熱き命の息吹と共に
「風林火山!!」
どこまでもいつも通りでいい、俺はそれを魂に刻み付けながら。迫りくる邪悪な力に向かって右腕を突き出し――。
「ふはははははっ、死ねぃっ!!」
大口を開けて俺の右腕に、大蛇の顎が食らいつく。
そう、食らいついてくれた。
「侵掠すること火の如く!!」
俺の叫びと共に、口の中で形成される銃口。
体の内側という鱗に守られていない、軟らかい肉の中で銃口が存在する。
「ここなら外以上にひどいことになるだろうなぁ!!」
「ま、待て!?」
引き金を引く。
ズドンっ! と大きな音が大蛇の中から鳴り響く。
引き金を引く。
激痛が走りもだえ苦しむ大蛇の姿が視界に入る。
引き金を引く。
あまりの痛みに逃れようと、口を開けて逃げようとするので、開いている左手で無理やり咥えさせる。
「……こいつはイケるぜ」
そのまま叢雲に遺された遺産のいくつかの仕様を開始する。
「エネルギーチャージ、対象時間停止、射撃強化、炎撃、氷撃、風撃、電撃、突っ込めるだけ突っ込んで!!」
発射直前の状態で、エネルギー弾に流れる時間を止める。これを利用することで、発射するまでの時間を引き延ばすことができる。
これの意味は実にシンプル。転生者たちの遺した力は、一度に一つしか使えない。
だが、使った後にすぐに別のモノを使うことは可能なのだ。発射前の弾丸に複数の力を籠めることも、当然可能だ。
「こいつが風林火山、火の最大出力!!」
実際の所本当にそうなのかなんてのはどうでもいい、俺はそうであれと望んだ、ただそれだけの意思としての言葉だ。
大蛇と一体化した差吊苦は、それこそ恐怖でも感じたのだろうか、今までの3発の弾丸を受けた時以上に、必死にもがき逃れようとする。
「活火激発!!」
引き金を引く。
ただそれだけで、大蛇の体の中で破壊が巻き起こる。体の中から、焼かれ、凍らされ、嵐が吹き荒れ、雷が全身に流れる。
全身全霊の滅びが一つの世界を支配する。
噛みつく力を失ったのか、どこか惚けた様子の大蛇を上空に向かって投げ飛ばす。
「風林火山! 疾きこと風の如く!!」
それを追うように、叢雲も跳ぶ。両手に持ったダガーを構えたままに――。
「されるがままで――」
力を振り絞り、大蛇は色のついた息を勢いよく噴出した。
その色は紫、恐らくはすさまじい猛毒の含まれたソレが、叢雲に向かって放たれる。
「いられるかぁ!!」
さらにはこちらに向かって、思いっきり長い尾を叩きつけようと、体を思いっきり動かしてくる。
「疾風怒濤!!」
だけど、それが俺を止める理由になりはしない。宙へと跳びあがった叢雲は、その勢いを殺さないままに、独楽の様に高速で回転を始める。
尾が叩きつけられる。それと共にこちらもダガーで切り裂く。
叩きつけられた勢いではじかれる。しかしそれすらも利用する。
「防壁展開!」
空中にバリアを発生させる。言葉にすればそれこそ防御のための行動。だがしかし、物理的に壁が生じるということは別の意味がある。
「本気で独楽にでもなったつもりか!?」
回れ、廻れどこまでも。
すれ違いざまに切り刻めば、反転するためにバリアを展開。
そもそも叢雲に飛行能力はない、空中で自由に動くことなどできしない。
「だから足場がいるんでなぁ!!」
物理的に、自在に欲しいところに足場が生まれる。空中を跳ねまわるように、加速を繰り返す。
荒れ狂う風の様に、大蛇の体を切り刻み続ける。
「そんなものでぇっ!!」
しかしながら相手も上級妖の肉体、風は素早く攻撃することには向くものの、攻撃力は最も低い形態。
幾度となく切りつけたとしても、その痛みを噛み締め、こちらに返してくるのだろう。
「がはっ?!」
全身全霊を込めたであろう一撃によって、ズドン! とすさまじい轟音と共に叢雲が地面に叩きつけられる。あまりの衝撃に、肺の中の空気が一瞬で無理やりすべて外に吐き出させられた、そんな錯覚すら感じられる。
位置的に大蛇に踏みつぶされるであろうことを推測し、危機から離脱するためにごろりと回転して距離を取る。
