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絡繰武勝叢雲  作者: 藍戸優紀
第4話 ヒウガのビーチで水着大会!?
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駆けろ、水泳大会

 私は泳げない。


 そもそもの話として、海が近くにない山の中で育った、だから海で泳ぐ経験なんてなかった。


 そもそもの話として、私が活動する時期は基本的に、川や池も凍り付いていて、泳ぐ経験なんてなかった。


 つまるところ――。


「……第一種目で退場かぁ」


 勝てない、水泳を強いられた以上、私は勝てない。


 泳げないのに、速く泳ぐことなどできはしないのだから。


 できないことが、唐突にできるようになった、なんて都合がいい覚醒展開なんてありはしない。なんやかんやでそう言うのは、事前に練習をしていたとか、見本を見ていたとか、何らかの伏線があって初めて成立するものだし、そもそもこれは現実だ。


 世界とはそう都合がいいようにできていないし、そもそも私が勝たなくても――。


「紫苑さん、お願いします」


 彼女が代わりに戦ってくれる、勝てる人が勝つべきなのであって、できない人が無理に頑張る必要なんてないのだから。


「……諦めるのか?」


 だからこそ、彼女がどうしてそんな風に? なんて言うかのように、首をかしげながら問いかけてきたことが私には分からなかった。


「私は泳いだことなんてないですから」

「やる前から諦めるのか?」


 諦めるも何も、私では勝てない――。


「勝てないから諦めるのか?」


 彼女は何を言っているのか――。


「それなら、お前を連れてこようといった龍牙の判断は間違っていたし――」


 あの人が私に――。


「あいつが戦うことも辞めさせるべきだな」


 どういうことだ?


「あの人は、あんな凄いモノを動かして、皆のために戦える凄い人で――」

「でもあいつは、鉄龍牙はただの人間で、なんの力も震えない凡人で、未だ戦士として覚醒していない、一般人でしかない」


 何が言いたいんですか――。


「あいつは、あいつのスタート地点は、正真正銘の最悪で――」


 ただ助けを求めただけの人だ、彼のことは私は知らない。


 ただいじめられてたのも辛くて、悪いことをしようとしてたのを知って、助けを求めた人だ。


 だからあの人は、生まれながらの英雄で――。


「英雄になるはずじゃなかった人間だ、英雄なんかになってしまうことになってしまった人間だ」


 英雄になってしまった?


「英雄っていうのはな、いない方がいいんだ。俗にいう救世主なんてのは救われない人がいるから必要になる、だって救う対象がいないなら、救世主なんて呼ばれ方はしないのだからな」

「それと、なってしまったなんて言い方は違うんじゃ――」

「あいつはな……、英雄になる以外に生きる選択肢がなかった」


 選択肢がなかった?


「……叢雲が使えるのはあいつしかいないし、叢雲がなければ人類に未来はない、そして当然アイツも殺される未来しかないわけだ」

「……選べなかった」

「そうだ、しかも正直現状のあいつでは……、妖側が本気で潰す気になれば、いつでも殺される程度の力しかない。正面から戦っての話でそれだ」


 ……だから、やっても勝てない。勝ち目がないはずの状況でも、ただの人間が立ち向かっている。


「私という代わりがいる、多少は気楽にやれるんだ。あいつがろくでもない状況でも、諦めない奴だと思って、力になってやりたいと思うのなら……、あいつよりずっと楽なことをやってみるだけやってみろ……、どんな手段を使ってでもな?」


 にやりと笑う紫苑さんの姿は、まるでとんでもない悪戯を行おうとしている少年の様で、なんというか、こっちが本来の彼女なのではないかと、そう思ってしまっていた。


 どんな手段を使ってでも……だというのなら、やれることをやるしかないだろう。


「……彼よりは肩の力を抜いて頑張れること、だしね」


 人それぞれ辛いことをしていて、少なくとも私は彼に借りがある。返さなければならない恩がある。家族が悪事をなした尻拭いを、代わりにしてもらったのだから。


 だったら、無理だと諦めるのは、少しでも頑張ってからでもいいだろう。




「それでは、第1種目、水泳対決! 始めぇぇぇぇい!!」


 紫苑さんの言葉を受けて、覚悟を決めてから少しの時間が経過した今、水泳対決が始まった。


 ルールはシンプル、目印となる沖の方の岩まで行き、戻ってきたらいい。後はその行動がどれだけ早いかの勝負。それ以外にルールは存在しない。


 50mあるかどうかの、行ってしまえば短距離の勝負。1分1秒が勝負を分ける戦いで――。


「っ!」


 私は躊躇してしまった。泳げないのだから仕方がないし、そもそも人数が多すぎる。明らかに回数を減らすためだけに70人を超える人数を、同時に泳がせるんだから、そもそものスタートダッシュに差ができるのも仕方がない。


