俺の体
男の様で、女の様で、子どもの様で、老人のような、だからこそどのような人物が発したのか分からない声、俺たちはそれに従い。一つの場所にたどり着いた。近くに森があり、自然豊かな場所なのだというのが見て取れる。
何分妙なものがあるわけではない、ただただ極々普通の――。
「町家が1つ?」
「少なくとも一目見る限りはな?」
しかしながら、森が近くにあるぐらいで他におかしな点は見つからない。
「だからこそ、ここにこんなものがあるのはおかしいよなぁ?」
「あぁ、だが……なぁ?」
そもそも、ここに一般的な町屋と呼ばれる家があることそのものがおかしいのだ。町家とは幕府、つまりは将軍からある程度の領域に、1か所に集めるようにして作られるタイプの家なのだ。
にもかかわらずこの町屋、1つしかない。例えるのならば、一つしか刺さっていない団子、一匹しかいない蟻の巣。複数あるのが普通のモノが、1つしかないというのは、明確な異変である。
「考えすぎだ、なんて言ってやりたいが、正しい判断だ、油断大敵」
俺たちが身構え、どうすべきかと迷っていた時。町家の中から一人の少年が姿を現した。声の感じからして、俺たちに指示を出した存在。少なくともその構成要素の一つではあるはずだ。
「……あ、あんたは?」
「正確にはあんたではなく、あんたたちだ」
そう告げると共に、少年の背後からさらに数人、少年と同程度の年齢と思われる子どもたちが顔を出してきた。
おそらく彼ら全員がそうだったのだろう。
「……よく来たな、叢雲の担い手。とりあえず中に来い、いろいろと話がある」
彼らに促されるように、俺と紫苑は町屋の中へと入っていく。
彼らが敵ではない、そう信じたいと頭の片隅で考えながら。
町家のように見えていた家は中から見れば、近未来的なモノと、どちらかというのならば西洋の、それこそファンタジーとでも言うようなモノが混ざり合った、よく分からない何かで構成されていた。
しかも地下室があり、その奥へと入っていけばいくほどに、自分が住んでいる世界とはまるで異なる、言ってしまえばジャンルが違う物語に迷い込んだかのような、そんな錯覚をさせてきた。
「しかしなんだ、自分の体の状態も分らずに戦おうとしたのか、あの大蛇を相手に」
異常ともいえる光景に驚いていた俺に対して、彼らが告げた言葉に反応するのも遅れるほどに。
「……ちょっと待ってくれ、俺の体? どういうことだ?」
「叢雲のことだ、アレの担い手の体はな、その当人の肉体だけでなく、叢雲のことも指す、つまりだ――」
「鉄、自分のことが聞きたいのは分かるが、物事には順番がある。まずあんたたちは何なんだ? どこの誰で何者だ?」
紫苑は、彼らの語る話よりも優先すべきことがあるとして、名前と何者なのかを問い始めた。
名前を知る、相手を知るということはすなわち、信じられる相手かどうかを確かめる、その第一歩だ。そういう考えなのだろう。
「あぁ、悪い。人間と久しぶりに会ったもんでな、俺……いや、俺たちはムラマサ、そう名付けられた役割のモノたちだ」
名付けられた役割? それにムラマサという言葉、どこかで聞いた覚えが――。
「役割については時代は叢雲が作られる少し前、初代将軍こと織川光喜様の時代だ」
「俺たち"は"優れた刀鍛冶をしていてな、その時がまぁアレだ、今で言う所の第一次妖大量発生。もしくは第一次人妖大戦とでも言うべきか」
「まぁ、当時の俺たちは名無しだった、名もない俺たちの噂を聞き付けた光喜様はふざけたことを注文してきた」
一人、また一人とムラマサたちが口にしていく。
おそらくはそれこそが、この叢雲だったのだろう。確かに刀鍛冶に頼む仕事として考えるのならば、ふざけたこととしか言いようがないだろう。寿司職人に、最高のイタリアンを要求するような、グラビアモデルにお笑い芸人の仕事をさせるような、言うなれば専門ではないことをさせるのだから。
「まぁ、そんでお前さんの予想通り俺たちは叢雲の外装を作った」
「外装?」
「あー、伝わりにくいか? 曰くハードウェアだったか、まぁそういうものらしい」
ハードウェア……確か物理的な機器だったか、スマホがハードで、アプリがソフト。両方揃わないと使えない……待てよ? ならどうして叢雲は動くんだ?
