美とはなんだ
無事、と言っていいのかはさておきだが、二人のコンテスト参加登録が完了した。実際の大会の開始はまだ少し先、という話をコンテストの運営の人に確認をを取れば、手始めにある問題を解決する必要が出てきたのだ。
「二人とも、水着持ってるの?」
至極当たり前の話だが、水着美女コンテストは水着を着ている美女が競うコンテストである。男が出場できないのと同じように、水着を着ていなければ出場できない。
たとえどれほどの美女であろうとも、水着がなければスタート地点に立つことすら許されない。なんならとんでもないブサイクでも、水着を持っているほうが優勝に近いと言っても過言ではないだろう。
「あ」
「そうだったな、これ水着コンテストだったな」
そして二人の反応から分かるように、この二人……、そもそもスタート地点に立てていなかった。
洒落にならないような、最悪の失敗と言っても過言ではない。
頭を抱える面々を尻目に、俺は少し考え――。
ある店に顔を出すことにした。
「ごめんくださーい」
「おっ、なんだなんだ? まさかとは思うが水着美女コンテストの出場登録をしたのに、水着を持って来るのを忘れたお間抜けさんか?」
俺の後ろで二人ほど、女性があまりの苦しみか崩れ落ちたが、まぁ気にしないでいいだろう。言ってしまえば二人の自業自得だ。
「あぁ、俺の連れがお間抜けさんでな」
「グフゥ!?」
「ドムゥ!?」
……なんか変な血の吐き方してるがまぁ、いいだろう。
「……この二人に水着を見繕いたいんだが、構わないか?」
俺たちがやってきたのは、水着専門店『歩聖丼』。この辺りでは話題になっている、売れ筋の水着専門店である。
店内を見れば見事なまでに女物の水着が至る所に、そして至極当然の様に客も女性ばかりだ。ここにいる男性は俺を除けば、明らかに女性の付き添いの人、そして目の前のこの店員位である。
がたいの良い、と言えば聞こえがいいが、どちらかと言えば太っているといっても過言ではない男。彼は髪を隠すように、それこそ中東のターバンのように布を巻いて髪を隠していた。まるで胡散臭い外見、しかしながらそこに不快感が存在しない。
そんな気のよさそうな彼に促されるように、店内に入っていけば二人の水着選びが始まっていく。
「さて、水着美女コンテストにおいて、水着とはどういうものか、あんたは理解しているか?」
「……着ていなければならない、服?」
ふと、思いついた自身の回答を彼に告げれば、飽きれたような表情で首を横に振る。
ものすごくバカにされている事実だけは理解したものの、物凄い腹が立ったが、おそらく彼の方が正しいのだと考え、答えを求めることにした。
「じゃあどういうものなんだ?」
「武器だ。侍が良い刀を求めるように、水着美女コンテストにおいて出場者は良い水着を求める」
水着とは武器である。言葉にすればバカバカしさすら感じられるが、しかしこの店員の瞳に嘘や冗談の色は存在しない。絶対的な真実として、彼はそう口にする。
「まずそもそも衣服ってのはな、自分を表現する物である以上に、自分をよりよくするための、自分の魅力を向上させるための武器という側面があるのさ」
彼はそれを理解しているからこそ、この仕事に就いているだとそう示された気がしてくる。
「例えばだ、ちっさい子が、大人にあこがれるのはともかくとして、もはやアダルティな、それこそエロい服を着たとする。もちろんサイズはジャストな?」
彼の紡ぐ言葉にどこか違和感を感じながら、しかしもはや演説とすら認識させられる言動に魅了されて行く。
「一部の特殊な事例を除いて基本的に感じるのは、似合っていないという感想だ。それがコスプレの類に見えるモノなら話は変わってくるが、今回の場合は普通に日常生活を送るうえでの服だ」
そこには確かな納得が生じる、彼の言葉が正論だと、少なくとも俺は理解させられる。
