が、どちらが上かなど測るすべもない以上、結論を出す術はありはしない。
この辺りもあるからこそ、汰異堕と組むことは俺はしたくない。
「まぁ、どちらにせよ戦いが成立する程度の戦力差ではある、それは間違っていませんね? ならば数が揃えば勝てるでしょう」
「数を揃えるのをどうするんだよ?」
100人集めれば絶対に勝てる、と言われたところでそもそも100人集めることそのものが難しい、それにタケハヤの数を制作するのも困難であろうと想像していれば――。
「タケハヤならほら、このとおり」
視界に入るのは、無数のタケハヤ。それも2桁どころか、少なく見積もっても3桁はあることを認識する。
「……お前、いつの間にこんだけ作ってたんだよ」
「その辺りは、頭脳労働担当の仕事だよ」
答えになっていない回答を返してきた辺り、こいつは答えるつもりはもないのだろう。まぁ、俺も理解できる気がしないので、無駄な時間を取らされなかったことを喜ぶとしよう。
しかし、道具があっても一つ問題がある。動かす者が存在しないということだ。
どれだけ切れ味のいい刀があったところで、振るう者がいなければ何も切れないように。どれだけ優れた兵器があっても、使う者がいなければ何も殺せない。
タケハヤが100や1000とあったところで、その問題は変わらない。下級の妖を載せたところで、タケハヤの性能を活かすことはできないし、中級以上の妖を載せることはできない。仮に暴離夜供や汰異堕を乗せても、こいつの性能を正しく発揮することはできないだろう。
つまるところ、これは予備にしかならない。戦いで壊れた時に、直すのではなく新しいのを用意するだけの話だ。
「いや、乗る者はいますよ」
だからこそ、この男の言葉は……、現実とは到底思えなかった。
あぁ、それこそ夢幻の冗談だといわれれば、俺も苦笑いを浮かべて馬鹿野郎と、全力でぶん殴る程度で許せるが、こいつはすこぶる真面目に言っている。
タケハヤは妖の持つ力を増幅して放つ。
「人間を乗せるという訳ではないだろうな?」
体格としては適していても、搭乗者としてはまるで適していない。
少し勢いを出して動かせば、それだけで中に乗っている人間の大半は赤い染みになるだろう。
少し本気で力を発揮すれば、中に乗っている人間はミイラになり果てるだろう。
それでは意味がないことを、暴離夜供も理解していないはずがない。
そもそも自分たちの首を絞めることを、率先して行うタワケがそこまで多いとも思えなかった。
「当たり前じゃないですか」
だから、こいつが否定したことで、内心ほっとしたのは言うまでもない。我々の頭脳労働担当が、呆けて使い物にならなくなったなどという事態が起きていないのだから、まぁ仕方ないだろう。
故にこそ、俺には分からないでいた。乗れる奴など俺の知る者にいないのだ。
暴離夜供の妖脈は広い、海の向こうの他の国の妖にも通じていると聞いている。だからこそ、知らない誰かなのであれば、組んで戦える奴なのかを確認しなければならない。
「誰だ」
「貴方も知っている方ですよ」
もはや俺には理解ができない、頭を抱えてどこの誰が乗り込むのかと問わねばならない。しかし、慣れないことをするものではない、疲れた俺は適当な椅子に座り、肉を喰らうこととした。恐怖の感情ほどではないが、多少は腹が満たされる。
「どこのどいつだ」
独特の臭みと、硬い肉質から考えて、これは年を取った男の肉だ。肉をため込んだ奴じゃあなく、無意味に体を鍛えていただけの、木偶の坊の肉だ。
肉の味から、意味のない推理をしつつ暴離夜供をじろりと睨みつける。
答えろ、暴離夜供。
「おやおや、貴方が知らないはずがないですよ、なにせ誰よりもその方を知っているのは、貴方なのですから」
にやにやと品のない笑みを浮かべては、自分で考えてみろと挑発するように答えてくる。
あぁ、その様子だとこいつは嘘をついてない。こんなくだらない問答をするときは絶対に嘘をつかないのが、暴離夜供のふるまいだ。
考えに考える、誰よりも知っている存在。俺が一番知っている。
そうして数分が経過して、もしかしたらという回答にたどり着いた。
「はい、その方で間違いありませんよ」
……なんとも恐ろしいことを考える奴だと、俺は楽しげに受け止めて、体を動かすことにした。
*
「どちらが有用か、面白い話ですよねぇ」
にこにこと笑いながら、誰もいない部屋で私はそう呟く。
いるだけで、敵が自滅していく女と、問答無用で敵を殺していく男。
……まぁ、どちらでも有効活用するのが私ですが。
さてさて、始まりました第6話
ここからがある意味で本番です
物語として中盤に突入とかそういう意味ではなく、ある意味ここまでは龍牙たちにとってはプロローグにすぎないのです
……さてさて、それではこれより本番の第6話どうぞお楽しみください