俺が疑問の海に沈もうとしていたその時だ。
「さて……あぁ、どうでもいい話だが、名前がないのは不便だということで、俺たちに付けられたのがムラマサという名だ、曰く腕のいい刀鍛冶と言えばムラマサというらしい」
気になっていたが思い出したムラマサ、そう村正という刀鍛冶が前世の日本でも昔活躍していたのだ、そこから彼らの名前として付けたのだろう。
と、俺にとってはどうでもいい方向へと、思考が流れかけたのをすぐに戻す。彼らにとっては大事な話でも、俺にとってはそれはどうでもいい話だ。
だからこそ聞かねばならない。
「ムラマサ、それで叢雲は俺の体でもあるってどういう意味だ?」
「……今の将軍に、叢雲は転生者しか使えないという話は聞いていたな? そして初代将軍はそれらしい力も持っていなかったと」
「あ、あぁ確かに聞いた」
だから、俺はど素人であるにもかかわらず、叢雲の搭乗者となることになったのだから。
「そして、叢雲を作るときに無数の転生者が命を落とし、その力を叢雲に託したとも聞いているな」
「まず前提として、転生者には例外なく特殊な力がある。力がないように見えるのは、それこそ俺たちが認識する手段を持っていないだけだ」
「考えてもみろ、剣術が最強になる力があったとして、剣やその代用品が手に入らなければ、そんな力があることを認識できないだろう」
「つまり、俺もそういう認識できていない力があると」
まるで何かにすがるように、俺はそう問いかける。その力があればこれからの戦いにおいても、少しは楽になるかもしれない。妖に通用しないという現実を、頭の片隅に追いやりながら問いかけていった。
「ある、だが……まぁ、普通に考えて認識はできん」
「なにせ、叢雲があるのが前提の能力だからな」
「まさか、こういうロボットの操縦とかそういう話か?」
「ちがう、だったらこの叢雲自体の兵器を盛っていく」
ではなんだというのか、それらしい力などかけらも持っていないんだぞ。
「お前は空の器だ」
「お前は、託された転生者の力を受け入れる器だ」
「そしてその者のために、転生者たちは自らの命を代償として、叢雲に自らの力を託した」
器、空の器?
「そうだ、お前は他者の力を託されることができる力を持っている」
「しかし、当たり前の話だが、一人が持てる力は一つだ」
「それが人間の限界、人間の魂の限界だ」
……だから、か――。
「だからこそ、いつでも引き出し収納できる記録する場所が叢雲、お前はそこから力を引き出し、使い終われば無意識に収納する」
「そして叢雲を動かす資格があるもの、それは当然叢雲に託された思いを受け取れるお前のような存在だけだ」
俺が選ばれたのは偶然ではない、先代の時代に無数の転生者がいたにもかかわらず、この時代に俺しかいないなどというのは、それこそ運が悪すぎる。
転生者の中で唯一俺だけなのだろう、ピンポイントな力を手にしていたのは。
「あぁ、そうだお前だけが使える、お前だけがこれの担い手だ」
「お前以外の者を、この時代では決して叢雲が認めない」
「それと共に、能力の記録と引き出しを行った以上、叢雲はお前の体の延長線上にあるもの、叢雲もお前の魂もそう認識した」
だからこそ、叢雲は一度乗り込んだのならば俺の体である。
「だったら……、俺の体を直してくれるか?」
「もちろん、我らの仕事だ」
「あの大蛇を殺せ、いいな」
俺たちは彼らの仕事を待つこととした、自身の半身があるべき姿に戻り、本来の力を発揮させるために――。




