コンテストの結末
牛鬼退治という派手なイベントがあったことで忘れられそうだが、そもそも俺たちがこのヒウガにやってきたのは、水着美女コンテストに参加し、優勝することで商品を手に入れることだ。
だからこそ、雪花も呼び出して、紫苑との二人体制での優勝確立を上げる戦法をしようとしたわけで、極論言えば――。
「優勝賞品がなければ、参加する必要事態がないわけなんだが」
激戦の後、会場の立て直しなんかは、あまり被害も出てなかったこともあり、すぐに終わって最終種目が始まる、……と思いきや、主催者の人がいきなり観客と出場者全員の前で、大事な話があると語りだした。
「端的に言いましょう」
どこか暗い顔、というか明日世界が滅びます、なんてことを唐突に言いだしそうな、そんな顔をしているのだからどうしようもない。
いったい何を語ろうとしているのか、正直嫌な予感はビンビンに感じ取っていたが、それでもその可能性を想定したくはないまま――。
「優勝賞品の宝玉が盗まれました」
その最悪が的中した。
まぁ、彼に非はないだろう。あんな化け物が間近で暴れている状態で、財産を自分一人で守り抜けなどというのは、それこそ無責任な話でしかない。
中級以上の妖が暴れている、というのはそれこそ天災、地震が発生したり、家が火事になっているようなものであり、そんな状態で家に戻って財産回収しに行きますなんて言うのは、してはいけない行動だというのは、少し考えれば分かる話だ。
「それはそれとして、俺たちがここに来た理由は失ったけどな」
まぁ、それと無駄骨を折ったような、なんともむなしい気持ちを感じるのも仕方がない。
テスト勉強をしていたら、テストそのものがなくなったような。そんな気分を感じて――。
「無駄骨、で済めばいいな」
紫苑がどこか神妙な顔でそう語る。
あぁそうだ、最初から無かっただとかじゃなくて、盗まれたのだからこそ、そっちを気にする必要があった。
誰が盗んだのか、何の目的で盗んだのか、それこそが俺たちにとって大事なのではないか。
叢雲が空を飛べるようになる、そんなぶっ飛んだエネルギー量を有している代物。どんな風に考えても、どでかい何かをするために必要とされているとしか思えない。
それこそ、叢雲に匹敵する力が、新たに表れないとも限らないわけで――。
「そう警戒しなくてもいいさ」
突如として掛けられた、つい最近であった男の声の方向に視線を向けた。
「お、俺じゃねぇぞ?」
羅刹がそう語る通り、その声は羅刹のモノではない。
「寿司屋!?」
昼食をとった、寿司屋の板前の男である。
まるでつい先ほどからいたように、唐突に表れた彼は、口元に笑みを浮かべ――。
「ここではまずい、ついて来い」
と手招きをし、彼の営む寿司屋の中へと入れと言ってくる。
「……行きます?」
と雪花の、それこそあの男が何者なのかを心配するような、そんな表情でこちらに問いかけてくる。
唐突に、こちらの話に首を突っ込んで、おそらく彼の領域に手招きしてくる者、というのは仮に敵だとした場合とても恐ろしい。どれほどの罠が仕掛けられているのかもわからなければ、何が待っているのかも分からない。
「行くよ」
けど、行かなければ何も分からないのだ。
面々を連れて、俺は寿司屋の中に入っていった。
「……おい、寿司屋……、内装はどうした?」
だからこそ、つい先ほどまで自分たちも食事をした寿司屋の中が、がらんと何もない部屋になっていれば困惑も隠せない。
何があってこうなっているのかと、彼に問いたくなるのも至極当然だろう。
その問いに対して――。
「そりゃ、この店は畳むからね。そもそもここの空き家を勝手に使ってただけさ」
などとにやりと笑いながら、彼の姿が変貌していく。衣服は一瞬で、それこそつい先ほどまでもそうであったかのように、僧のような商人のような、実態が何なのかのつかみどころがない、よく分からない和服へ。そしてそれと共に、だんだんと後頭部が伸びていくではないか。間違いない、この男は人間ではない。
「さて、ではしっかりと名乗らせてもらおうか」
これほどに怪しい存在だと、記号ではわかるはずなのに、俺の脳はそのことに違和感を感じていない。まるでこの男が、何をしていても違和感を感じられないのだ。
男の変化した容姿と、俺が感じている違和感を感じ取れない異常、そこから奴の正体を俺は理解した。
「俺の、儂の名はぬらりひょん……、個人名……は、まぁ名乗らなくてもまだいいだろう。こう見えても超上級妖、そういう具合に分けられるのだろうな」
なんとも、ビッグネームというか、とらえどころのない奴が現れたものだ。
「さて、立ち話もなんだ、適当なところに座ってろ」
ぬらりひょんの言葉と共に、俺たちは適当なところに腰を下ろした。
「……ほう、素直だな?」
まず第1に、超上級相手にすれば、俺たちに勝ち目はないというのが一つ。叢雲で殴りかかろうにも、恐らく奴に殴りかかろうと、そう考えさせることに違和感を感じさせられるほどに、普通な状況だと誤認させられるのだろう。
第2に――。
「美味い寿司を振る舞ってくれたんだ、信用するに値するだろう」
「はははは、美味い飯を出す奴は信用できると?」
「悪いか?」
「いや、悪くない。気に入ったぞ、小僧……っと、人間なら普通に大人だったか」
にやにやと笑いながら、こちらを見つめてくる彼にしびれを切らしたのか、紫苑が問いかけ始めていく。
