天狗の仕業じゃ! これは天狗の仕業じゃ!!
目覚めた俺が見たモノ、それは――。
「すみませんでしたぁ」
土下座している、黒い羽根の翼が生えた女の姿。
気を失っている間に何かあったらしいが、猪の生姜焼きを勝手に食べた許せない女である。
「あぁ、顔上げて」
しかしながら、いきなり土下座されたのに怒りをぶつけるのは、まぁ情けないと言える打ろう。
そして翼の生えている人型、ということから目の前の女が何者なのかも、ある程度の推測はできるわけで。
「天狗じゃ、俺が腹ペコなのは天狗の仕業じゃ!!」
「間違ってないですけど、風評被害酷くなるのでやめてくれませんかねぇ!!」
などと、当人が天狗と認めたような、女とのじゃれあいが始まろうとしていて――。
「だったら、人の飯を勝手に食べなければいいだけの話だ」
気絶し寝ていた俺を近くで見ていたであろう、女のソレよりも立派な翼と、赤い顔。そして一目見ればわかる程度には長い鼻を持った、少なくとも日本人であれば一目で天狗だと判断できる、そんな男が立っていた。
「私は迦楼羅、こっちは烏天狗の八咫だ。叢雲の継承者よ、よろしく頼む」
迦楼羅と名乗った彼を見て、俺は一瞬で理解した。差吊苦やぬらりひょんの同格、それが彼なのだと。
しかしながら、そうホイホイと超上級妖が見つかっていいのだろうか? 実際に行動するわけではないが、軽く脳内で小首を傾げつつ、手を伸ばしてきた彼に握手で応じる。
「迦楼羅様と私で扱い違いません!?」
「無銭飲食する奴と、見た感じ偉い妖とでは態度も変わるに決まってんだろ」
人を見て態度を変えるのは良くない、と人はいうかもしれないが、俺は変えるべきだと胸を張る。
偉い人には偉い人に対する対応があるし、友人には友人に対する対応がある。例えば王様や殿様と友人だったとしても、公的な話をするときは偉い人に対する話し方をするべきだ。
それは相手の立場を守ることであり、自分の立場を守ることにつながる。
だから無銭飲食しやがった食い逃げやろーには、無銭飲食した食い逃げやろーにふさわしい対応をする。
「すまない、ぬらりひょんから歓迎してやれといわれていてな、迎えに遣わしたのだが」
苦笑いを浮かべながら、頭をポリポリと描く姿を見れば、どこか迦楼羅には親しみやすいモノを感じる。
ぬらりひょんもどこかそう言った感じがあったが、超上級までランクアップするとそうなるのだろうか? それともそう言った親しみやすさがないとそこまでランクアップできずに死ぬという話だろうか?
なんてくだらない考え事をしていれば、一つ気になったことが出てくる。
「紫苑はどこだ? 見当たらないんだけど」
紫苑の不在だ。
叢雲を使わない場合の俺は、はっきりと言って弱い。下級妖でも闘争本能が高そうなやつには意図も容易く蹴散らされる自信がある。まぁ、前世の記憶がかなり欠けている故に、そっち方面の話は断言できないが、少なくともこの世界に転生してからの俺は、ただの百姓の一人息子でしかなかった。
今では叢雲の継承者としての立場もあって、武家の人間になっているものの、立場が変わったからと言って身体能力が変わるわけでは断じてない。
俺は今日から忍者だ、なんて言ってる子どもが、一瞬で忍者としての力を発揮するわけがないのと同じ話である。
だからこそ、優れたくノ一である彼女の不在というのは、それはまぁ不安を呼ぶ。低レベル縛りの、裸一貫ラストダンジョン並には恐怖を感じるだろう。
だからこそ、迦楼羅たちに問いかけていく。
妖相手に恐怖を感じないか、と言われれば、まったく感じないと答えるだろう。
彼らは多少特別な力を持っているだけの隣人だ。悪意を持っている相手ならば、それこそ叢雲で立ち向かえばいい。だが彼らはそうではない。
だって、本当に悪意の類――それこそ、差吊苦のように人類そのものをどうこうしようというなどといった考え――があるのであれば、気を失っている間に殺してしまえばいい。それならば安全に解決する。
ならば、味方ではないかもしれないが、彼らは敵ではない。
「ぬらりひょんから呼び出されてな、確か……ムラマサだったか?」
だからこそ、迦楼羅の口から出た名前で、まぁある程度察することはできた。
「細かい詳細までは知らないけど、ムラマサってことは叢雲の強化か、紫苑が何か隠してた奴かな?」
その辺りの目途が立ったのであれば、まぁ俺か紫苑が直接話を聞きに行くべきであり、非常時の戦力と考えた場合は俺をこちらに残すのも正解だろう。
