そりゃまぁ、凍結とかいろいろしないとダメですよね
「はっはっはっ! やるではないか! 一月も経たぬうちに中級妖を6体も討伐するとはなぁ!!」
けらけらと馬鹿笑いしながら、視線の先で将軍様が嬉しそうにしている。
俺たちはあの戦いから即座に、オエード城への帰還の指示を受け、今こうして織川秀文将軍の前で、叢雲を授けられてからの活躍を伝えていた。
「ド素人ではありましたが、確かな素質はあるようです」
「やはり初代様と同類の様だな」
などと嬉しそうに語り合う、紫苑と将軍様の様子を見つめながら、2度の戦いに勝利したことに喜びを隠せない。
と、言いたいが正直なところ、俺としては疑問の方が強いのだ。
「……で、わざわざ俺を呼び出したのは、俺と叢雲の活躍を聞きたいって話でしょうか? だったらもう少し待った方が、一冊本ができる程度にはなると思いますよ?」
「……あぁ、確かに何も言わなかったな。すまんすまん、大事な話があってな。あまりにも、お前の活躍が素晴らしく忘れておったわ」
尊敬というか、上に立つ人として優先順位を少しは考えて欲しい。
「さて、お前たちを呼び戻したのはある事情がある」
途端に真面目な顔と声色で口にし始める、先ほどまでの様子が一個人としての振る舞いだったのだろう。それが一気に空気は変わった、これが将軍としての彼の姿だ。
「叢雲の損傷がバカにならなくなってきた」
その言葉は、別に俺を非難するようなものではない。どんな道具でも使っていれば、必ず壊れたり脆くなったりする。無論俺の使い方が下手糞だというのは事実だろう、なにせ俺はど素人だったのだから。
だがしかし、仮に俺が超天才の、戦闘のプロフェッショナルだとしても、いずれは来る問題だ。
「……故に、この叢雲の整備をしなければならない……、ならないのだが――」
どこか思いつめた様子で語る彼の姿を見て、俺は何か嫌な予感がした。
はっきりと言って、どんな道具でも整備が必要なわけであり? それに対して一々語りだすということは、まさかとは思うが――。
「俺に整備しろと?」
「戦うことだけ考えろ」
とピシャリと、紫苑に俺の考えを否定される。つまるところ、俺が直接何かしろという話ではなさそうで――。
「最後の砦にして始まりの工房、一部でそう呼ばれる地に向かってもらいたい」
死地に送り出すような、そんな風に告げられれば、何があるのか気になるのは必然だ。
「……そこになにが?」
「叢雲を整備できる人間はそこにしかいない」
実際問題、俺の大して残っていない記憶を頼りに考えるが、日本の江戸時代に比べて、少しは技術が進歩しているものの、それも多少の話。一部の例外はあるが、その一部の例外は特別な技能が要求されるらしい。
それはもちろん叢雲も、それこそ異常な発展をしている何かであり、例外のさらに例外という訳ではなかったらしい。
だったらすぐに持っていけばいいじゃないか、俺はそう告げそうになって。
「将軍様、たしかあの辺りは――」
「あぁ、上級妖がいるのを確認している」
さて、ふざけた話が出てきたではないか。上級妖、最低でも60m程の大きさのほとんど目撃されていない、情報そのものが胡散臭い化け物。
「というか紫苑、前は初代様の時代しか、それこそ目撃すらされてないって言ってなかったか?」
と、至極当たり前の、疑問に思っていたことを口にすれば。
「お前が幻覚の世界で、訓練をしている間に発見されたからな」
……なるほど、説明をした後に新しく発見されたのか。そう言われてしまえばもうどうしようもない、とんでもない怪物の出現も、多分今の時代はよくあることになってしまったのだろう。
「神話の世界の怪物、とでも言うべき化け物だ……現状の叢雲で打ち勝つのはおろか、まともに戦うことも難しいだろう」
「それほどに性能差が!?」
だというのならば、今まで以上に強く鍛えていかねばならない。紫苑に頼んで鍛錬の内容をさらに過激にしてもらおう、なーんて考えていたら――。
「いや、単純に整備不良」
という、どうしようもない現実を突き付けられた。
「……そりゃ、将軍様も難しい顔しますね」
「分かるだろ?」
実際とても難しい話だ、だって――。