「警戒しなくてもいいとはどういうことだ?」
「まず、あの宝玉はただの見た目がそっくりなだけの宝石だ、お前さんたちが求めるような、武器になるような代物じゃあない。精々装飾に使えるかどうかで、例えば刀の切れ味が上がるだとかは見込めんよ」
そもそも気にする必要がない代物だと、彼は当然の様に語り始める。むろんそれを確かめることはできない、だってあの宝玉は誰かに盗まれたのだから。
しかし、それはつまりぬらりひょんの言葉が、嘘であることを証明することもできはしないということだ。
「そんで、主催者もただの村おこし的なのがしたいだけの、観光客目当てのただの一般人だ」
さも当然の様に、水着美女コンテストそのものに、何かが仕込まれていたわけでもないのだと、そうネタ晴らしをしていく。
宝玉の行方を気にする必要がなければ、俺たちが参加していたこともただのお祭りにすぎないのだと。
「……さて、これらを踏まえたうえで――」
「なぜ俺たちにそんなことを伝えようとするんだ?」
だからこそ、俺は気になったことを問いかけた。
それはそうだ、ぬらりひょんは妖で、俺はまた妖の異常発生を食い止めようとしているわけで――。
「……そりゃ差吊苦の野郎とかが気に食わないからな」
なんとも、拍子が抜けるような回答を突き付けられることとなった。
気に入らない奴への嫌がらせ、そりゃまぁ確かに、人間だって普通にやることだろう。
「あいつらは、それこそ人間を滅ぼしてやろうとか、世界征服をしてやろうなんて、バカバカしいことを考えてるのかもしれないが、俺はそんなことされたら困るんでな」
さも当然の様に、彼はそう語れば、なぜ気に食わないのかも説明をする。自分にとって都合が悪いことをする奴なんて、それはまぁ気に食わないだろう。
「……それじゃ、ぬらりひょん様――」
「ぬらりひょんでいい」
「ぬらりひょんは何がしたいのですか?」
雪花が、まるで気になったとばかりに問いかければ、ぬらりひょんは口元に手を持っていき、少し考えるかのような振る舞いをする。
多分そう言った質問に対する答え、というか自分がしたいことも特になかったのだろう。
ほんの一瞬ではあったが、考えた結果彼が出した結論は。
「人間の家で、勝手に茶を飲んで、勝手に茶菓子を食う。そう言う風に、正しく当たり前のことをしたいだけさ」
なんとも軽いというか、これまた迷惑なことを言っている気がするが、しかし人類への害意で動くわけではないことが理解できた。
人間が滅んでしまえば、人間の家で、人間の茶を勝手に飲んだり、人間が作った茶菓子を勝手に食べたりはできない。
だから人間には生きていて欲しいのだと、自分本位でありながら、それでも人間のことを思っての言葉だ。
「逆に聞くが、叢雲の乗り手……、お前は妖を根絶したいなどと考えているのか?」
「別にそんなもんにも興味はないな」
「それと同じだ、人間だって妖が滅ぶことを望まないし、少なくない妖も、人間が滅ぶことを望まない」
まるで当たり前のことのように、彼はそう語って見せる。
前世の世界の人間の罪、などというつもりはないが、人間は多くの生き物を絶滅させてきた。そして人間は絶滅を防ぐために、あれこれと行動していた。
滅ぼしてしまうのも、滅びないようにするのもどちらも人間だ。
それと同じで、ぬらりひょんは人間が滅びないように、少し手を貸してくれているのだろう。
「さて、ここからが本題だ」
だからこそ、彼のその言葉は俺たちの、これから先の運命を告げられるような、そんなイメージを感じ取った。
「奴らは、ある存在を蘇らせようとしている」
それは差吊苦たちの行おうとしている、邪悪の企み。
あいつが蘇らせようとする程の存在、なんて聞いてしまえば正直なところ震えが止まらなくなるほどだ。
大抵その手のパターンだと、蘇らせるために行動している奴よりも、そいつらが蘇らせようとしている奴の方が強い。そうでない場合も、蘇らせた結果強くなるとかそう言う奴だ。
「そして、その蘇らせるために必要なものこそ、これだ」
そう言いながら、ぬらりひょんが懐から取り出したモノは――。
「俺が手に入れた宝玉にそっくりだ」
なんとなく想像していた通り、俺が遺跡で手に入れた代物そっくりな代物。色が少し違うが、まあ種類とかが違うのだろう。
「お前さんたちは、こいつを集め奴らのたくらみを阻止しなければならない」
ここからが本番だとばかりに、それらしくなってきたではないか。
人類が、そして俺が幸せに生きるためにも、明確にしなければならない目標って奴ができてきた。
やる気と闘志がみなぎってくるのを、俺は確かに感じ取った。
次回予告
ぬらりひょんの語る、差吊苦達超上級妖たちの企みを阻止するため、俺たちはなんとカイの樹海に進むことになってしまった。
カイの樹海には、それはもうやったらめったらに人が死ぬ場所があるとか言われているが、俺たちもそうはならないよな?
って、ずっと空から誰かに見られている予感、これは敵か? それとも味方か?
どちらにせよ、俺と叢雲ならば怖いもんは無し……って、妖じゃなくてロボットが襲い掛かって来ただと!?
どうやら今まで以上にヤバいことになりそうだと、絶体絶命のピンチに紫色の旋風が巻き起こる。
次回! 絡繰武勝叢雲
「疾風忍者ノノウ現る!」
あの忍者、何者なんだ!?




