轟け疾風、導け忍道
「何が頼むぜですかっ!!」
女の声と共に、再び天狗たちが団扇を振ろうとし始める。
あぁ、だがしかし――。
「させるかっ!!」
あぁ、これは私のやり方じゃない、もっと確実にばれないようにやるのが私のやり方だ。
高らかに叫びをあげるように、静止の言葉をかける。それと共に無数の手裏剣が天狗たちに襲い掛かる。
命中した、してない問わず突如現れたいるはずのない私の存在に、場の全員の視線がこちらに向く。あぁ、それでいい、1分1秒でも人類の希望が生き残れる可能性を高めるべきで、そのためならば人も世も知らず、影となって悪を討つというスタイルの私が、正面から堂々となどと――。
「紫苑っ!?」
「迦楼羅殿は喋るな、死が近づく」
私に声をかけてくる彼に対して、純粋に死なれては困る故にそう語る。
あぁ、そうだもう少し早く行動していれば、彼はこうならなかっただろう。
だけども、なぜか助けに行こうという力が、意思が失われていたそんな気がする。まぁ、それはどうでもいい、なんらかのタネがあるのかそれとも最悪なタイミングでさぼりたくなったのか、それはまぁ後々考えればいい、今すべきことは迦楼羅殿の救出と、天狗たちに対処すること、しかも――。
*
「殺すな、だと?」
「あぁ、そうだ、何があっても天狗を殺すな」
私が天狗の里に戻ろうとしたとき、ぬらりひょんにそう告げられた。
まるでこのような事態が発生するのを理解していたような、そんな雰囲気を見せていた。
「そもそも彼らは味方のはずでは――」
「それはトップの迦楼羅の話だ」
まるで見てきたかのように、いや確かに見てきた――そして今も見ている――のだろう。
「妖、というか半端に力の強いモノの問題だ、変わることを恐れるんだよ」
「変わることを恐れる?」
彼の語る意図がよく読めない、何が言いたいのかと問いかければ――。
「今それでいいのだから、変化する必要がないと考えちまう。ここで本当に強い奴は未来のことまで考える、今発生している問題は腕力があれば解決する、しかし後々腕力では解決できない問題が発生するかもしれないから、他の力も鍛えよう……っとかな?」
「……そして、他の天狗たちは迦楼羅殿とは違うと」
私の発言を肯定するように、ぬらりひょんは首を縦に振る。まるで忌々しいとでも言いたげに、彼はそのまま口を開けば――。
「とは言え、迦楼羅一人で他の天狗は意図も容易く制圧できる、この辺りは妖が個の強さを行使できる強みだな。極論、自分以外の全員が反対しても、単純な暴力で叩き潰すことができる。絶対に間違えない、絶対に最善の結果を選べる支配者が、自分以外の全員が反発しても、最善を選べる」
「……しかし――」
「そうだな、独裁という奴だ、転生者の一部が民主主義にするべきだといったのは、まぁそう言うことだろう。儂も詳しい話は知らないが、全員に選ぶ権利与えるというのは、一番上の奴の暴走を防ぐことができる。そういう意味では、ハズレを引きにくいんだろう、全員が真面目に考えたりしているのならば、という前提だがな」
彼はそう口にしながら、しかしと付け加えた。
「そして人も妖も、そのハズレを選ぶ可能性が非常に高いのが今だ。それこそ天狗たちはハズレを選ぼうとしているしな。まぁ、そう言うこともあって、彼らは民主主義を選択しなかった。しっかりと学んだ一部が種族全体の未来を選ぶ権利を持つようにしたんだ。ハズレを選ぶ奴自体を減らすのを目的としてな」
ちょっとした歴史の話をしながら、彼はにやにやとした笑みを消し、真面目な表情で口を開き続ける。
「まぁ、人間も妖もだ、今も上が判断する社会になってるってのはそう言う話として、この状態を潰す方法がある」
「上を消して、自分たちが成り代わる」
「そういうこと、問題は人間ならばそれをするのは、そう難しいことはない。個人の実力差は、まだどうにかなる範疇だからだ」
