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絡繰武勝叢雲  作者: 藍戸優紀
第5話 疾風忍者ノノウ現る!
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天狗の教え

 飛ぶように速い、というその速さを称賛する言葉がある。まぁ、実際飛んでいるからといって、速いとは限らないのだが、まぁそれでもすごく早く移動している、というイメージは人間には強いのだろう。少なくとも刀の国ではポピュラーな言い回しだ。


 さて、そんなちょっとした話はさておき、俺の視界はめまぐるしく変化し続ける。正確には、視界の光景ではなく、俺のほうがすさまじいスピードで移動しているのだ。


 飛ぶように速い、ではなく文字通り本当に飛んで。


「おおおおおおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!?」


 俺の肩を掴んで、それはものすごい速さで飛び回るのは八咫(やた)。彼女が迦楼羅(かるら)と共に、俺を鍛えてくれるらしい。


 で、今何をしているのかと言えば――。


「どうだ、龍牙! 高速での飛行時の感覚は掴めたか!」


 空中戦での、移動しているときの感覚をつかむための訓練である。当然の話として、紫苑の幻覚の中で行う訓練だが、脳が理解できない感覚まで再現することはできない。


 例えばだが、存在したことのない身体パーツの感覚何ていうものは感じ取ることはできはしない。人間に翼など生えていないのだから、翼を使って飛ぶなんて感覚が再現されることはない。体が経験したことがないことは、当然脳も実際に経験していない以上、脳がどのように感じればいいのかの判断ができないということだ。


 無論行えないわけではないものの、その訓練で効果はほぼ存在しないといっていい。だってそこで得られる感覚は不正確なモノであり、筋肉などの増大も見込めない。


 しかしながら、空飛ぶ妖は多数存在するし、叢雲の強化計画として飛行能力の追加というものも存在している。


 つまり空を飛ぶ訓練の必要があるわけで――。


「こぉぉれぇぇぇわぁぁぁぁちぃぃがぁぁぁうんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 自由意志ではないものの、空を飛ぶ感覚をつかむ訓練として、八咫に掴まれたままビュンビュンと飛んでもらう、という常軌を逸したされるがままの訓練を行うこととなった。


 まぁ、もう一つの目的として、空中という地上とは異なる移動時の感覚をそのまま受け止められる体を作るというものがある。急停止、急加速だけならば、陸戦でもよくある感覚だが、そこに――。


「急上昇から、急降下、またすぐに急上昇行くよ!!」


 自在に上下に動く際の衝撃は、これまた普段では感じ取ることができないもの。そして当然これに慣れていなければ、空戦などできるはずもない。


 できるはずもないが――。


「ふ、踏ん張れねぇよぉ!?」


 衝撃に耐えるために、力を入れて踏ん張るということがまずできないのだ。理由は簡単、踏ん張るための大地がない。


 頭で理解していても、体が追いつかないなんてことは普通にある。全力で走っているときに、いきなり何かが飛び出して来たら避けられないようなもんだ。それに対処するには、ある種の慣れが必要だろう。俺は今、その慣れを作るために無理やり空中で飛び回ってもらっているのだ。


「踏ん張るんじゃない、受け入れるの!」


 ダメダメな俺のために、八咫は筋肉質な成人男性一人抱えて、休むことなく飛び回り続けてもらっている。


 あぁ、初対面で、大事な大事な猪の生姜焼きを食べられてしまった。無銭飲食しやがった(あま)だ――。


 だけど、初対面の俺の特訓に全力で付き合ってくれているのも彼女だ。




 そう、知りもしない赤の他人のために、頑張ってくれているのも彼女なのだ。


「もっとハードに頼むぞ!」

「言ってくれますねぇ!!」


 だったら、ヒーローをやろうとしている俺が、そんな彼女の献身に応えないという選択肢はないだろう。


 誰をも救えるヒーローなんて、理想の存在からは程遠いと自覚している。それでもその理想に近づくことはできるのだ。


 だったら、その為にも――。


「俺には止まっている時間はないからなぁ!!」




「さて、自由意志ではないとはいえ、風を感じて空を飛んだ気分はどうだ?」


 へたり込む俺の姿を見て、迦楼羅はそう問いかけてくる。正直なところ、彼の問いかけに対して返答するのも面倒くさくてしたくない、なんてなりそうな状態だ。


 八咫の力を借りての飛行訓練を、大体3時間ほどぶっ続けで行ってようやくの休憩。実際に動いたわけではなくとも、それ相応の疲労を感じていた。精神的なものというべきだろうか、不慣れな環境が続いていたというのが大きな要因だろう。


