海の奇妙な騒ぎ
「海だぁぁぁぁぁぁっ!!」
とテンション高く叫ぶ少女が一人。
「……たかが海だぞ?」
「私山の方に住んでたから、海なんて初めて見たんです」
紫苑の指摘した彼女こそ、雪花。差吊苦と俺たちが初めて遭遇した、人里凍結事件を俺たちに伝えてくれた、雪女の少女だ。
「ま、それが嬉しいのは構わないが、一仕事してもらうぜ?」
「はい、分かっています!」
さて、俺たちがやってきたのはヒウガの砂浜。目的は、以前俺が見つけた高純度エネルギー結晶とでも言うべき、すさまじいエネルギーを秘めた宝玉の入手だ。
これを入手し、活用することで叢雲が空を飛ぶための、それこそパワーアップのための装備の開発ができる……かもしれない。
例の遺跡のモノと同じだけの量があるのであれば、作成できる可能性は高いらしいが、結局は現物を見なければ意味がないのだ。
そしてその入手手段が――。
「み、水着は恥ずかしいけど頑張ります」
「俺も水着美女コンテストなんかで手に入るアイテムが、パワーアップのために必要になるって現状が恥ずかしいわ」
そう、水着美女コンテストである。
正直なところ、将軍の威光を振りかざせばどうとでもなる気がしないでもないのだが、それはダメだと言われてしまった。
人類の希望と、水着美女コンテストで後者が優先された。正直なところ、もはや悪い夢であった欲しいもんだが、ところがどっこいこれが現実。
ギャグではなくシリアスな問題として、俺たちは水着美女コンテストに優勝しなければならないのである。
故にこそ、こちらが使える手札は増やさなければならない。
「雪花に来てもらったのも、まぁそう言う話なんだわ」
「正直なところ、服飾のセンスは私にはないからな」
「あははははは、でもいいんですか? 将軍様の直属の――」
「ちょっとの間位、食いたいものが食えない程度の我慢はしてほしいもんだ」
「それで文句を言われる筋合いなど欠片もないからな」
ぶつくさと、今回に限って将軍様への不満の声を上げてはいる程度には、俺たちも不満が収まらないという訳である。
「……とは言え、二人とも絶世の美女って奴だし? よっぽどのことがない限り、いけるんじゃないか?」
さて、数分前の俺をぶん殴りたくなってしまったのは仕方ないだろう。どうして? と言われれば、俺の視覚と聴覚が実に鋭敏に物語っている。
「いやー、今年は私が優勝するんだからっ!」
「あらあら、私が優勝するに決まっているではありませんかっ!」
「ふっ、貧乏人どもが偉そうにぬかしおるわ」
……右からべっぴんさん、べっぴんさん、一人飛ばしてべっぴんさん。なんて、それこそよくあるネタに走りたくなる程度には、右から左までずーっと美女美女美女、たまに一寸お前場違いじゃねぇか? って奴もいるが、しかしながらそれはそれだ。おそらくああいう奴は、ああいう奴で、何かしらの強みを持っている、世の中そう言うものだ。
「……紫苑や雪花なら、それこそどうにかなると思ったが……、勝てるかどうかわからないかもな」
「失礼な奴、と言いたいところだが正しい認識だな……、必ず勝たねばな」
それを理解している俺と紫苑の会話をよそに、雪花はどこか不安そうな顔をしている。表情から見て、優勝できるかどうかが不安といったようには見えない、そことは別の――。
「妖の私が出場していいんでしょうか」
ある種の差別、実際の所現在の人間と妖の状況をちゃんと理解している人間は、俺を含めても両手の指で足りるかどうか、という程度しか存在しない。実際問題、隠す必要はないが、事実を伝える必要性も薄いのだ。下手に伝えて混乱を引き起こすわけにはいかないという事実がある。
だからこそ、別段この大会に妖が紛れ込んだとして、誰も怒らないし怯えないだろう。
