例え主人公でも、ド素人はド素人である
さて、数時間は歩いただろうか、城から出た時は天高く昇っていた太陽も、今では沈みかけのころ。ようやく俺と紫苑は、剣星の里にたどり着いた。
「おんやまぁ! 紫苑ちゃんじゃねぇべかっ!!」
「……知り合いなのか?」
里にたどり着いて、早速こちらに声をかけてくる老婆。
紫苑に声をかけてくる様子を見れば、彼女の知り合いなのだろうってのはバカでも推測ができる。というよりも、そうでない方がおかしいわけで――。
「いや、知らない人だ」
どうやらおかしい方だったらしい。
知らない人にフレンドリーに声をかけられて、ぴしゃりと知らない人とか言われた俺の気持ちも考えて欲しい。
「おい、ババア! 知らない人にフレンドリーに話しかけてんじゃねぇ!!」
「知らない人がびっくりすんだろ!?」
「最近引っ越したんだから、知り合いが来るわけねぇだろ!!」
3人ほど男たちが現れては、こちらに向けて頭を下げてどこかへと連れて行く。
何かが引っかかる、俺はそんな感覚にさいなまれ――。
「……どうして知らない人間の名前を、あの婆は知っていた?」
「……事前にこちらに来る、という連絡はしていたが……誰が来るなんて伝えていないぞ?」
異変そのものを理解した。
どうして初対面の人間の名前を知っている? 目の前で名乗ったこともなければ、里の近くで俺が紫苑の名前を呼んだわけでもない。
どこで知る要素がある?
「……この近辺で妖が出ると噂がある……それは告げたな?」
「……何かが起きているのは間違いなし、か」
「素人だと思っていたが、この程度は分かる頭があるようでよかった。これなら訓練時間も想定より短くできる。可能ならばお前を鍛えて、それからの討伐のつもりだったが」
その時間はない、1分1秒が惜しいのだ。
「さて、妖は恐怖をくらうと言ったな」
「あぁ、だからこそ根本的に人間の力は通用しにくいと」
この状況で考えられる最悪を想定した、そんな彼女はこう告げた。
「……この里の人間が生きているかどうかは運しだいだ」
紫苑の説明はこうだ、頭のいい奴が犯人ならば生きている。恒常的に餌を食べられるようにできるため、生かすのだと。
では、頭が悪ければどうか――。
「普通の生き物と同じように血肉を喰らうこともある、つまりはそういうことだ」
その時だけの飢えを満たすために殺す、実に獣的な行動だ。結局は損する選択だとしてもそちらを選ぶと。
「ここに何体の妖がいるかは分からない……だが一つ分かることがある」
紫苑に促されるように、一歩一歩と歩みを進めていく。里の中に乗り込んでいかねば、妖を倒すことはできない。
どれだけ凄い刀を持っていたとしても、当たる距離に近づかなければ、ただの荷物にしかならない。故に罠が待ち受けているとしても、俺たちは進まねばならない。
「ここにいる妖の、少なくとも一体はさとり妖怪だ」
「さとり妖怪? って確か――」
一般的な妖図鑑にも記されていたものだ。危険なものだと人の心を読み、考えることをやめさせて心を喰らう。無論善良な個体はいるモノの、その場合は悪意を持って襲い掛かるものへの注意を告げるのだとか。
「あぁ、それで合っている。無意識での戦いができるほどの戦闘のプロ、もしくは……そうだな、思考と行動のタイムラグがほぼ皆無に等しい化けモノ、そもそも思考してないのと同じレベルで行動するバカ。このどちらかが有効だそうだが」
「俺は戦闘のプロなんかじゃないし、バケモンでもない。そしてそのレベルのバカだったとしたら悲しむぞ」
「……つまり、対応するのは難しいか」
紫苑が難しい顔をしながら、ぶつくさとこちらに聞こえない程度に口を開き続ける。何か策があるという訳ではないのだろう。
心が読める、相手がすることが分かるというのはそれだけで脅威だ。これができるだけでじゃんけんの勝率は跳ね上がると俺は思う。
あぁ、くそ……初戦の相手にしては強すぎはしないか? もう少しなんか……こう、段階って奴を踏むべきではないのか? くそったれ。
「なんとも分かりやすい田舎だな」
「あぁ、だが……だからこそ都よりも鍛錬には向いているらしい……私も理屈は知らんがな」
里の中に入り込めば、想像以上に異常な事態が待っていた。
人っ子一人いやしないのだ。日没寸前とは言えこれは異常だ。
「……鉄、気配は感じ取れるか?」
そんなことに驚いていれば、紫苑からそう問いかけられる。
当たり前だがド素人の俺が、そんな一流の仕事ができるはずもない。
「何も感じないぞ」
「……そうか、良かった」
良かった? それはどういうことだと口にしたくもなった。当たり前だ、感じ取れる方がいいような状況ではないのか?
「……厄介なことに幻を見せる類の術がかけられている」
「……それがどうし――」
「私には……普通の里の光景に感じられてしまっている」
つまり、そう言ったものを感じられる人間にのみ作用する、専門家を対処するための術が用意されていたということだ。
……ここまで考えれば、もう嫌な予感しかしない。
「……対処できる人間を封殺、一般人にだけ現実を……か」
「……邪魔になる可能性のある人間を優先して殺したいということか」
聞いていた話し以上に妖の異常事態は、組織的な動きを見せていると考えねばならない。
考えてみて欲しい、邪魔になる奴とはかかわらないようにする方が、いろいろと楽に決まっている。
「……油断はするなよ?」
「油断なんてできるかよ」
こちとらド素人だ。
状況が状況ゆえに紫苑には一旦距離を取ってもらうことにした。
彼女の、専門家の類であるという立場から放つ臭いのようなものが、妖たちに気づかれて俺も襲撃されかねないのだという。
どうにかして、囚われている人がいるのかを確かめねばならない……が、それはそれで問題だ。
「考えずに探せって――」
うなだれたように俺は――。
「すみませーん! 誰かいませんかー!!」
妖でも何でもいいから、誰かが出てくることを期待して大きな声を出した。