魔なるモノの暗躍
実に面白いモノを見た。ただの作業かと思えば、少し考えねばならない作業になった。
「差吊苦ぅ、どうしたの? 戻ってきてからずっとにやにやと笑って」
「なに、俺たちの仕事は想像よりも難易度が高いという話だ」
視線の先にいたのは、俺と同じ超上級妖。ひらひらとした衣服をまとった女の姿をした、どこか軽い女。
「その方が楽しいだろう? 汰異堕」
名を汰異堕。直接の武力ではなく、人間をどこまでも堕落させることで無力化する、そんな醜悪なやり口を好む妖だ。
「それだけ叢雲が強かったのねぇ?」
「あぁ、アレは強い……乗り手の腕はまだまだだが、在り方は既に我らの脅威だ」
我等は怪物、怪物は英雄に討たれるように世界が作られている。そして英雄かどうかを決めるのは、それこそ魂の色、とでも言うべきだろうか。
我等にとってはくだらない子どもの遊びだが、それでも人間にとっては強大な力を持つ、そんな奴らは何人もいる。だがその多くは英雄の色をしていない、良くて戦士の魂だ。その多くはただの、普通の人間の魂でしかない。酷いモノでは、それこそ何かを為そうという意思すらなく、人の住まぬような自然の中でぐうたらしよう、などという愚かなものたちまでいた。
だかアレは違う、力を持たない。しかし、だからこそなのだろう。英雄の色が、何よりも強い。
「……英雄ねぇ、でも古今東西最後まで英雄でいられた、そんな英雄はめったにいないのよぉ?」
甘ったるく胸焼けしそうになる声で、汰異堕は語る。
それもまた事実だ、人は人である限り、老いには勝てない。そして我ら妖は人と比べて、格段に長寿だ。極論逃げに徹すれば、自動的に我らが勝つ。
「だが、それは人間を恐れ、逃げたのと同じだ。それは負けよりも酷く、そして醜い」
我ら妖は、恐怖を糧に生きるモノ、人間など餌にすぎず、餌に怯えて生きるなど、死んだほうがましだ。
「……それもそうねぇ、しかも今の私たちで挑んでも――」
「あぁ、こちらもあちらも戦いにくいだけだ、対等に上り詰めようとしているのだから、こちらも同様のルールに則らねばならない」
あちらから見てこちらは小さすぎる、こちらから見てあちらは大きすぎる、それでは勝っても負けても……適当な理由をつけることで、消化不良を起こしてしまう。
「やるならば双方文句のつけようがない、一切の傷のない栄光でなくてはな」
「だから、こちらも手を動かしているのでしょう。対巨大絡繰用戦闘鎧をね」
俺と汰異堕に声をかけてくる男の声、それはもちろん俺と同格の妖。
「すまないな、暴離夜供」
優男とでも言うべき風貌の、これは我らの中で最も知恵のある者。故に、叢雲と大きさの上で対等になるためのモノの開発を任せた。どのようなものになるのかは知らないが――。
「だがお前ならば、間違いないモノを作ってくれるだろう」
「誰にモノを言っているのです、当然ですよ」
やはり暴離夜供の知恵は素晴らしい。暴離夜供が企み、汰異堕が敵を弱らせ、俺が殺すのだ。
「しかし、かつての時代妖を殺しつくした、あの叢雲が脅威なのは分かりますが、本来の目的を忘れないでくださいね?」
「分かっている、アレを探すことはやめん……、というよりも誰よりもその仕事はしているだろう」
そう告げながら、二人を連れてある部屋へと向かう。
「……まったく、それで成果は上げているのですか?」
部屋の中には人間が、幾千幾万と捕らえられている。恐怖することすら忘れた、ただの餌だ。
「……ろくに情報もないのに探し出せるはずがないだろう」
手始めに、一番近くにいた若い女の頭を握り潰す。
間近でそんなことが起きたにもかかわらず、人間どもはまるで反応すらしやしない。
「差吊苦、それでも探すのが仕事です、我らの使命です、何故生まれ何故生きるのか? などと哲学のような話をするつもりはありませんが――」