俺たちが樹海にやってきた理由から考えれば、紫苑という優れた忍よりも、叢雲という切り札を残した方がいい。
「さてと、それじゃあぬらりひょんから、こっちに来いって言われたんだけど、それは――」
「宝玉なら、彼女に渡して今はムラマサの所だ」
だから、まぁ目的のモノがもうここにないことを知っては、唖然とせざるを得ないのも仕方ないだろう。
命からがら、依頼を受けてとんでもないダンジョンを攻略したと思ったら、依頼主からお前が行く前に解決したとか言われるようモノである。
……楽ができるからよかった、と言いたいところだが。それなら俺もムラマサの所にいるだろう。
つまるところ、ここにいなければならない理由が存在するのは、確定事項なわけで――。
「差吊苦がここに襲撃を仕掛けてくる」
それはもう、想定していた通りの、現実を突きつけられる。
超上級妖差吊苦の襲撃。一度追い返すことに成功している、というのは勝利を約束するものではない。一度勝ったからと言って、もう一度勝てるかどうかを決定する要因ではない。
それはそうだ、前回の戦いから時間が経過している。俺は成長したかもしれないが、差吊苦が成長していないという証拠は存在しない。
知らない間に、あいつが強くなっていないとは限らないし。大蛇と融合しての戦闘が、本来の戦い方とも思えない。
「……それはどこ情報?」
「ぬらりひょんさんです」
おそらく、直接差吊苦達が話しているのを聞いたのだろう。
別段妖に詳しくない俺でも、ぬらりひょんという妖がどういう妖なのかは知っている。
どこからともなく家の中に入り込み、その住民ですら彼が家の主だと、そこにいることが自然だと認識させる妖。彼であれば、敵の本拠地だろうが、堂々と乗り込んでいくことができるだろう。
迦楼羅がどういう存在なのかを理解すれば、超上級の領域の妖はどういう存在なのか、なんて謎も理解ができる気がしないでもない。別にする必要も無いからしないけど。
「一対一であれば私と差吊苦で、ある程度勝負は拮抗すると考えられる。そこに叢雲が組めば――」
「確実に勝てると」
実際はどうか分からないが、彼にその意思があるのならば協力しよう。敵の幹部か親玉か、どちらかは分からないが、ぶちのめせるのならばしておくべきだ。
「それでいつ来る?」
「分からない」
だからこそ、彼の言葉に頭を抱え坐せられることとなる。
いや、正直機関が分からないことは別にどうでもいい。どこに行くべきかもわからずに、刀の国を放浪し続けるなど正気の沙汰ではないし、無駄に時間を費やすだけだ。
重要なのは、ここに紫苑がいないということで、紫苑がいないということは――。
「俺の訓練ができないんだけどぉ!?」
俺の訓練は、紫苑の忍術の一つを使い、肉体も脳も完全にだますことで、安全な幻覚を使っての訓練を行っていた。その場から動かず、特別な道具なども用意せずに、どのような環境でも訓練ができる、というある種理想的なそれ。
まぁ、筋トレだとか、そういうのはやろうと思えば普通にできるが、訓練の質としては格段に劣ることとなる。
それもいつ合流できるか分からない状態で。
「ならば稽古は私がつけてやろう」
迦楼羅の言葉が、俺の脳に響いて行く。
彼の言葉で一つ、思い出したことがある、それも前世のことだ。
平安時代の武将、源義経は様々な活躍をしたことで有名な人物……だったはずだ、実は前世の近所のあんちゃんとかじゃあないはずだ。だとしたら、俺は本当にどうでもいいことしか覚えていないことになる。と、意識がどうでもいい方に向きそうなのを修正しつつ、その義経のことで思い出した重要な案件がある。
彼は天狗に鍛えられたのだ。
むろんこれが真実であるかどうかは、至極どうでもいい話だ。俺は前世の世界とこちらを行き来できるわけでもないし、歴史のロマンについて語ろうにも、やはり異世界の話だからどうでもいい。
ここで重要なのは、偉大な英雄を鍛えあげた存在として、天狗が妥当なものとして人々が認識していたという点である。
これが仮に、鍛えたのが野良犬です、と言われて説得力を感じる人間などそうはいないだろう。逆に天狗は説得力があると人々は認識していた、それほどに優れた力を持つ存在が天狗なのだ。
ということは、天狗のソレも最上位の存在であろう迦楼羅に鍛え上げられれば――。
「俺は強くなれる」
俺が強くなれば、それは今後の戦いにおいても勝利につながる。
平和な未来につながるのだから、喜ばしいことなわけで――。
「どうかよろしくお願いします」
俺はどれほどの苦難が待ち受けていようとも、挑戦することに決めた。




