机上の空論、妄想の果て
世の中完全無敵、などというのは存在しない。至極当たり前の話だが、何らかの穴ができるようになっている。
例えばどのような攻撃も無効化する、なんて能力を持っている奴がいたとする。だがしかし、それは攻撃を無効化するのであって、攻撃でなければ防げないということにもなる。
考えるのが人であれば、人が完璧でない以上何かしらの穴が生まれるのは必然であり。神が考えたのだとしても、この世界がどう見ても完璧でない以上、仮に神が完璧でも穴が用意されているのはこれまた必然だ。
これに関しては、良いとか悪いとかの話ではなく、どうしようもない話で――。
「改善するために頑張れるのが人間のいいところだよな」
「あぁ、だからこそいま私たちは叢雲の弱点を対策しようとしているのだからな」
今俺と紫苑は、二人でムラマサに要望する予定の、叢雲の強化計画の立案をしていた。
朝食がてら、俺と紫苑で作った軽い軽食をつまみながら、の話ではあるが。
「しかし、実際問題難しい問題だな」
「風ではダメ、重力操作もダメ、飛行能力はあったが出力が足りずにダメ」
当然の話だが、能力の複合は完全にダメ。能力は一人一つの原則は、能力を受け取れる器の俺でもダメなのだ。人間である以上の限界であると共に、俺が人間であると胸を張れる要素の一つでもある。
種族差別なんぞをするつもりはないが、それはそれとして人間として生まれたのならば、人間としての誇りをもって生きるべきなのだから。
なんて小難しい話をしながら、手元にある握り飯を口に入れる。梅干しの酸味が美味い具合に舌を、そして脳を刺激して体に活力を与えてくれる。戦いだけが人生ではなく、鍛錬だけが人生ではない。
うまい飯を食べ、自分の血肉に変えることもまた人生だ。
「そもそも、転生者が数百人いて解決策が思いつかなかった問題だからなぁ」
「持っている知識量の問題で困難ということか」
よっぽど前世が、それこそ原始時代とかそう言うのでもない限り、転生者というものは普通の人間よりも知識量で勝る傾向がある。これは初代様の時代の書物に書いてあったらしい――俺は直接読んでないので分からない――ので、ほぼ間違いないことだろう。仮に前世のことを丸々覚えていたとすれば、一生で得られる知識を、最初から持っているのだから当然の話ではある。
そして当然前世の世界が皆同じなはずがない。なにせすでに異世界の存在が証明されている以上、全員同じ世界出身という可能性が、それこそ連続で宝くじの一等を当て続けるような、ものすごい確率になるであろうことは容易く考えられる。
「……となると、お前だけの発想になるわけだが」
「残念ながら前世の記憶も、それこそどうでもいい話になる」
じっさい、本当にどうでもいいことばかり覚えている。あのお笑い芸人面白かったなぁ、で止まってしまっていては、その芸人のネタをすることで金を稼ぐこともできはしないのだ。
自分でも受け入れていた、自分の弱点に頭を抱えて入れば――。
「まぁ、それがお前だ。お前の強みだ」
紫苑は味噌汁の椀を置いて、そう口にする。
「前世の知識に引っ張られずに、今の自分の立場で、素直に物事を考えられるのがお前の強みだからな」
彼女には、俺のことがそう見えたのであろうか。だというのならば、その期待に応えたいと思うのもまた必然だ。かわいい女の子に頑張れっ! って言われて、頑張れないほどに余裕がないわけでも、格好をつけることをやめたわけでもない。
それに、誰だって格好よく在れるのならば、格好良く在りたいだろう。
「……飛ぶもの、鳥、飛行機、天狗――」
ならばと、思い浮かぶものを一つ一つ口にしていく、空飛ぶものならば何でもいいとばかりに。
思い浮かぶものが10を超えたあたりで――。
「……翼をポンと後付けか?」
思いついた解決法が、その程度のずさんなものになってしまう。当たり前だ、空を飛ぶのに翼だけでは解決しない、叢雲が飛ぶための推進力が足りないのだ。
致命的な問題として、ムラマサというイレギュラーは存在するものの、基本的にこの世界の技術力は、ほとんど記憶のない俺ですら、前世の世界の方が勝っていると断言できてしまう。
例えば、ものすごい魔法があったとしても、移動手段が馬です。だなんて話になれば、基本的に自動車で移動する、前世の方が優れているわけである。
