力と力
命からがら帰還すれば、ムラマサの工房に転がり込む。それと共にすさまじい爆音が鳴り響くのが聞こえた。
距離自体は遠い、しかしこの爆音が一つの意味を持っているのは、誰にだって分かる話だった。
「あぁ、あいつ気が付きやがった」
「爆音が激しいな、お前何をした」
紫苑に指摘されたのも無理はない。爆音を巻き起こす本人である差吊苦は、それこそ怒り狂った獣のように、ただただその力を振るっているだけだ。
頭に血が上ったなどという言葉ですら足りないほどに、怒りの感情が爆発しているのが、魂で感じ取れた。つまるところ奴は気が付いたのだろう。
「……馬鹿が馬鹿を見ただけだ」
俺が口にした言葉はただそれだけ、それで紫苑も納得した様子を見せていた。
「鍛錬成功おめでとう、この1点だけで言えばお前は、確かに今初代将軍を超える功績をあげた」
「……少なくとも、ムラマサから見て俺が持って来たものは、本物だったってことだな?」
先に軽く風呂に入り、身を清めた後にムラマサたちから話を聞く。自分が持って来たものは、誰も知らないものを持ってこれたのか? なんとも不可思議な問いかけをし――。
「俺たちはそうだと思った、それが答えだ」
正解とは言い切らなかった。当たり前、それこそ算数のドリルの後ろについているような、明確な答えがあるわけではないのだから。
誰も確かめられない、ただそれっぽいものがあったのだから、それでいいじゃないか。俺たちはこんな形で納得するしかないのだ。
「……それで、2つ持って帰ってきたけど、何だったのさ?」
「まずこっちは……、強大な力が封じ込められている、まるで叢雲の中身だ」
叢雲の中身、彼らのその例えを聞いて、なんとなくだがゾッとした。 叢雲は無数の転生者が命を捨てることと代償に、力を授けられた代物。つまり、人が命を捨てることで手に入る代物が中身なのだ。
「……ムラマサ、あんたたちは叢雲を作るまで、叢雲みたいなものは知らなかったんだよな?」
「あぁ、俺たちは知らなかった」
……彼らが嘘をついている可能性っていうのは、まぁ0ではない、だが嘘をつく理由もない。当たり前の話だが、人の心でも読めないのなら、相手が嘘をついている可能性は絶対に0ではない。その程度の確率だ。
つまり、嘘をついていると考慮する必要も無い。
「となると、もっと昔に何かがあった……か」
とは言え、一番長寿なムラマサたちが分からないのだ。俺たちが分かる道理はない、かつて何かがあったという事実しか分からない。
「……謎が増えただけか、ならもう一つは?」
「そうだな、純粋な高エネルギー結晶とでも言うべきか」
つまり凄まじい力、それを行使できるようになるわけで――。
「……転生者が得た力が通用しないのは、魂の格が根本的に劣っているから、それでいいんだよな?」
「あぁ、それはそうだな。そうでなければ数をそろえれば中級の対処ができるという、それこそ現実に適さない」
実際どうだったのかは知らないが、例えば世界一の剣術の才能なんて転生による力を得た奴の剣術だけが通用しなくなるのか? とかそういう疑問が湧くが、確かめる術なんてありはしない。
ここで重要なのはただ一つ。
「そう言った力ではない、純粋な質量による力は妖に通用するか?」
「妖の種類にもよるが基本通用する」
当たり前の話だが、物理的にそこに存在する以上、物理的な干渉そのものは通用する。これが通用しないとするのなら、妖の側からこちらに干渉することもできなくなるからだ。
まぁ、この種類にもよるというのは、そもそも物理無効とでもいうような類ということだろう。
「……叢雲のようなものは、これで作れないか?」
だからこそ、彼女は――。
「紫苑」
紫苑はそう問いかけていった。
爆音が近づいてくるのが聞こえる。
「ムラマサ、叢雲は万全だな?」
「あぁ、問題ないさ」
「派手に暴れてこい!」
「だからと言って壊すんじゃないぞ!」
彼らの言葉を背に受けて、俺は一人町家の外へと駆け出していく。