それを当人が理解しているのか、という問題は置いておいての話だが。
いや、きっと頭では理解しているのだろう。だが、魂ではどうだろうか。
俺たちが口にしたところで、それは雪花を知っている人間の言葉だ。多少は理解しているからこそできる言葉だと、彼女の感じている問題の解決にはならない。
彼女が気にしているのは彼女を知らない誰かの視点なのだから。
「あらぁ? そんなの気にしなくていいのよぉ」
だからこそ、いきなりかけられた声の主に反応ができなかった。
どうやらそれは紫苑も同じ様子で、目を見開き驚愕をあらわにしたその表情自体が、声の主の察知ができていなかったことそのものを示している。
将軍の下で行動する、忍びの集団の上司を務めている彼女がだ。
「ふふっ、あらぁ? 私ぃ変なことを言ったかしらぁ?」
どこかだるそうな、しかし甘ったるい喋り方をする女。ひらひらとした、どこか女の子らしい。だけどこの国のモノではない衣服をまとった彼女は、紫苑や雪花にも勝るとも劣らない、絶世の美女という評価がふさわしいだろう。
しかも胸がデカい。
それもただデカいのではない、紫苑や雪花が普通にデカいのに対して、それよりもデカいのだ。下手すれば奇怪とでも言うレベルになりかねない、しかしそこまでいかない彼女のソレをじっと見つめ――。
「あらぁ、気になるのかしらぁ?」
と、彼女が問いかけてくる。あぁ、確かにここにきている女と考えて、理解した。こいつは手ごわいライバルになるだろう。
だがそれ以上に――。
「いや、別にいいよ」
嫌悪感を感じたのだ。
顔は正直嫌いじゃないし、体型もまぁ男受けするし、俺も好きな感じだ。だが別の何かが、この女への警戒信号をギンギンに高まらせていく。それこそ誰かに嫉妬されて殺されるとか、女の敵に成り下がるなんて甘っちょろい危険ではない。明確な死への警戒を誘発させられている。
だが何が俺にそれをしろと、この女を警戒しろと告げているのかが分からない。
「……あらぁ、そう?」
彼女の、信じられないものを見た、という表情が俺の疑問をより強くしていった。
まるで、それこそ肯定するのが当たり前のような、そんな発言に。
「まぁ、いいわぁ……、コンテストに出るんだったらぁ、悪いけどぉ優勝は私だから諦めてねぇ?」
俺は彼女の言葉でようやく、戦闘中でも何でもないことを思い出した。手を振り去る彼女を見送れば、何処か怯えている様子だった雪花はもういなかった。
むしろ、どこか燃えている。雪女だというのに、ごうごうと燃え盛っていた。それは隣の紫苑も同じであり、まるで何か嫉妬でもしているようだ。
……まぁ、それがどういう意味なのかについて、俺がどうこう言うのは野暮というものだろう。
それに予想外れてたら恥ずかしいし? 格好悪いじゃないか。
「……龍牙、アレにだけは負けられないぞ」
「はい、私たちで必ず勝つんです」
「お、おう、頑張ってくれよ」
重要なのはここに来た時と比べて、格段に彼女たちのやる気が増しているということ。
……これはつまるところ、女の戦いという奴なのだろう。
そういうものに顔を突っ込めばろくなことにならない、ということはよく分かっているのだが、今回のこれは最悪なことに俺も当事者なのだ。
……誰か変わってくれないかなぁ、屈強な大男が変わってくれるなら、喜んで差し出すんだが。
「龍牙、いくぞ」
「早く出場登録しないと」
とても女性から出たとは思えない、魂が掴まれるかのような低い声で二人から呼びかけられる。
顔もスタイルも、ついでに言えば性格とかもいいんだから、二人が勝つためにできることをしよう。
とりあえず二人がいつも通りに振る舞えるように――。
「頑張らないとな」
虚空を見つめながら、俺はそう呟いた。