「ふむ、番号が後ろの方だと、スタート地点も後ろの方だからな」


 そしてそれは、私だけじゃなく紫苑さんもそうであった。別段泳げないわけではないらしいのだが――。


「さて、そろそろ行くか」


 そう告げた彼女は、突如としてその場にかがんだかと思えば、手を地につけ、利き足と思われる方の足を前にかけた体制に入った。


「ルールが少なくて助かる」


 そう告げると共に、紫の閃光が跳ぶ。いや、砂浜を走っただけの話だ、そしてそのまま彼女は海面(・・)を走った。


 ……待ってほしい、彼女は何をした?


 観客の方からもどよめきの声が上がる。


 先頭を泳いでいた私たちと同じように普通とは違う水着の人も、驚きを隠せないでいた。私に対して、やさしく声をかけたあの人が。一瞬で追い抜かれたことに気が付いたのだろう。


「……そうか、それがいいなら」


 あれが許されるのならば、私もやりようがある。


 雪女という種族の持つ冷気を操る力、中級レベルになれば真夏でも、人里を一瞬で凍結させることができる。私は下級だが――。


「足の裏が触れた場所だけを凍らせるくらいならばどうとでもできる!!」


 紫苑さんと同じように、全力で水面を走る。一瞬だけ海面の、足が触れる場所だけ凍らせて、それを足場にして走る。


 当然の話だけど、水中を泳ぐよりも、陸上を走ったほうが早く動ける。どれだけ後ろの方だったとしても、追い抜くことなんて大した問題はない。


「見本がある、やろうと思えばやれるっ!!」


 人間にできたんだ、妖にできない理由はない。


 紫苑さんが駆け抜けゴールに戻ってくるのと同じくらいの頃、私も――紫苑という例外を除いて――最上位の層に入り込んでいた。


 田井大愛という――紫苑という非常識な人を除いて――1位だった彼女を追い抜くのもあと少し、そこまで来て――。


「……ふぅん、貴女はそういう人だったのねぇ?」


 彼女が明らかにこちらに話しかけてきた。泳いでいるにもかかわらずだ。


 ……なるほど、つまり彼女も人間ではなかったらしい。だから、人間ではない私にそう言う言葉をかけたのでしょう。自分が出場しても問題がないという風にするために。


 ……優しい人かと思ってましたけど、龍牙さんの感じていたであろう不快感が理解できました。この人は敵だ。




 海面を全速力で駆け抜けた私は、2着でこの種目を乗り越えて――。


「上位2人がその2人なのはおかしいんじゃないかしらぁ?」


 物言いが入った。彼女の言い分はこうだ。


「そこの2人泳いでいないんだから、そもそもルール違反で失格なんじゃないかしらぁ?」


 そうだ、確かに私たちは泳いでいないのだから失格だと言われても仕方が――。


「そんなルールはないんだから問題ないに決まっているんですが?」


 ないわけではなかった、まさかの主催者側の却下の言葉であった。


「ルールは沖の岩まで行って戻ってくる、ただそれだけです」

「えっとぉ、どういうことなのかしらぁ?」

「瞬間移動しようが、空飛ぼうが、海底を走ろうが、海面を走ろうができるのならばしていいんですよ」


 してはいけないというルールがない以上、していいのだ。それが主催者の出した結論。そして――。


「そもそも泳ぐというのは、手足なんかを動かして水中や水面を移動することを指す言葉です」

「つまりなんだって言うのかしらぁ?」

「水面走ろうが、手足を動かして移動している以上は、泳いでいるんですよ」


 正直なところ、実際にやった側としても暴論な気がしないでもない。でも主催者はこの大会において絶対だ、たとえ将軍だろうと、妖だろうと、神であろうとも、この大会においては、主催者を上回ることはできはしないのです。


 ……いや、それにしてもこういうの大丈夫でいいんでしょうか。

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[一言] 主催者太っ腹ぁー! 凍らせて滑るのは予想してましたがまさか二人共水面走りを選択するとはw
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