「人間、お前俺をだましたな?」
視線の先にあるのは、超上級妖の差吊苦と上級の大蛇の顔。
「だましてねぇよ、あっちを探してくれって言っただけだぜ」
「……嘘はついてねぇのが性質悪いんだわ、テメェ」
などと睨みつけられ、明らかに不機嫌そうな顔を見せている。
「ま、どっちでもいいわ……お前が手に入れたもんをよこせ、渡しても渡さなくても殺すし、渡さなかったら殺した後に探すだけだがな」
「……」
そんな風に言われてしまえば、俺がすることなどただ一つに決まっている。
殺されてたまるか。
「絡繰武勝! いざ出陣!!」
俺の言葉と共に、上空に出現した裂け目から、鋼の勇者がその姿を現す。
「超上級だろうが何だろうが、やられてたまるかよ!!」
その言葉と共に、俺は叢雲の中に消えていく。叢雲と一つになって、邪悪なる力の前に立ちはだかる。
「……デカくなれるのがそっちだけだと思うなよ?」
だからこそ、奴の言葉に意識が向けさせられる。まさかこいつ、巨大化するのか? 単純な話だがよくある展開だ。俺はそんなもの知らないはずなのに、そう感じていた辺り、どうやらこれは俺の記憶にない前世の方の話なのだろう。
「支配!」
奴の言葉と共に、まるで溶けるように大蛇に消えていく。いや、違うのだろう。
「融合ってことかっ!?」
「その通りさぁ!!」
大蛇は叫び声と共に、叢雲に向かって飛びかかってきやがった。
差吊苦はその身を大蛇と一つにすることで、確かに叢雲と対等以上の体躯を手にした。つまり――。
「これでお前は倒される側になった、何せこっちの方がデカい!!」
上級妖――しかもこの大蛇は格別にデカい――の肉体を、超上級の力で振るってくる。最悪の殺戮兵器がここにはあるわけだ。
「だからどうしたぁっ!!」
しかしそれで俺が、叢雲が負ける理由にも、屈する理由にもなりはしない。
飛びかかってくる大蛇の顔面を掴んで、そのままぐるぐると回転を始める。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
回れ、廻れ、どこまでも。遠心力によって大蛇の体が浮き上がれば、気が付けば竜巻が発生したと錯覚させるほどの暴風が吹き荒れる。
「だあぁぁぁぁっ!!!!」
そうして回転を続ければ、途中で手を離しては大蛇が飛ぶ、まるでハンマー投げの要領で。
距離が離れればここからは普段通り、いつもと同じように振る舞おう。
「寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! 今この地で立ち上がったのは!」
戦うときにこうすることに意味はない。
「初代大将軍、織川光喜様の時代より伝わりし、伝説の巨大絡繰!!」
だがしかし、この戦いを見ている人々に勇気を与えるために――。
「その名も名高き! 絡繰武勝叢雲!!」
そしてそもそも、俺が戦うことが怖くならないようにするために、俺は俺の理想とする英雄として振る舞う。
格好つけてなければ、俺は戦うことができないのだ。
「貴様ら妖どもの狼藉を、今ここで叩き切ってくれる!!」
だけど俺はそれでいいと考えた、それで構わない。
だってそれでも、立ち向かうことができるようになれればそれでいいのだから。
「鉄龍牙!」
そんな風に覚悟を決めた次の瞬間に、ムラマサの声が聞こえてくるではないか。
端的に言えば通信の類だ。
「今こっち忙しいんだけど?」
だからこそ、時と場合を考えてくれと、俺の考えを伝えようとして――。
「叢雲の整備は万全、それで終わったわけじゃあない」
「つまりどういうことだ?」
こちらに大蛇が向かってくるのが見える。できるだけ遠くに飛ばしたつもりだったが、想像以上に速いらしい。
その事実に焦りを感じながら、ムラマサに問いかけて――。
「叢雲は、整備前より格段に強化してある」
その言葉を聞けば、俺の中にあった恐怖は吹き飛び、強く笑みを浮かべていた。