「それは似合っていない、無理をした服装ということだ」
故にこそ、彼はより良い選び方というものを伝えてくれるのだろう。
「逆の例だ、それこそ熟女と呼ばれるようなおばさんが、女子高生の制服を着ている姿を想像してみろ」
理解した、どう考えても――。
「似合っていない、無理をしているとしか認識できない」
「そういうことだ、ここで似合っていると感じるのは、それこそ特殊な環境か、特殊な人物が来ている場合だ」
故にこそ、その纏う人間がふさわしい衣服をまとう必要がある。
「理解できたならば、彼女らの水着を選ぼう、彼女らが扱う水着を与えよう」
「……あんた、どうしてそこまで――」
俺たちに力を貸してくれるのか、そう問おうとすれば、手を伸ばして制止させられる。言わなくても大丈夫だ、俺たちはその事実を知っていると。
「その右手を見ればわかる。希望に手を差し伸べるのは、生きとし生けるものとして当然のことだろう?」
「……何故知っている?」
だからこそ、彼の告げた俺の右手を示しての人類の希望という言葉で、俺は理解した。この男は――。
「叢雲のことを知っているんだ?」
彼の言葉が何であれ、知る人ぞ知る叢雲の存在を知っている人間、警戒せざるを得ないわけで、俺の視線は、店員をじろりと睨みつけていた。眼力が物理的な力を生じさせるのならば、人を二桁は殺せるであろう程の力を込めて。
「……俺も、そしてご先祖様も転生者だ」
ぼそりと、誰にも聞かせないように語った彼の言葉は、何処か悲しさを感じさせるものだった。
その言葉の真意が何なのかはさておき、確かに彼はその言葉に自身の……、いや先祖の悲しみを載せていた。
ただ一つ、俺に分かることは――。
「信じればいいんだろ? それも、マジで俺たちが勝たないとまずいことがあるって感じで」
あの違和感を感じさせた女、アレが何かをやらかすのだろう。しかも、優勝賞品を手に入れられると、とんでもなく不味いことになるのだと。
「いや、知らん。ご先祖様がその痣をしてる奴がいたら助けろって言われてるだけだ」
……嘘だろ、おい。
「……ふむ、まぁ龍牙以外にも転生者がいるだろうとは思っていたが、それだけで協力してくれるとはな」
「あぁ、いいさいいさ、ご先祖様の願いってのもあるけど、かわいい女の子の水着姿が見れるってのもデカいからなぁ」
男の言葉に紫苑達は白い目で見つめる。実際彼女らの視点で見ればそうなるのも必然であろうか。
「それで、あんたの名前は?」
「おっと、名乗ってなかったな……、俺は温羅、温羅羅刹」
そう告げると共に、彼はターバンを外してにやりと笑いながら、ターバンの下にあったものを見せる。
「……角?」
「おう、俺は人と鬼の間の子だ」
そう言えば、温羅だ、羅刹だというのは鬼の名前だった気がする。……どうしてこう、実生活で役に立たない事だけ覚えているのだろうか、前世の俺はどうしようもないバカ野郎だった可能性がみるみる増してきた。
そして、あぁなるほど――。
「だからここでこういうことしてるのか」
「ははは、まぁ鬼が金銀財宝に美味しい酒、そしてかわいい女の子を求めるのは、生物としての本能って奴だからな」
ガハハと笑う彼を見ながら、ある種の納得をした。鬼としての欲求を満たせるからこそ、彼はここで水着の販売をしているのだ。自分のモノにする必要はない、ただ愛でられればそれで十分なのだと。
故にこそ、彼はその欲求を極限のレベルで満たしたい。つまり――。
「二人の水着、選んでもらってもいいか」
「なにっ!?」
「龍牙さん!?」
「任された!」
誰よりも、二人に似合った水着を用意してくれるだけの、能力がこの男にはあるのだ。
紫苑と雪花が抗議する声も聞こえてくるが、しかしそんなことはどうでもいい。勝たなければならないのだから。
それに……まぁ、本番で初めて水着を見れるってのも、ある種乙なモノだろう?