暴離夜供のお小言を聞きながら、俺は今度は子どもの腹に風穴を開ける。痛みすら感じるそぶりが見えない。だからこれは餌なのだ、心が死んだ、魂が英雄でない者に、英雄になろうとしない者は歯向かうことすらできずに死ぬ。
「一応考えるだけ考えてはいかがです?」
「……考えとくよ」
視線を向ければ、暴離夜供も汰異堕も共に俺と同じように餌を喰らい続けていた。
「あぁ、それで次に俺はどこに行けばいい?」
「えぇ、それは――」
告げられた場所を知れば、その近辺にいるであろう妖を思い浮かべる。あぁ、実に都合がいい。
「……上級に、中級が数体はいるか……、あぁ、実に実に楽しみだ」
今まで叢雲は上級との戦闘を経験していない。つまりだ――。
「あれが本当の英雄なのか、愚かな英雄ごっこをしているだけの子供なのかが分かるのか」
「どうでもいいけどぉ、品のないっていうかぁ……、だらしない笑い方しないでくれるかしらぁ? 見ていて不快っていうかぁ……」
いかん、楽しみにもほどがあって笑いが止まらないではないか。汰異堕の言葉を受けては即座に、笑うのを抑えようとする。
――するが、いかん……、勝手に口角が上がってしまうではないか。
あぁ、本物であれよ叢雲、醜悪な紛い物であれば……、全て、全てを殺してしまうではないか。
「そう言えばぁ、アレって何なのかしらぁ?」
そんな、無理に平静を保とうとし始めたその時、汰異堕がぽつりとつぶやいた。
「あの、正気で言ってます?」
「学がない、頭の出来に自信がない俺ですら忘れていないぞ?」
俺と暴離夜供は共に、呆れたような顔で汰異堕の顔を見つめる。
「仕方ないじゃない、そんなことを努力するのも面倒なんだものぉ」
まぁ、それはよく知っている。この女は、自分のことに対して怠惰であり、他者を怠惰にする。
「……そうですね、改めて説明しますが……、我々が求めるモノは姿かたちは把握していないのですが、すさまじい力を有しています。」
「そんで、封印されているから解き放ちたい……、そう言う話だ」
何故それを知ったのか、それは俺たちが生まれた時からそういうものとして――それこそ、生き物としての本能のようなもので――、生きているからだ。
そして俺たちはそのアレを手にし、封印を解き放つ――何をするのだろうか?などというどうでもいいことは、考える必要すら存在しない――、そのために活動を続ける。
「……思い出したわぁ、それにしてもぉ……、人間たちは把握しているのかしらねぇ?」
さぁ、どうなのだろうか? 我等にとって至極どうでもいい話だが、今後の奴らの動きが変わってくるのだろうか。
だとすれば、おそらくあの叢雲は、こちらの前に何度も何度も、それこそ数えるのもバカバカしくなるほどに立ちふさがるのだろう。
「まぁ、どうでもいい……、すべて殺せば解決だ、行ってくる」
「えぇ、無事に帰ってくることを期待していますよ」
「死ぬんじゃないわよぉ」
などと軽い言葉をかけられながら、暴離夜供の語った目的地に向かう。確か次に向かうべき場所は――。
「始まりの工房、などと一部の人間が語る場所だったか」
曰く、全てはそこから始まった。
曰く、そこで作られたモノには奇跡が宿る。
曰く、人間の最後の砦。
こんな話を知っているのは、妖の中でも超上級という最上位の我等だけで、人間でもほとんどいない。
「……アレがあればいいのだが、なければ……すべて壊して殺すか」
つまるところ、あるかどうかはどうでもいい。
というよりも期待していないという方が正確だ、なにせ我らがアレのことを、アレと呼ぶのは名前すら知らないからだ。
探して封印を解かねばならないことは、それこそ魂に刻み付けられているが、しかしながらまるで分からないのだから仕方ない。
「……まぁ、気にしたところで意味はないか」