そして、まぁ残念ながらその手の技術が劣っているこの世界で、真っ当な手段での飛行能力というのは難しく、俺が想定した翼による飛翔では、十中八九推進力が足りない、それはもう物凄いエネルギーが必要なわけで――。
「ふむ、よく分からないものを使うのはよろしくないかもしれないが、まぁできるかもな」
だからこそ、彼女の言葉に俺は首を傾げた。どこにそんなものがあるのか? と言いそうになって、それはもう思い出したのだ。
「自分が成し遂げた功績というものは、案外自分では分からない者なのかもしれないな」
にやりと笑う彼女は、どこか楽しそうに感じ取れた。ある意味で素を見せてくれてているのだろう。
「あの宝玉か、それを使えば行けるかもな」
物凄いエネルギーを秘めているとムラマサが言っていた、使えるのならば行けるかもしれない。
「……残念ながら一つじゃ厳しいだろうな」
と、淡い期待は容易く打ち砕かれることとなった、2つ持ち帰った宝玉の内一つは既に何らかの形で用途が決まっているらしく、残りの一つでは飛ぶことは難しいのだという。
現実とは、それこそうまくいかないものだと突き付けられそうになって――。
「失礼!」
「えっ!?」
と、突如としてどこからか忍び装束の――声から察するに男――人物が現れた。まるで最初からそこにいたかのように。
しかしながら、驚いたのは俺だけで、紫苑もムラマサたちもどこ吹く風。まるで何もおかしなことがないかのように振る舞っているわけで。
「鉄龍牙殿、報告でござる」
「いや、まずあんた誰よ!?」
扱く当たり前な、俺の疑問に対して――。
「そいつは将軍様の直属の御庭番、つまりは我々の味方だ」
と、紫苑が回答をしてくれたわけだ。なるほど、将軍様直々に、俺たちに伝えねばならない情報という訳である。
「そして私の部下だ」
さらっと、紫苑がこれまたとんでもないことを伝えてくれた気がするが、まぁ気にしないことにしよう。俺が考えたところで別に意味がないし、今後の人生や戦いに影響もしないだろう。
極論、彼女がどれほどの立場にいる人間だったとしても、俺にとってはどうでもいい話なのだ。紫苑は紫苑、俺に力を貸してくれている、頼りになる仲間。
「それでですね、先日報告していただいた宝玉と、告示する物品が発見されたのです」
「なにっ!?」
「2つあるなら作れるかもなぁ!!」
彼の伝えてくれた情報に、俺は喜びのあまり叫びをあげ、ムラマサたちもどこかテンションが高い。
鋼の鎧武者が、空すらも制覇すると考えればその喜びも納得がいくだろう。
なにせ格好いいから。
「……それで、その告示する物品ってのはどこで見つかったんだ?」
「はい、ヒウガの海辺です」
ヒウガ……まぁ、少し遠いが何とかなる距離とも言えなくはない。しかも将軍側が、つまり人間側が確認したということは、まぁ入手もそう難しくないだろう。
「それで、ヒウガの海辺は分かったが……、どのような場所で手に入れる方法は分かっているのか?」
「はっ、紫苑様。ヒウガのある場所で開催される祭りの場所で、ある条件を満たしたものに授けられるのだというのです」
なるほど、もしかして……、それは選ばれし勇者に授けるだとか、なんかそう言う感じの奴なのだろう。あんなヤバい場所に隠されていたと考えれば、それこそそういう扱いがふさわしいわけで。
「その条件とはなんだ?」
「水着美女コンテストの優勝賞品です」
……彼の言葉を聞くと同時に、世界の時が止まった。実際は違うのだろう、だが俺はそう認識させられてしまった。実際に止まったかどうかなどどうでもいい――というか、多分止まってない――、俺たちにそう思わせるほどに、バカバカしい言葉が聞こえたのだ。
正直なところ、あんな苦しい思いをして手に入れた代物の入手手段として、実にふさわしくないような発言だったことを、俺は受け入れたくないのだろう。
「今何と言った?」
「水着美女コンテストの優勝賞品です」
紫苑は顔が、それこそごみを見るような目をしながら固まってしまう。正直俺も同じような顔になっている自覚がある。
ムラマサたちはと言えば、もう興味は失った様子で、自分たちの工房へと帰っていった。仕方ない、俺だってそうしたい。
「……なんで、そんなバカバカしいことの商品に、俺が命をかけて探し出した代物の同類が、当たり前のように使われてるんですかねぇ」
力なく呟かれた俺の言葉は、ただただ空しく室内を響き渡っていた。