「妖はそうではないと」
「人間はどんだけ鍛えても、当てられるなら、首を跳ね飛ばすことなんてそう難しいことじゃないだろ? だが妖は違う、当てても死なない。それこそ、当てた武器が勝手に折れて、武器を振った奴の腕の骨がぐちゃぐちゃになるだろう」
彼の言葉は、それこそ荒唐無稽な話にもかかわらず、彼の持つ風格とでも言うべきだろうか。飛びぬけた個が存在する、というのはそう言うことなのだろう。
そして、わざわざそんな風に伝えるということは――。
「迦楼羅、超上級という最強の支配が崩れかねない事態が起ころうとしている」
「差吊苦が攻めてきて殺されるということか?」
「いや、違う。……儂が口で説明するよりも、自分で考えさせた方がいいな。戦うときに最も大切なものは何か知っているか? 誰かの指示に従うときに、最も持たなければならないことは分かるか?」
*
ぬらりひょんとの会話を思い出せば、あぁ何となく理解した。天狗たちは例外なく、何かに利用されている。数度しか相対してはいないが、差吊苦がそう言うことをするタイプではないことも、重々承知。
少なくとも、天狗たちが何者かの影響下にあり、その力は迦楼羅にすら影響を与えている。……恐らく叢雲、いや鉄龍牙にすら。
そして、私にもだ。この場のほぼ全員が力の影響下にある、例外は差吊苦ぐらいだろう。超上級の迦楼羅にすら通用するとなると、少なく見積もっても上級以上の実力の妖の力。残念だが、私では勝ち目はないだろう。しかし、そうしかしだ――。
「天狗なら止められる」
一言呟き、自分で自分のできることを確認する。ありがたいことに、全員視線がこちらに釘付けになっている。
さて、妖であろうとも視覚がある種族には、人間と共通する弱点は変わらない。
「忍法……輝煌閃光陣!!」
ピカリと辺り一面に光が放たれる。生じた現象はただそれだけだ。
私を中心に猛烈な光を発生させるだけの術、それが輝煌閃光陣。しかしながら――。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」
その光の強さは最大出力で使えば、地上にもう一つの太陽を発生させるのと同義。そんなものを直視すれば目がつぶれるのも必然である。ぼとぼとと、蚊取り線香を炊いた時の蚊のように、天狗たちが落ちていく。
「その程度でっ!」
無論全員がこれだけで墜とせるとは思っていない、だって目くらまししただけだもの、だから――。
「忍法、炸裂爆音覇!!」
「今度はっ!? 音!?」
視覚の次は、聴覚を潰す。
身体スペックの上では、明確にあちらの方が上。それこそ空が飛べるというだけで格上だとしてもいい位だ。
五感の二つを使い物にならなくすれば、意識を刈り取れなくとも、まともに動くことすらできなくなる。障害物のない空中、と言えるのは単独の時のみ、むしろ軍団でいる彼らにとっては、仲間たちが障害物へと変貌する。いや、ソレで済めばまだ統率された軍団だといえるだろう。
「そこかぁっ!!」
「お前かぁっ!!」
軽く天狗たちの間を数度跳んで、何かが動いたという事実を理解させる。それをすれば、近くにいる誰かが、私だと誤認する者が現れる。そうなれば、自動的に同士討ちが始まる。彼らは統率された武士の軍団ではなく、強い力を持った個が群れているに過ぎない。
「卑劣な手を!!」
とは言え、その全てを無力化できていたわけではないらしい。八咫、迦楼羅の下で修業をしていた、女天狗の襲撃だ。一撃、一撃が確かにこちらを傷つけんと振るわれる。紙一重での回避を続けていれば、虚空を見つめている彼女は、こちらに向かって団扇を向け――。
「ぎりぎりでしか避けられない、弱き者が戦場に出てくるなっ!!」
「……ふむ、そういうことか」
じっと見れば、ある程度理解出来た気がする。