「まぁ、いろいろと疲れた」

「なっさけないなぁ? そんなんじゃ、もし本当に飛べるようになっても、ちゃんと戦えるようになるのは遠い未来の話になりそうだよ?」


 だから、もっと疲れるはずの八咫が、それはもうピンピンしていて、まるで気にしていない様子でぴょんぴょんと跳ね回っているのは、慣れているのと種族の問題で合って、俺が別に貧弱の糞雑魚ナメクジという話ではない、……と思いたい。


「そういうな、八咫。彼は元々"戦う人間"ではなかった、だというのにこの程度で済んでいる」

「……ま、それもそうですね」


 どこか納得していない様子を見せつつも、八咫の返答を受けて迦楼羅は満足そうに首を縦に振る。


 それと共に、何処からか美味そうな匂いが漂って来るではないか。


 ぐー……、と腹の虫が鳴るのも仕方がないといえるだろう。


「ふっ、ちょうど昼もできた、しっかりと食べることも戦士の仕事だぞ」


 迦楼羅の言葉を受けては、俺もゆっくりと立ち上がり彼に案内されるがままに着いて行くわけで――。



 *



 あんな弱っちい奴が、最後の砦をしている。正直なところバカバカしいとさえ思えた。


 戦うのは強い奴だけがすべきこと、弱い奴は邪魔なだけで、弱い奴は無駄に死ぬ。そのせいで強い奴が迷惑して、強い奴も死んでいく。


 だからこそ、私はあの男が嫌いだ。


 生きることと死ぬことは、遠いようですごく近い。生きとし生けるものは例外なく、何かの死によって生きている。獣は、植物や弱い獣に、老いて死んだ獣を喰らって生きる。植物は、死んだ獣でできている土から栄養を喰らって生きる。


 妖だって、人間の持つ恐怖を喰らっていき、その恐怖をより多く得るために、人間を殺すのだ。


 だからこそ勝てば生きるし、負ければ死ぬ戦いというものが存在する。


 そして死ねば周りは悲しむのだ。


 だから私は、弱い奴が戦うことを否定する。負ける奴は構わない、時の運の話もある。


 でも、弱いくせに戦う奴だけは肯定しない、そんな奴は――。


「どうした、飯でも食おうではないか」


 あぁ、いけない。ここ最近ずっとずっと、抑えきれない思いがここにはある。


 許せないのだからこそ、私は――。


「無銭飲食したことなら、ぐちぐち言い過ぎた、悪いな」


 ……こっちはこっちで、どうでもいいことを口にしている。あぁ、私がその程度の事を気にしていると思ったんだろうか。


 たかだか人間に言われただけで、私が気にすると本気で思っているのか?


 それとも、お前は――。


「気にしてないよー」


 貴様は、虫けらに馬鹿にされたとして、そんなものを気にするのか?


 気にするはずはない、絶対的強者と、弱者の前にはそのような関係は成立しないのだ。


 だからこそ、私は……、為さねばならないことを――。


「……お前が何を考えているのか知らないが――」


 まるでこちらを見透かしたように、口を開くな。


 時代は変わるし、世界も変わる。弱い奴が戦わねばならない世界などというものは――。


「無理はするなよ?」


 無理をしてでも変えなければならない。


 彼がやってくるまで、後数日待つのみ。それで変わる、世界の全てがひっくり返る時がやってくる。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほえー、腹の中じゃこうなのね。 どんなのがどんなシチュで来るか楽しみです。
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