その直後だ。
「ちぃっ!」
自身が落ちた時以上に、すさまじい轟音と暴風を巻き起こしながら大蛇が地上にたどり着く。かなりの高度から、凄まじい重量の化け物が落ちてきた、その傷跡を示すかのように、クレーターを残しているのを見れば、一歩遅ければ間違いなく、叢雲は負けていただろう。
例え叢雲が強化されたとしても、常に相手は格上。しかも今回はいつもよりも格上の上級妖が、さらに格上の差吊苦の考えで動く。一瞬の油断が死に直結する。
「くそっ、避けるなっ!!」
とは言え、活火激発の一撃はそれ相応の傷跡を残したようだ。ならば、奴が傷を癒す前に、一撃で決めなければならない。
ならば使う手段はただ一つ。
「天下抜倒剣!!」
腰に下げた退魔の刀。妖を確実に殺すためだけに作り上げられた最上大業物。この刀の国に存在する、最強の刀。
天下を守り抜くために、抜かれたそれはどのような邪悪であろうとも打倒する。そんな祈りを背負って作られた刀が、今引き抜かれる。
刀身の輝きは、今まで以上に神々しく煌めき、叢雲同様に強くなっていることが感じられた。
「真向っ!! 唐竹割りぃっ!」
故にすることは実にシンプル、天高く剣を掲げ、真下に下ろす。
駆け出した叢雲の足は、大地を割りながら突き進む。大蛇の頭から尾まで、完全に真っ二つにするために。
振るわれた斬撃は、刀の届かない距離まで飛んでいき、逃がすものかと引き裂いてゆく。
「っちぃ、上級ではこの様か!」
されど差吊苦は、こちらよりも判断が早かったらしい、叩き切られるその直前に、確かに融合を解除し離脱した。
逃げる姿は見えなかったものの、追いかけてももう追いつけない。
だが、まぁ今はそれでいい。おそらく今の俺では勝てない。
「これにて、一件落着っ!!」
だからこそ、この戦いの勝利を祝おうではないか。上級妖相手にも勝利することができたのだと喜ぼう。
物事にはなんだって順番があるわけで、その先を行ける実力があったとしても、理解できていなければ意味がない。
仮に大学レベルの勉強ができる才能があったとしても、そのまえに小学校からの積み重ねは絶対に必要なように。
「やれやれ、派手にやってくれたな」
戦いを終えたおれは、どうやらまた気絶していたらしい。それほどの激戦であったという自覚はある。今までの雑な斬り方ではなく、確実に敵を倒すための斬り方をした。
それ故に、力が入りすぎたのだろう、無茶な動きも何度もしている。
「ま、それはそれとして実力は見せてもらった」
「叢雲はここに置いていけ、常に万全の状態にしておいてやる」
だからこそ、ムラマサたちの言葉は心に染み入った。どんだけ無茶をしてもどうにかしてくれる、支えてくれるという言葉。
たとえ直接の戦闘は俺だけだとしても、俺だけが戦っているわけではないことを伝えてくれた。
決して俺は孤独ではないのだと、魂が喜んでいる。
「あぁ、それと……、紫苑だったな」
「お前の望みも叶えてやる」
にやりと――外見で言えば、幼い彼らの容姿にはまったく似合っていない――笑みを浮かべながら、ムラマサたちはそう告げた。
紫苑の望みというものをしっかりと理解しているわけではない、わけではないのだが――。
「ありがとう、これで負い目を感じることもなくなる」
「何だか分からないが、助かるよ」
そこでふと、思いついたこと一つ、ムラマサたちの耳に入れる。
「そう言えば、空を飛ぶ手段って用意できない?」
「彼らが遺した力にも、その手の物はなかったか」
「個々人で飛ぶ力を有してたやつはいたけど、叢雲の大きさになると飛ぶ手段的に無茶になるだろ」
今回の戦い、正直なところ空が飛べれば格段に楽だった気がする。
バリアで足場をつくり、反転するという方法は、瞬発力は合っても自由度が落ちるのだ。
「……ま、考えといてやるよ」
「俺もアイデアがあったら送るからさ」
叢雲の強化計画なんてものも、こういうわけで始動した。あの大蛇よりも強い妖が現れないとは限らないのだから。