私にも起きている何かについて、強く自覚できた。
「……私の戦意が削がれている、しかし天狗たちにその様子は見られない……」
そう、戦う意思が私から奪われている。やる気がないとかそういう話ではない、今すべきことをなそうとできなくなる。それ以外なら何でもできそうだというのに。
「すべきことを怠けさせる」
「えぇ、実に怠惰って奴よねぇ?」
この声を私は知っている、声の方を見てその姿を確認すべきだ。
「ふんっ!」
「きゃっ!?」
そう、すべきことへのやる気が削がれるのなら、それ以外の方法を試すのみ。
「あ、あんたどうして、私の力が効いていないのよ!?」
「いや、効いているぞ、お前の姿を見るべきだと思っている、思っているけどやる気にならない。だからイラついて手裏剣を、声がしたほうに投げつけただけだ」
どうやら今の攻撃で、力の行使が止まったらしい。
しゅばっと、やる気満々で声の主の方へと視線を向ける。
「……水着大会以来ねぇ?」
「あぁ、やはりあのバカみたいな格好してたやつか」
龍牙曰く、スリングショットとか言ったか? 本来ならもう少し布の面積があるとか言っていたが、そんな恰好をしていた女の顔、よく覚えているさ。
そして、龍牙が明らかに嫌悪感を見せていた女の顔だ。
「ん、わ、我々は何を」
「迦楼羅様!?」
天狗たちも正気に戻れば、自分たちが何をしていたのかを思い出す。おそらく彼らは、迦楼羅の方針に不満があったのだろう。
とは言え、それでも上の指示に従う事をすべきだと、皆理解していた。だが奴の力で、指示に従う事を怠けた結果、不満が暴走してこのような事態となったのだ。
迦楼羅もこの里を守るという、最優先すべきことを怠けてしまった結果、差吊苦の襲来に間に合わず、彼女たちの謀反にも気が付けなかったのだろう。
「龍牙、それはそれとして、お前なら天狗の竜巻位、たやすく抜けられるだろうっ!!」
叢雲の性能ならば、はっきりと言って造作もない話だ、これも彼が脱出することをさぼってしまった結果だ。
戦いにおいて、もっとも大事なものは筋力だとか能力などでは断じてない、戦おうという意志だ。どれだけ強い力を持っていたとしても、それを使おうとしなければ意味はない。
逆に言えば、その意志さえあれば勝てる可能性が生じる――無論、勝てるかどうかは別問題だが――のだから、意志の重要性が分かることだろう。
そして、あの女はその意志を殺すのだ。戦いの土俵に上がらせない力、間違いなく超上級のモノ。
「無視しないでくれるかしらぁ?」
「無視はしていない、お前に注意することを最優先事項にしていないだけだ」
「ふーん?」
どこか不快そうに、そしてすでにタネがバレたことを察した様子で、こちらに対して敵意を向けてくる。
「貴様、名前は?」
「汰異堕よぉ、くノ一さん」
妖はその名が、どういったものを表す。と考えると、奴はたいだ、怠惰を意味する妖だ。なんとも恐ろしいことだろうか。
「汰異堕ァ、何邪魔しやがるっ!!」
「確実に勝てるようにと思っただけよぉ?」
と、差吊苦と対等に会話をしていることから、予想通り超上級であることに確信を持った私は、どうすべきかと思考を巡らせる。
ここで敵を減らすことを優先すべきか、それとも――。
「あぁ、バカやらかして利用された私たちは、ちゃんとすべきことをするっ! あんたもすべきことをしなさいっ!」
考えこみ、行動できなくなりそうになっていた私に、声が聞こえてくる。
「分かった、奴をここで討つ」
「あぁ、その矮小な人間の分際で何を言うかっ!!」
どうやら見事に油断をしてくれているらしい……。ならばと、天高く右腕を掲げる。右手の手の甲にはあざのようなものが浮かび上がっている。
そして――。
「絡繰忍勝! いざ推参!!」
私は戦場に向かうための合言葉を、高らかに叫んで見せた。