「上級妖を倒すには、万全の叢雲で戦う必要があって」
「万全の叢雲にするには、整備をする必要がある」
「その整備をするには、整備できる人間の力が必要で」
「整備できる人間は――」
上級妖の近くを通らないと、そもそも近づくこともできはしない。
つまりだ――。
「詰んでません?」
「あぁ、正直な話詰んでいる」
上級妖を倒すために必要な手段をするには、上級妖を倒さねばならない。できないことをできるようにするために、できない事をするという本末転倒な現実があった。
「……無理に倒す必要はないだろう、隠れ潜んで整備を行い、それから妖を倒すのだ」
紫苑の言葉に、俺と将軍様は、それならば問題なく行けるかもしれないと考えた。
「倒す必要はない、確かにそれはその通りだ」
しかし、問題はある。
「とは言え見つかったら終わりじゃないか?」
「あぁ、終わりだな」
失敗すればそれだけで、それこそ人類完全敗北の道が開かれるのだ。
あまりにも荷が重すぎる。そう告げようとして――。
「だが、ここでやらなければ、叢雲が壊れ戦えなくなるぞ」
そう言われてはどうしようもない、虚空を見つめて精神を整える。なにせ、失敗したらすべてが終わるとしても、絶対に早期にしなければならない事なのだ。
「……はぁ、やりゃあいいんだろ、やりゃあ」
「あぁ、その通りだ」
俺の言葉に、紫苑は満足したとばかりに笑みを向け、将軍様もこれならば任せられそうだと、何かを感じ取った様子で、一個人としての振る舞いに戻る。
「さぁ、そうと決まれば今日は、ちょっとしたご馳走を用意しよう!!」
将軍様の言葉と共に、あっという間に宴会が開かれることとなった。
「ははっ、こんなことしてる場合か?」
「むしろこんなことをすべき場合だ」
俺の呟きに紫苑はそう返す、この宴会はすべきことなのだと。1分1秒が惜しく、妖の異常発生の元凶を絶たねばならないのではないのか?
「……これはな、心の燃料補給だ」
「燃料補給?」
――紫苑は語る。
「無理をして、生き急いだところで時間の流れは変わらない」
まるで、自分の過去を語るかのように。
「だから、幸せを刻まないといけないんだ」
それがとても大切なことだと告げるように語り続ける。
「そうしないと、なぜ自分が戦うのかを忘れてしまう」
「なぜ戦うのか?」
俺が繰り返したのを見れば、満足したように首を縦に振り。
「そして生きる理由すらもな。死ねない理由は持っていても、生きる理由。生きたいと望む理由はちゃんと持っているか?」
生きる、生きたいと望む理由?
「……叢雲を動かせるのは俺だけだ――」
「それはお前が死ねない理由だ、生きたい理由ではない」
……だと考えると、正直なところ思いつくことはありはしない。楽しく生きてきたか? そう問われれば、首を縦に振るのは少し難しかった。
知るはずのない、異なる世界の人間の記憶を持っている、などというのは……、気持ち悪いモノだと感じていたから。
それを隠し続けて生きてきたんだ、今は表に出せるかもしれないが……、演技をしていたのは、楽しくなかった。
「だから、今生きる理由を作るんだ、生きて帰ればまた宴会もできるし、やりたいことを何度でもできる」
あぁ、紫苑は俺のことを心配してくれたのだろう。その事実に、俺は――。
「まぁ、それはそれとしてお前のほぼすべての時間鍛錬計画が緩くなったりはしないがな」
いや、こいつはこういう奴だったわ。
「へいへい、どうかお手柔らかに」
軽く笑いながら、紫苑の言葉に返しつつ、将軍様の用意してくれた豪勢な料理の方へと一歩一歩と歩いて行った。
実にいい匂いがする、これは腹いっぱいになるほどに食べないとな。
次回予告
楽しい宴会で、たらふく美味い飯を堪能したら、噂の上級妖のいるとされる場所へ!
抜き足差し足忍び足!と普通に言ってもバレてしまうからこそ、我らが紫苑の忍術の出番だ!!
と意気揚々と向かって行けば、おいおいどうして、超上級の差吊苦迄いやがる!?
どうやら奴は何かを探しているらしい、ぜったいに渡せないぜ!!
次回! 絡繰武勝叢雲
「叢雲の謎と、妖の探すもの」
へっ、こう見えても俺は探し物は大得意なんだぜ!




